沖野忠雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

沖野 忠雄(おきの ただお、嘉永7年1月1日1854年1月29日) - 大正10年(1921年3月26日[1])は、日本の土木技師。工学博士、勲一等。

但馬国城崎郡大磯村(現・兵庫県豊岡市)で、豊岡藩士の子として生まれる。神矢粛一の弟である。1871年、豊岡藩の貢進生として大学南校に入学、大学在学中の1876年フランスに派遣され、エコール・サントラル・パリ(École centrale des arts et manufactures)に入学する。1881年帰国後、東京職工学校で工業教育を担当し、1883年より内務省土木局に所属して淀川大阪港など各地の河川改修・港湾整備に従事する。1911年内務省技監となり、1916年からは土木学会会長を務めた。1918年退官。

栄典・授章・授賞[編集]

位階
勲章等

脚注[編集]

  1. ^ 20世紀日本人名事典
  2. ^ 『官報』第354号「叙任及辞令」1884年9月1日。
  3. ^ 『官報』第907号「賞勲叙任」1886年7月10日。
  4. ^ 中野文庫 - 旧・勲一等瑞宝章受章者一覧(戦前の部)

参考文献[編集]