百次町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
百次町
薩摩川内市立永利小学校
薩摩川内市立永利小学校
百次町の位置(薩摩川内市街内)
百次町
百次町
百次町の位置(鹿児島県内)
百次町
百次町
百次町の位置(日本内)
百次町
百次町
北緯31度47分26.8秒 東経130度20分17.8秒 / 北緯31.790778度 東経130.338278度 / 31.790778; 130.338278
日本の旗 日本
都道府県 鹿児島県の旗 鹿児島県
市町村 Flag of Satsumasendai, Kagoshima.svg 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2015年10月1日現在)
 • 合計 2,413人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
895-0007
市外局番 0996
ナンバープレート 鹿児島
運輸局住所コード 46514-0527[1]

百次町(ももつぎちょう[2])は、鹿児島県薩摩川内市[3][4]。旧薩摩国薩摩郡百次郷百次村薩摩国薩摩郡永利郷百次村薩摩郡永利村大字百次川内市百次町郵便番号は895-0007。人口は2,413人、世帯数は876世帯(2015年10月1日現在)[5]

地理[編集]

薩摩川内市の南西部、百次川の上流域から中流域に位置している。字域の北方には永利町宮崎町平佐町、南方には冠岳山地の中岳、東岳、冠岳(西岳)の稜線を境にいちき串木野市に接しており、芹ケ野及び冠嶽に接する。また、東方には樋脇町市比野、西方には百次川を境に川永野町勝目町がそれぞれ接している。

字域の北部には住宅地が多く所在しており、薩摩川内市立永利小学校が所在している。付近には鹿児島県立川内厚生園があり、施設内に1979年までは永利小学校の分校が設置されていた。

また、字域のほぼ中央部を南北に鹿児島県道36号川内郡山線が通り、それに沿って九州新幹線の高架が南北に通っている。

主に北部の平野部には水田があり、南部の山地では畑作が行われている[6]

町名の由来[編集]

「百次」という地名は多くのことをつなぎ合わせること、長く続いて絶えないという意味を持つ「百綴」に類する語に由来するという説がある[7]

河川[編集]

  • 百次川

歴史[編集]

百次の成立と中世[編集]

百次という地名は古くは戦国期より見え、薩摩国薩摩郡のうちであった。天文5年の島津勝久から入来院重聡への宛行状に「薩摩国千台郡之内百次城所領之事」とあるのが初見であると考えられている[7]

大永6年には島津実久が百次の地を占領し、山崎成智を城主とするが、入来院氏により何度も攻撃を受け天文8年に陥落し、再び入来院氏が占領[8]。その後岩田ケ城は百次城と呼称されるようになった。元亀元年に入来院氏は百次と共に平佐(現在の平佐町)、高江(現在の高江町)、宮里(現在の宮里町)、天辰(現在の天辰町)、碇山を島津氏に献納した。

近世の百次[編集]

江戸期には薩摩国百次郷(外城)のうちであり、村高は「検地目録」及び「天保郷帳」では1,098石余、「旧高旧領」では984石余であった。明治2年には百次郷は山田郷と合併し、永利郷のうちとなった[7]

町村制施行以降[編集]

1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、百次村は永利郷に属する山田村、田崎村の区域より永利村が成立した。それまでの百次村は永利村の大字百次」となった[7]

1956年(昭和31年)9月30日には永利村薩摩郡高江村と共に川内市に編入された[9]。同年の10月19日に鹿児島県公報に掲載された「Wikisource-logo.svg 市村の廃置分合に伴う大字の廃止及び町の新設」(鹿児島県告示)により9月30日付で旧永利村大字百次の区域を以て新たに川内市の町「百次町」が設置された[3][7]

2004年(平成16年)10月12日川内市東郷町入来町祁答院町樋脇町下甑村上甑村鹿島村里村が新設合併し薩摩川内市が設置された[10]。この市町村合併に伴い設置された法定合併協議会において川内市の町・字については「現行通りとする。」と協定されたため、名称の変更は行われずに薩摩川内市の町となった[11]

人口[編集]

以下の表は国勢調査による小地域集計が開始された1995年以降の人口の推移である。

統計年 人口
1995年(平成7年) [12] 2,329
2000年(平成12年) [13] 2,406
2005年(平成17年) [14] 2,627
2010年(平成22年) [15] 2,482
2015年(平成27年) [5] 2,413

施設[編集]

公共[編集]

  • 鹿児島県立川内厚生園
  • 鹿児島県立川内自興園

教育[編集]

寺社[編集]

  • 永利護国神社
  • 早馬神社
  • 芋焼神社
  • 菅原神社
  • 猪額神社
  • 秋葉神社

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[16]

町丁 番地 小学校 中学校
百次町 全域 薩摩川内市立永利小学校 薩摩川内市立川内南中学校

交通[編集]

道路[編集]

主要地方道

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 自動車登録関係コード検索システム”. 国土交通省. 2021年4月26日閲覧。
  2. ^ 本市の町名一覧について”. 薩摩川内市. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 市村の廃置分合に伴う大字の廃止及び町の新設(昭和31年鹿児島県告示第762号、昭和31年10月19日付鹿児島県公報第4070号、Wikisource-logo.svg 原文
  4. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて (PDF)
  5. ^ a b 国勢調査 / 平成27年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  6. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.764
  7. ^ a b c d e 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.624
  8. ^ 『永利郷土史』(角川日本地名大辞典 46 鹿児島県 P.624からの孫引き)
  9. ^ 市村の廃置分合(昭和31年総理府告示第802号、昭和31年9月30日付官報号外第40号所収、Wikisource-logo.svg 原文
  10. ^ 市町村の廃置分合(平成16年総務省告示第590号、Wikisource-logo.svg 原文
  11. ^ 町名・字名の取り扱いについて”. 川薩地区法定合併協議会. 2020年8月8日閲覧。
  12. ^ 国勢調査 / 平成7年国勢調査 小地域集計 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  13. ^ 国勢調査 / 平成12年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  14. ^ 国勢調査 / 平成17年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  15. ^ 国勢調査 / 平成22年国勢調査 / 小地域集計 46鹿児島県”. 総務省統計局. 2021年5月30日閲覧。
  16. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2011年3月25日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度47分26.8秒 東経130度20分17.8秒 / 北緯31.790778度 東経130.338278度 / 31.790778; 130.338278