有明 (列車)

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有明
「有明」に用いられる787系
「有明」に用いられる787系
概要
日本の旗 日本
種類 特別急行列車(博多駅 - 長洲駅)
普通列車(吉塚駅 - 博多駅)
現況 運行中
運行開始 1967年10月1日
運営者 JR logo (kyushu).svg 九州旅客鉄道(JR九州)
運営者 Japanese National Railway logo.svg 日本国有鉄道(国鉄)
路線
起点 吉塚駅博多駅
終点 長洲駅
使用路線 鹿児島本線
技術
車両 787系電車南福岡車両区
783系電車(南福岡車両区)
軌間 1,067 mm
電化 交流20,000 V・60 Hz
最高速度 130 km/h
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有明(ありあけ)は、九州旅客鉄道(JR九州)が吉塚駅博多駅 - 長洲駅間を、鹿児島本線経由で運行する特急列車である。

本項では、鹿児島本線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

特急「有明」は、1967年10月に九州内で運転する特急として運転を開始し、以後鹿児島本線の沿線各都市、特に福岡 - 熊本 - 鹿児島という3つの県庁所在都市間を結ぶ優等列車としてその役割を担うようになった。1970年10月には鹿児島本線が電化されたのを機に電車で運転されるようになり、山陽新幹線が博多駅まで開業した1975年3月からは新幹線との接続を考慮したダイヤとし、鹿児島本線の基幹列車として定着していた。

大きな転換期が訪れたのは1992年のことで、7月のダイヤ改正において「有明」のうち 西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)発着列車を「つばめ」として系統分離した。残った「有明」は北九州・福岡大都市圏および熊本都市圏を輸送エリアの起終点に見据え、熊本都市圏を貫く豊肥本線への乗り入れや、小倉駅への増便などの方策により、「つばめ」とは異なる独自の位置付けが与えられ、鹿児島本線の基幹列車的な位置付けを「つばめ」と二分した形で維持されていた。しかし、九州新幹線(鹿児島ルート)[1]の部分開業後は、九州新幹線「つばめ」および接続列車の「リレーつばめ」を主体としたダイヤ構成となり、「有明」は「リレーつばめ」に対する補完列車的な位置付けをより濃くすることになった。

2011年3月12日の九州新幹線全線開業後は通勤ライナー的な性格を持った列車として、本数・区間を縮小して運行されている。

列車名の由来[編集]

一部の区間で有明海に沿って走っており、ここから「有明」とされた。この名称は公募によるものであった。

運行概況[編集]

博多駅 - 長洲駅間に下り3本・上り2本が運行されており、このうち4号は博多駅から普通列車として吉塚駅まで乗り入れる。列車の運行は上り列車は朝のみ、下り列車は夕方以降のみとなっている。また博多駅からは普通列車になるが、4号は2016年3月26日のダイヤ改正現在、博多駅をまたいで運行される唯一の定期運行の在来線特急列車である。

現在のように通勤ライナー的な性格を持った列車となったのは2011年3月12日のダイヤ改正であるが、当時は現在の長洲駅発着列車のほかに1往復のみ熊本駅発着列車が運行されていた。熊本駅発着の1往復は下りの博多発が午前0時台、上りの熊本発が午前4時台という深夜・早朝時間帯に運行されていたが、これはこの列車が九州新幹線の部分開業以前に運行されていた夜行列車(急行「かいもん」→特急「ドリームつばめ」)の系譜を受け継いだ列車であることによるもので、九州新幹線の全線開業により並行在来線の特急列車はほとんど新幹線に移行したが、下り最終と上り始発のみは運転時間が新幹線の営業時間(6 - 24時)外であることから、引き続き博多駅 - 熊本駅間で運行されてきた。2014年3月15日のダイヤ改正で下りは長洲行きに見直し、上りは同時刻の列車そのものが廃止され、長洲駅 - 熊本駅間から定期運転の優等列車が消滅した。なお、下り5号は長洲到着後熊本に回送留置され翌日の2号へ。4号は南福岡からの回送、1・3号は長洲到着後南福岡へ回送となる。

