楠元町 (薩摩川内市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
楠元町
—  大字  —
中心部に楠元駅(現在は廃駅)があり、上方を流れる河川は川内川である。[1]
楠元町の位置(鹿児島県内)
楠元町
楠元町
座標: 北緯31度50分49.4秒 東経130度20分46秒 / 北緯31.847056度 東経130.34611度 / 31.847056; 130.34611
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 薩摩川内市
地域 川内地域
人口 (2011年4月1日現在)
 - 計 289人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 895-0002

楠元町(くすもとちょう Kusumoto-Chō)は、鹿児島県薩摩川内市大字[2]。旧薩摩郡平佐郷楠元村、薩摩郡平佐村大字楠元、薩摩郡川内町大字楠元川内市楠元町郵便番号は895-0002。人口は289人、世帯数は144世帯(2011年4月1日現在)[3]

地理[編集]

薩摩川内市の中西部、川内川下流域に位置している。字域の西部に寺山北麓が広がっており、東部の馬立では柳葉石器が出土しており、古くよりこの地域に人類が居住していたことが分かる。字域の北方は東郷町斧渕、西方から南方にかけて中村町、西方は白浜町天辰町がそれぞれ接している。

字域の中央部を南北に宮之城線廃止後に建設された市道が通り、それを迂回するように鹿児島県道335号市比野東郷線鹿児島県道394号山崎川内線が重複している。県道335号は旧楠元駅前の交差点で東郷橋を渡り国道267号へ接続し、県道394号は宮之城線跡を通り、薩摩川内市街方面へ接続している。

1987年(昭和62年)に字域の中央部を南北に通っていた宮之城線が廃止となり、字域内にあった楠元駅は廃駅となった。

歴史[編集]

楠元の成立と中世[編集]

楠元(楠本)という地名は古くは鎌倉期より見え、薩摩国入来院のうちであった。建長2年の「入来院村々田地年貢等注文」には「くすもとひさくくち」という記述が見える[4]

近世の楠元[編集]

江戸期には薩摩国薩摩郡樋脇郷(外城)のうちであった。ただし、延宝9年までは清敷郷と呼称されていた。万治2年以降樋脇郷は鹿児島藩直轄となるが、当村と久住村(現在の久住町)、中村(現在の中村町)は平佐郷を領していた北郷氏の持切名となり、明治2年に平佐郷に編入された[4]

村高は「天保郷帳」では685石余、「旧高旧領」では482石余であった[4]

町村制施行以後[編集]

1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、平佐郷の区域より平佐村が成立し、江戸期の楠元村は平佐村の大字「楠元」となった。1929年(昭和4年)には平佐村が合併し川内町の大字となり、1940年(昭和15年)に川内町が市制施行し川内市の大字「楠元町」となった[4]

2004年平成16年)には川内市等が新設合併し薩摩川内市となったのに伴い、薩摩川内市の大字となった。

施設[編集]

楠元駅鉄道記念館
公共
  • 楠元駅鉄道記念館

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校の学区(校区)は以下の通りである[5]

大字 番地 小学校 中学校
楠元町 全域 薩摩川内市立平佐東小学校 薩摩川内市立川内中央中学校

交通[編集]

道路[編集]

県道

鉄道[編集]

字域内に楠元駅が所在していたが、1987年(昭和62年)に宮之城線が廃止された為、現在の最寄駅は川内駅である。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  2. ^ 川薩地区合併協議会 町・字の取り扱いについて
  3. ^ 統計データ(町別住民基本台帳人口) - 薩摩川内市公式ウェブサイト 2011年4月25日閲覧。
  4. ^ a b c d 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.256
  5. ^ 薩摩川内市 義務教育”. 薩摩川内市役所. 2010年9月15日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度50分49.4秒 東経130度20分46秒