寄田町

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寄田町
薩摩川内市立寄田小学校跡
薩摩川内市立寄田小学校跡
寄田町の位置(鹿児島県内)
寄田町
寄田町
寄田町の位置(日本内)
寄田町
寄田町
北緯31度48分30.5秒 東経130度11分9.5秒 / 北緯31.808472度 東経130.185972度 / 31.808472; 130.185972
日本の旗 日本
都道府県 鹿児島県の旗 鹿児島県
市町村 Flag of Satsumasendai, Kagoshima.svg 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2011年4月1日現在)
 • 合計 366人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
895-0133
市外局番 0996
ナンバープレート 鹿児島
運輸局住所コード 46514-0592[1]

寄田町(よりたちょう[2])は、鹿児島県薩摩川内市[3][4]。旧薩摩国薩摩郡高江郷寄田村薩摩郡高江村大字寄田川内市寄田町郵便番号は895-0133。人口は366人、世帯数は209世帯(2011年4月1日現在)[5]

寄田は明治中期ごろまでは「よした」とも呼称されており、現在も住民は「よした」と呼称する場合がある[6][7]

地理[編集]

薩摩川内市のうち甑島列島を除いた本土側の西端部に位置しており、西方には東シナ海に面している。字域の北方には薩摩川内市久見崎町、南方にはいちき串木野市羽島、東方には薩摩川内市高江町がそれぞれ接している。

南西部には天保12年頃に築造された溜池が多く所在しており、奈良町溜池、権助池、東池、西池、お寺池、白岩溜池、松茶ヶ原溜池がある[8]

字域のほぼ中央部を鹿児島県道43号川内串木野線が南北に通り、その沿線に薩摩川内市立寄田小学校が所在していたが2012年3月18日に閉校式が行われ[9]、2011年度を以て水引小学校に統合され閉校した[10]

湖沼[編集]

  • みやま池
    字域の北端部にあり、池の南半分が寄田町に属し、北半分が久見崎町に属している。

小字[編集]

小字は、小比良、吹揚、笠平、水ヶ段、汐ヶ平、平川原、上蕨野、上俣、笠元、蕨野、北面、十原、崎佐山、大十郎、三光、上馬込、馬込、薗山、西池、東池、仏ノ尾、山ノ口、小床、北山中、南山中、西山中、向七ツ枝、中棚、鴨ノ尾、小山口、三枝、沖薗、南仮屋園、北仮屋園、脇田、淵頭、平田、落平、片蓋、蟹浜、白石、大辻、村下、上、中平、鬼石、平山、平迫、下松茶ヶ原、上松茶ヶ原、荒平、暖水、西池ノ段、丸羽山、小瀬戸野、並松、前平、草木山、猿内、池ノ段、供木迫、下山、中堀、又四郎、野平、鎌塚、鞍掛、松ヶ尾、赤仁田、大山口、荒平、小牟礼、長尾、椨木渡、萇元、蛇山、枯木ヶ尾がある[11]

歴史[編集]

成り立ちから町村制施行まで[編集]

寄田という地名は鎌倉期より見え、名田名であり、薩摩国薩摩郡のうちであった。建久4年の薩摩国諸郡注文の薩摩郡の分として「是枝名・光富名・成枝名・永利名・寄田名・時吉名」とあるのが寄田という地名の初見であるされている。中世頃は寄田名の一部が冠岳にある西山寺の寺領となっていた[7]

江戸期は薩摩郡高江郷(外城)のうちであった。村高は「天保郷帳」では152石あまり「旧高旧領」では240石余であった。また、東部にあった笠山野牧では多くの馬が放牧されていた[7]

町村制施行以降[編集]

1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、高江郷(高江村、久見崎村、寄田村)の区域は高江村となり、それまでの寄田村は高江村の大字寄田」となった。

1956年(昭和31年)9月30日には高江村薩摩郡永利村と共に川内市に編入された[12]。同年の10月19日に鹿児島県公報に掲載された「Wikisource-logo.svg 市村の廃置分合に伴う大字の廃止及び町の新設」(鹿児島県告示)により9月30日付で旧高江村大字寄田の区域を以て新たに川内市の町「寄田町」が設置された[3][7]

2004年(平成16年)10月12日川内市東郷町入来町祁答院町樋脇町下甑村上甑村鹿島村里村が新設合併し薩摩川内市が設置された[13]。この市町村合併に伴い設置された法定合併協議会において川内市の町・字については「現行通りとする。」と協定されたため、名称の変更は行われずに薩摩川内市の町となった[14]

施設[編集]

寄田簡易郵便局

教育[編集]

  • 薩摩川内市立寄田小学校(2011年度閉校)

郵便局[編集]

  • 寄田簡易郵便局

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[15]

大字 番地等 小学校 中学校
寄田町 全域 薩摩川内市立水引小学校[注釈 1] 薩摩川内市立水引中学校

交通[編集]

道路[編集]

主要地方道

港湾[編集]

  • 土川港

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 2011年までは薩摩川内市立寄田小学校の校区であった。土川地区では2009年度までいちき串木野市立土川小学校に通っていた。

出典[編集]

  1. ^ 自動車登録関係コード検索システム”. 国土交通省. 2021年4月26日閲覧。
  2. ^ 本市の町名一覧について”. 薩摩川内市. 2020年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 市村の廃置分合に伴う大字の廃止及び町の新設(昭和31年鹿児島県告示第762号、昭和31年10月19日付鹿児島県公報第4070号、Wikisource-logo.svg 原文
  4. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて (PDF)
  5. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年4月25日閲覧。
  6. ^ 鹿児島県の地名 p.434
  7. ^ a b c d 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 P.658
  8. ^ 鹿児島県の地名 p.434
  9. ^ 薩摩川内・寄田小で閉校式 132年の歴史に幕 - 373news 2012年4月12日閲覧。
  10. ^ 「薩摩川内市立小・中学校の再編等に関する基本方針」について - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年7月20日閲覧。
  11. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 P.1106-1107
  12. ^ 市村の廃置分合(昭和31年総理府告示第802号、昭和31年9月30日付官報号外第40号所収、Wikisource-logo.svg 原文
  13. ^ 市町村の廃置分合(平成16年総務省告示第590号、Wikisource-logo.svg 原文
  14. ^ 町名・字名の取り扱いについて”. 川薩地区法定合併協議会. 2020年8月8日閲覧。
  15. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2012年5月26日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『日本歴史地名体系 47 鹿児島県の地名』平凡社、1998年。ISBN 4-582-49047-6

関連項目[編集]

座標: 北緯31度48分30.5秒 東経130度11分9.5秒 / 北緯31.808472度 東経130.185972度 / 31.808472; 130.185972