九州新幹線全線開業以前は博多駅 - 熊本駅間を「リレーつばめ」とあわせて1時間あたり3本の割合で運行しており、大半の列車が豊肥本線に乗り入れていた(当初は水前寺駅発着だったが、2006年3月18日改正以降は大半の列車が光の森駅発着となっていた)。また、1時間あたり1本は小倉駅発着での運転を行い、「ソニック」とあわせて小倉駅 - 博多駅間でも1時間あたり3本の特急運行を確保していた。九州新幹線全線開業時に博多駅 - 荒尾駅間には既存快速の延長運転および普通列車の格上げで快速を増発し、大牟田駅 - 熊本駅・八代駅間に「くまもとライナー」を、豊肥線内に「豊肥ライナー」を新設して、実質的な代替措置としている(「豊肥ライナー」は2013年3月16日ダイヤ改正、「くまもとライナー」は2015年3月14日ダイヤ改正でそれぞれ各駅停車に格下げされる形で運行終了)。また、小倉駅 - 博多駅間については「きらめき」として存置され、新幹線開業前の運行頻度を確保している。

停車駅[編集]

吉塚駅博多駅 - (二日市駅) - 鳥栖駅 - 久留米駅 - 羽犬塚駅 - 瀬高駅 - 大牟田駅 - 荒尾駅 - 長洲駅

  • 吉塚駅 - 博多駅間は上り4号のみ運行。この区間は普通列車として運転。
  • 二日市駅は下り列車のみ停車。
  • なお、羽犬塚駅と瀬高駅の間にある新幹線併設の筑後船小屋駅は全列車通過する。

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
有明
← 長洲
博多・吉塚 →
2・5号
1 2 3 4 5 6 7
DX,G G個4
  • 2号は平日のみ2号車を自由席として運転
1号
1 2 3 4 5 6
DX,G G個4
4号
1 2 3 4 5 6 7 8
G G
「ハウステンボス」編成 「みどり」編成
  • 4・5号車間の通り抜けは可
  • 博多駅→吉塚駅間はグリーン車含め全車自由席
3号
1 2 3 4
G
旧「にちりん」編成

  • 全車禁煙
凡例
G=グリーン車座席指定席
DX=DXグリーン席(座席指定席)
G個4=グリーン車4人個室(座席指定席)
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
b=普通車4人用ボックスシート(自由席)
783系

南福岡車両区に所属する787系電車783系電車(ハイパーサルーン)が充当されている。

787系は下り2本・上り1本に充当されており、2・5号は7両編成、1号は6両編成で運転されている。いずれもDXグリーン席・グリーン個室を連結している。

1992年に在来線特急「つばめ」の間合いとして運用が開始された。長らく1往復のみの運行で1994年7月から1995年4月までは一時撤退していたが、1999年3月13日に「有明」が増発された際に「有明」用の4両編成が組成され[2]、2000年3月11日には全列車787系での運行に統一された。2003年3月15日には「つばめ」が7両編成に統一されたのを受け、「つばめ」に用いられていた6両編成も「有明」運用に回され、以降は「有明」用の4・6両編成を中心として、朝晩の列車には「つばめ」→「リレーつばめ」用の7両編成も使用されてきた。2011年3月12日の九州新幹線全線開業後に伴い4両編成が日豊本線の特急に転用されたため、以降は従来の「有明」用の6両編成と、旧「リレーつばめ」編成から1両減車した6両編成により運行されていたが、2014年3月15日のダイヤ改正より787系の「かもめ」「みどり」は全て6両から7両に増結されたため、運用の関係で「有明」でも一部で7両での運転が行われるようになった。

783系は1往復に充当されており、4号は「みどり」編成と「ハウステンボス」編成を連結した8両編成、3号は2011年3月まで「にちりん」などに用いられていた4両編成で運転されている。また各車両とも中央の乗降口を境に長洲寄りのA室と博多・吉塚寄りのB室に分かれており、駅や車内でもそのように案内されている。

