籠原駅

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籠原駅
北口(2012年10月)
北口(2012年10月)
かごはら - Kagohara
*熊谷 (6.6km)
(4.8km) 深谷
所在地 埼玉県熊谷市新堀713
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 高崎線
キロ程 41.0km(大宮起点)
上野から尾久経由で67.9km
電報略号 コラ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
14,716人/日(降車客含まず)
-2014年-
開業年月日 1909年明治42年)12月16日
備考 みどりの窓口
* この間に熊谷貨物ターミナル駅(大宮起点 39.3km)がある。
南口(2007年1月)
南口(2007年1月)
ホーム(2010年9月10日)
ホーム(2010年9月10日)

籠原駅(かごはらえき)は、埼玉県熊谷市新堀にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)高崎線である。

概要[編集]

当駅の高崎寄りに車両基地籠原運輸区および高崎車両センター籠原派出所)がある。また、当駅より北の高崎線の各駅は15両編成に対応していない。このため、当駅を始発・終着とする列車や夜間滞泊などの留置運用を伴う列車、当駅で高崎寄り5両の増結・切り離しを行う列車が多い。2004年3月13日から2012年3月16日までは車両の増結を兼ねて上り1本のみ特急列車が停車していた。

当駅を終点とする湘南新宿ライン上野東京ライン(高崎線 - 東海道線直通)も多く運転されており、熱海小田原大船横浜方面でも「籠原」行きの列車が見られる。また、首都圏で行われる年末年始の終夜運転も当駅までの運転となる。

歴史[編集]

  • 1909年明治42年)12月16日 - 開業。
  • 1969年昭和44年)12月15日 - 籠原電車区が設置される。
  • 1983年(昭和58年)頃 - 貨物列車の設定がなくなる。
    • 籠原電車区の電留線の一番南側の線路から駅南側にある日本鋼管ライトスチール工業(現 JFE建材)熊谷工場まで3.1kmの専用線が分岐し、同駅から塩浜操車場(現・川崎貨物駅)まで工場で作られたコイルの輸送を同工場が開発した専用貨車(トキ21100、トキ21500)によって行われていた。最盛期だった1970年代前半には常時20~23編成もの長大編成による専用貨物列車で1列車で800トンものコイルを輸送しておりコイル鋼管号と呼ばれたほどの特別列車だった。しかし鉄鋼不況や国鉄の闘争、また道路事情の改善によるトラック輸送拡大などの波に呑まれて徐々に編成縮小や減便を繰り返し、1977年(昭和52年)からは週2 - 3日の指定日のみの運転になり、1979年(昭和54年)10月熊谷貨物ターミナル駅が開業して同駅からの接続になった時には10両編成にまで縮小して他の貨物との併結にまで陥った。さらに1982年(昭和57年)11月からは不定期運転に格下げされて列車自体の運休も目立つようになって輸送力はほとんど皆無となり、週に1 - 2日程度に1往復、5~6両程度の編成(少ない時には1~2両程度)の資材用貨物列車が細々と走るのみとなった。そして1983年(昭和58年)内には貨物輸送をすべてトラックに切り替えられてしまい完全に運行休止となってしまった。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 専用線と貨物列車の設定を正式に廃止。同時に専用線発着の車扱貨物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
  • 1988年(昭和63年)12月1日 - 籠原電車区を籠原運輸区へ改称。
  • 2001年平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2004年平成16年)3月13日 - ダイヤ改正により特急停車駅(「あかぎ」上り1本)に昇格。
  • 2005年(平成17年)12月10日 - 組織変更に伴い、籠原運輸区が高崎車両センター籠原派出となる。
  • 2008年(平成20年)3月7日 - 1・2番線高崎側の階段完成に伴い、使用を開始。
  • 2009年(平成21年)12月 - 籠原駅開業100周年を迎える。
  • 2011年(平成23年)3月20日 - 北口駅ビルE'site籠原」開業。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。

