田崎町 (薩摩川内市)

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田崎町
—  大字  —
田崎町の位置(鹿児島県内)
田崎町
田崎町
座標: 北緯31度48分44.7秒 東経130度19分40.7秒 / 北緯31.812417度 東経130.327972度 / 31.812417; 130.327972
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口 (2011年4月1日現在)
 - 計 1,538人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 895-0006

田崎町(たさきちょう Tasaki-Chō)は、鹿児島県薩摩川内市大字[1]。旧薩摩郡百次郷田崎村、薩摩郡永利郷田崎村、薩摩郡永利村大字田崎川内市田崎町郵便番号は895-0006。人口は1,538人、世帯数は584世帯(2011年4月1日現在)[2]

地理[編集]

薩摩川内市の西部、川内川支流平佐川の中流域に位置している。字域の北方には天辰町、南方から東方にかけては永利町、西方から南方にかけて平佐町が接している。

字域の南端部を鹿児島県道42号川内加治木線が通っており、それに沿って平佐川が流れている。平佐川の流域には水田が広がっており、北部は上床山地に続く台地となっており畑作が主に行われている。集落は主に南部の平佐川流域の斜面に集落が散在している[3]

歴史[編集]

成立から町村制施行まで[編集]

田崎という地名は鎌倉期より見え、薩摩国薩摩郡のうちであり名田名「田崎名」であった。田崎という地名は元応2年の本田暁道請文に出てくるのが初見であるとされている。一時は入来院氏の領土のうちであったが、後に島津氏の直轄地となっている[4]

江戸期は薩摩郡百次郷のうちの「田崎村」であった。明治2年に百次郷と山田郷が統合され、永利郷に属した。村高は「天保郷帳」では279石余、「旧高旧領」では269石余であった[4]

町村制施行以後[編集]

1889年明治22年)に町村制が施行されたのに伴い永利郷に属していた、山田村、百次村、田崎村の区域より永利村が成立し、それまでの田崎村の区域は永利村の大字「田崎」となった。

1956年昭和31年)には永利村が川内市に編入されたのに伴い、それまでの大字田崎は川内市の大字「田崎町」となった[4]2004年平成16年)には川内市等が新設合併したのに伴い薩摩川内市が成立。旧川内市の区域の大字については名称等に変更は無く、薩摩川内市の大字となった。

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[5]

大字 番地 小学校 中学校
田崎町 全域 薩摩川内市立平佐西小学校 薩摩川内市立川内中央中学校

交通[編集]

道路[編集]

県道

鉄道[編集]

字域内には鉄道は通っていない。最寄りの駅は川内駅である。

脚注[編集]

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  1. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて - 川薩地区合併協議会(薩摩川内市公式ウェブサイト) 2011年6月19日閲覧。
  2. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年6月19日閲覧。
  3. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 角川書店 p.761
  4. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 角川書店 p.411
  5. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2011年6月19日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度48分44.7秒 東経130度19分40.7秒