1988年の車両新製と同時に投入され、当時は博多駅 - 西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)間を最少の停車駅で運行する1往復に「スーパー有明」の列車名が与えられていた。これは旧国鉄・JR史上「スーパー」を列車名に冠した初めての列車である。1990年には「スーパー有明」の名称を廃止し、新たに783系で運行する全列車に、車両愛称のにちなんだ「ハイパー有明」の列車名が与えられたが、1992年の「つばめ」運行開始時に「ハイパー有明」の名称は廃止された。1994年に485系および787系の運用を終了し「有明」は783系に統一され(787系は翌年運用復帰)、その後も「有明」の主力車両として活躍してきたが、2000年3月の787系統一によりいったん「有明」から撤退していた。九州新幹線の全線開業による在来線特急車両の運用変更により2011年3月12日から11年ぶりに「有明」の運用に復帰している。

なお、1989年3月11日ダイヤ改正から783系では「カフェテリア」が設置され、食堂車廃止の1980年10月1日ダイヤ改正以来、9年ぶりに温かい料理を提供するサービスが復活した。この改正では783系「有明」のカフェテリア以外に「スーパー雷鳥」や「白山」の「コンビニエンスカー」が設定されるなど、全国的に温かい料理を提供するサービスが展開されていた時期であった。1992年6月30日をもってカフェテリアの営業は終了し、「つばめ」のビュフェに継承された。

過去の使用車両[編集]

581系・583系
1970年10月に鹿児島本線全線電化に伴い運転を開始、1984年2月まで使用された。
481系・485系
1975年3月に山陽新幹線博多駅開業に伴って、山陽本線の特急が廃止されたことにより九州地区に転入し、「有明」の増発列車に充てられた。ただし「有明」で使用された車両は転配の都合から、先頭車両は殆どがボンネット形、中間電動車の一部は交流区間では60Hz専用の481系電動車など、初期車両が中心であり、1985年頃まで後期形車両(クハ481形200番台・300番台や、AU13E型クーラー搭載車)を使用した編成は殆ど見られなかった。なお、581・583系は、「なは」の間合い運用で引き続き使用された。また、短期間ではあったが、先頭車両に「ヒゲ付き」の600番台や、「とき」等で使われていた181系電車を改造した500番台なども存在した。
1979年11月からは485系ボンネット車編成の一部にビデオ上映サービスを行う列車が登場。当該車両に「ビデオ特急」のステッカーが掲出された。ビデオ上映サービスは短区間乗車利用者にも対応できるように短時間の作品が多く、食堂車営業列車が運行していた時代では、かつて同区間を運行していた「つばめ」以上のサービスを受ける事もできた。1985年ごろに休止状態となりJR移行直前にはビデオ上映の設備が撤去されている。
1985年には、「ひたち」増発のため、ボンネット形先頭車の多くが勝田電車区へ転出。クハ481形0番台は4両のみ残留し、そのままJR九州に承継された。この頃、臨時列車用にボンネット形用のイラストマークが制作された。


鹿児島本線優等列車沿革[編集]

戦後の展開[編集]

  • 1950年昭和25年):門司港駅 - 熊本駅間を運行する準急列車として「有明」(ありあけ)の運行を開始。但し、当時は列車名は無かった。
  • 1951年(昭和26年):列車名「有明」命名。
  • 1958年(昭和33年):門司港駅 - 鹿児島駅間を運行する夜行急行列車として「さつま」が運行される。
    • 「さつま」は従来東京駅発着であったが、全行程で2泊3日を要したため寝台特急「はやぶさ」が運行されたことにより運行区間を短縮し、鹿児島本線内のみとした。
  • 1959年(昭和34年):「有明」が気動車(キハ26系)化。同時に博多駅発着とする。また、博多駅 - 西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)間を運行する準急列車として「かいもん」が運行される。
  • 1960年(昭和35年):「かいもん」を1往復増発し、指宿枕崎線山川駅まで運行される。ただし、指宿枕崎線内は普通列車扱いであった。
  • 1961年(昭和36年):博多駅 - 西鹿児島駅間を運行する急行列車「フェニックス」の運行を開始。また、「さつま」が名古屋駅発着に変更。
    • ただし、「さつま」については、従来どおり鹿児島本線内は夜行列車としていた。
  • 1962年(昭和37年):「フェニックス」の運行区間を日豊本線宮崎駅まで延長。九州島内をほぼ循環する急行列車となる。
  • 1965年(昭和40年):熊本駅まで電化工事完成に伴い、運行形態を変更。以下のとおりとなる。
    1. 「有明」は、米子駅 - 博多駅間を結んでいた準急列車「やくも」と統合されて「やえがき」と改称。「有明」は岡山駅 - 熊本駅間を結ぶ電車急行の名となる。(山陽本線優等列車沿革の項も参照)
    2. 新たに博多駅 - 熊本駅間を運行する電車準急列車として「ぎんなん」を設定する。
    3. 「さつま」の鹿児島本線内を分離し、「はやと」の名称を与えられる。
  • 1966年(昭和41年):急行料金制度の改変に伴い、従来準急列車として運行されていた「ぎんなん」・「かいもん」が急行列車に格上げされる。