直営駅マルス端末の設備がある。みどりの窓口(営業時間6時00分 - 21時00分)・指定席券売機自動券売機自動改札機設置。バリアフリー化済みである。

また、隣に熊谷貨物ターミナル駅ができる前は、秩父鉄道の三ヶ尻線が接続していた。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先 備考
1・2 高崎線 上り 大宮東京新宿横浜方面
湘南新宿ライン上野東京ライン含む)
湘南新宿ラインの列車は大宮駅より新宿駅武蔵小杉駅を経由して大船駅から
上野東京ラインの列車は上野駅を経由して東京駅から
東海道線へ直通
3・4 下り 本庄高崎渋川前橋方面  
  • 本項では上野東京ラインのラインカラーを紫で示すが、実際のホーム案内はオレンジで案内されている。
  • 2番線と4番線は待避線で、2番線は上りの当駅始発(車両基地出庫・折返し始発)や車両増結に、4番線は下りの当駅止まり(車両基地入庫)や車両の切り離しのために入線することが多い。また、特急待避も行われることがある。当駅止まりかつ折り返し大宮・上野・東京・新宿方面行きの2番線に到着する列車で、後続が高崎方面へ行く列車の場合は、階段またはエスカレーター・エレベーターの移動を伴うため、1つ手前の熊谷駅で乗り換えを促す放送が行なわれる場合もある。
  • 当駅 - 高崎駅間の普通列車は10両以下でしか運転できない(深谷駅3番線のみ15両対応)。このため、15両編成の列車に関しては深谷駅発着を除く全列車が必ず当駅で高崎方5両を増解結し、当駅 - 高崎駅・新前橋駅・前橋駅間は10両で運転される。
  • 2008年平成20年)4月1日より、全ホームの発車メロディが熊谷市歌の歌い出しの部分をアレンジしたものに変更された[1]。これは、熊谷市が市歌普及を促すために計画したものである。
  • ホームには終日立ち番がいる。そのため、列車到着・発車時には肉声放送が行われることが多い。
  • 湘南新宿ラインで事故・各種トラブル・大雨・落雷などによる遅れが発生した場合、当駅折り返し列車が手前の熊谷駅で打ち切られる場合がある。また、高崎駅折返し列車は当駅で運転打ち切りとなり折り返す場合もあり、その場合は当駅 - 高崎駅間で臨時の折返し列車で対応する場合がある。
  • 当駅から高崎駅までの区間での乗降ドアの開閉は、自動ではなく押ボタン式になる。これは通年実施となっている。

利用状況[編集]

2014年度の1日平均乗車人員は14,716人である[2]

近年の1日の平均乗車人員の推移は以下の通りである。

年度 1日平均
乗車人員
2000年 13,529
2001年 13,681
2002年 13,709
2003年 13,677
2004年 13,854
2005年 14,182
2006年 14,563
2007年 14,913
2008年 15,000
2009年 14,925
2010年 14,860
2011年 14,862
2012年 14,804
2013年 15,097
2014年 14,716

駅周辺[編集]

E'site籠原

2011年3月20日、北口に3階建ての駅ビルE'site籠原」開業[3]

駅周辺(駅前ロータリー・広場)は、熊谷市の路上喫煙マナー条例2006年10月1日施行)により、喫煙禁止区域に指定されている。南北各ロータリー内1か所ずつのみ喫煙所が設けられている。

路線バス[編集]

※成田空港線は2014年11月16日をもって運行休止となっている

駅名の由来[編集]

当初所在地名(大里郡玉井村大字新堀)から「新堀駅」と名づけられる予定であったが、同じく貨物駅を兼ねてあった東京都日暮里駅と混同される恐れが出てきたため、付近の小字名(旧中山道の立場であった)を取って籠原駅と名づけられた。ただし小字名は「こもりはら」であったという。

開業以来長らく(表に出る)地名と駅名が合致しない状態であったが、熊谷市民や近隣住民は駅一帯を指して「籠原」と意識してきた。2007年(平成19年)10月、籠原中央第二土地区画整理事業により当駅南口ロータリー以南の一定区域の地名が「熊谷市籠原南1丁目 - 3丁目」に変更され、初めて「籠原」が市名の直後に来る表の地名となった。当駅以北も籠原中央第一土地区画整理事業により「籠原」が付く地名に変更される見通しである。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
高崎線
通勤快速・快速「アーバン」・普通・(湘南新宿ライン)特別快速・(湘南新宿ライン)普通(大宮駅から快速)
熊谷駅 - 籠原駅 - 深谷駅

関連項目[編集]

脚註[編集]

外部リンク[編集]