西方町 (薩摩川内市)

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西方町
西方駅
西方町の位置(鹿児島県内)
西方町
西方町
北緯31度54分52.2秒 東経130度13分22.8秒 / 北緯31.914500度 東経130.223000度 / 31.914500; 130.223000
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口
2011年4月1日現在)
 • 合計 446人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
899-1801

西方町(にしかたちょう Nishikata-Chō)は、鹿児島県薩摩川内市大字[1]。旧高城郡高城郷西方村、高城郡高城村大字西方薩摩郡高城町大字西方、川内市西方町郵便番号は899-1801。人口は446人、世帯数は249世帯(2011年4月1日現在)[2]

「西方」という地名は古代の出水郡国形郷の「国形」が転訛したものに由来しているという説がある[3]

地理[編集]

薩摩川内市の北西部、西方川下流域に所在する[3] 。字域の北方には阿久根市大川、南方から東方にかけては湯田町にそれぞれ接しており、西方には東シナ海が面している。

字域の西端には国道3号が、それに沿って肥薩おれんじ鉄道線が南北に通っている。字域内には西方駅が所在している。

南部には鹿児島県道339号東郷西方港線が東西に通っている。町域の西部にはかつては薩摩川内市立西方小学校があったが2013年度より薩摩川内市立水引小学校へ統合され閉校となった。海岸沿いには人形岩や西方海水浴場や西方港が所在している。

歴史[編集]

町村制施行前の西方[編集]

西方という地名は戦国期より見え、薩摩国高城郡のうちであった。江戸期には高城郡高城郷(外城)のうちであり、村高は「加増目録」では126石余、「旧高旧領」では520石余であった。

村域内には薩摩街道が通っており、島津家久が町下通りに御仮屋を置き、参勤交代の際の休憩所として使用された。

町村制施行以後の西方[編集]

1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、それまでの高城郷の区域より高城村が成立し、西方村は高城村の大字「西方」となった。1960年(昭和35年)には高城村が町制施行し高城町の大字となった。

1965年(昭和40年)に高城町が川内市に編入され川内市の大字「西方町」となり[3]2004年(平成16年)には川内市が新設合併によって薩摩川内市となり薩摩川内市の大字となった。

施設[編集]

薩摩川内市立西方小学校跡(2013年3月閉校)
西方郵便局
公共
教育
  • 薩摩川内市立西方小学校跡
郵便局
  • 西方郵便局
寺社
  • 高城護国神社
  • 潮見寺
  • 西方寺
  • 川原田神社
  • 早馬神社

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[4]

大字 番地 小学校 中学校
西方町 全域 薩摩川内市立水引小学校[5] 薩摩川内市立水引中学校

交通[編集]

道路[編集]

国道
県道

鉄道[編集]

肥薩おれんじ鉄道

湾港[編集]

  • 西方港

脚注[編集]

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  1. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて
  2. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年4月25日閲覧。
  3. ^ a b c 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.495
  4. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2012年5月26日閲覧。
  5. ^ 2013年3月までは薩摩川内市立西方小学校の通学区域であった。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度54分52.2秒 東経130度13分22.8秒