特急列車「有明」の登場[編集]

481系赤スカート「有明」
(熊本駅)
581系「有明」
(熊本駅 - 川尻駅)
  • 1967年(昭和42年)10月1日:ダイヤ改正により、以下のように変更する。
    1. 門司港駅 - 西鹿児島駅間を運行する特急として「有明」運行を開始。
      • それまでの「有明」は「しらぬい」と改称する。
      • なお、「有明」登場当時はキハ82系により運行された。
    2. 「かいもん」1往復を熊本駅 - 西鹿児島駅間の運転とし、「なぎさ」の名称が与えられる。
      • 「なぎさ」自体は新規の1往復を加え2往復が設定される。
  • 1968年(昭和43年):ヨンサントオのダイヤ改正に伴い、以下の列車名を変更。
    1. 「なぎさ」→「そてつ
      • 「なぎさ」の名称はすでに紀勢本線で運行されていた急行列車で使用されていた関係で案内上紛らわしいという理由であったとされている。
    2. 「はやと」→「かいもん」
      • 同一種別で同一行程列車の愛称の統合であるが、これにより「かいもん」は昼行列車1往復増発分も合わせて3往復に増強される。
  • 1970年(昭和45年)10月:鹿児島本線全線電化に伴い「有明」を581系・583系電車化し1往復増発。新たに博多駅発着列車を設定。また、夜行「かいもん」を除き定期急行列車は電車運行に統一され、気動車による運転列車は季節列車化される。
  • 1972年(昭和47年)3月15日:「有明」を電車化し1往復増発し、3往復での運行となる。
  • 1973年(昭和48年):「ぎんなん」「そてつ」を統合し、「かいもん」1往復増発。「ぎんなん」このとき名目上廃止。また、「フェニックス」の宮崎発列車を博多行きとし、博多駅 → 熊本駅 → 西鹿児島駅間を分離し、「かいもん」に編入。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線博多駅開業に伴うダイヤ改正を行い、以下のように改編する。
    1. 鹿児島本線線内昼行特急はすべて「有明」とし10往復体制に、同時に「有明」をエル特急に指定。博多駅での新幹線接続列車とする。
      • なお、門司港駅・小倉駅発着列車もそれぞれ1往復、3往復設定。
      • 「有明」の大幅増発により、従前山陽新幹線博多開業に伴う山陽特急廃止により九州内に転属してきた481系・485系の使用が開始される。
      • 食堂車営業列車は、同改正前は581系・583系使用の西鹿児島発着の3往復で営業していたが、581系・583系が関西方面の寝台特急との共用が本格化となり、調理器具などの什器の扱いの問題に加えてその当時の食堂車の従業員不足もあって改正前の従業員クルーを481系・485系使用の西鹿児島駅発着の3往復に移行して営業する。それにより「有明」10往復の内7往復が食堂車が営業休止の状態で連結されている。
    2. 西鹿児島駅発着の急行列車として「かいもん」の名称を総称とし、熊本駅発着の「そてつ」、西鹿児島発「フェニックス」の西鹿児島駅 - 博多駅間が「かいもん」に編入される。
    3. 博多駅 - 熊本駅間運行の急行列車として「ぎんなん」が名称上復活する。
  • 1978年(昭和53年)
    1. 「有明」が無停車だった羽犬塚駅と玉名駅に581系・583系使用列車が各1往復、瀬高駅に481系・485系使用の博多駅 - 熊本駅間列車1往復が新たに停車駅に加わった。
    2. 「有明」に使用している581系・583系のヘッドマークがイラスト入りのマークに変更される。ただし、481系・485系は先頭車が殆どがボンネット形の初期車両であったため文字マークのまま使用され、一時的な編成替えで200番台が先頭に立たない限り485系のイラストマークは1985年頃まで殆ど見られなかった。また、同時期に投入された300番台はヘッドマークの形が200番台に比べて横に広かったため、200番台のヘッドマーク用ロールを使用していた300番台については、イラストの左右に白い余白ができていた。
  • 1979年(昭和54年)11月1日:485系ボンネット車編成の一部にビデオ上映サービスを行う列車が登場。使用列車に「ビデオ特急」の愛称が与えられる。

全特急化とその後[編集]

475系 臨時急行「ひのくに」(1987年 博多駅)
DE10牽引の水前寺行「有明」
(1987年 熊本駅)
783系「ハイパー有明」
(1990年 小倉駅)
485系「有明」
(1991年 博多駅)
  • 1980年(昭和55年)10月1日このときのダイヤ改正により、山陽新幹線に接続する鹿児島本線系統の昼行優等列車を特急列車に統一。これにより、昼行急行「ぎんなん」・「かいもん」の全列車、急行「えびの」・「火の山」の博多駅 - 熊本駅間を格上げして「有明」18往復体制とする。ただし、1往復は季節列車。581系・583系以外の食堂車が編成から外される。
    • これに伴い、鹿児島本線内の定期急行列車は夜行列車の「かいもん」のみとなる。なお、臨時急行として「しらぬい」が博多駅 - 熊本駅間で運行された。
    • また、小倉駅発着列車についてはすべて博多駅発着とし、博多駅以北の乗り入れは門司港駅発着列車の1往復のみとなる。
    • この改正では高速バスへの対抗策として、博多駅 - 熊本駅間無停車の「有明」を3往復設定したが、この区間では速達性が弱かったことや、途中駅の乗降客からの批判などにより、1982年11月15日のダイヤ改正で再び鳥栖駅・久留米駅・大牟田駅には全列車が停車するようになった。
  • 1982年(昭和57年)11月15日この時のダイヤ改正に伴い「有明」季節列車1往復を含む17往復に減少。581系・583系は1往復のみに。
  • 1984年(昭和59年)2月:この時のダイヤ改正に伴い「有明」は15往復に減少。これに伴い581系・583系撤退。全列車9両編成から7両編成に短縮。
  • 1985年(昭和60年):夜行列車「かいもん」の臨時増発列車として博多駅 - 西鹿児島駅を運行する寝台特急「桜島」(さくらじま)が運行される。
    • この列車の場合、「はやぶさ」で使用された24系客車を使用したため特急列車となったが、往復の運行ではなく、上りまたは下りの片道のみの運行が多かった。
    • また臨時増発列車として小倉駅・博多駅 - 熊本駅・八代駅を運行する急行「ひのくに」が1993年まで運行される。末期は811系を充当。
    • またこの年から「有明」の一部編成を5両編成に短縮。先頭車両は中間車に運転台を取り付けたクモハ485とクロ480が主力となり、485系編成のイラストマークが本格的に見られるようになる。この頃、臨時列車用にボンネット形用のイラストマークが製作された。
  • 1986年(昭和61年)11月1日このときのダイヤ改正により、以下のように変更
    1. 「有明」が熊本駅発着列車を中心に25往復に増発。また、西鹿児島駅発着列車は基本5両に、熊本駅発着列車は3両[3](一部5両)に編成を見直し。
      • この3両編成の「有明」は、それまで佐世保線特急「みどり」が持っていた4両の記録を抜いて国鉄史上最短の特急となった。なお、民営化後は特急の短編成化が全国で見られ、気動車では2両編成の特急も現れた。
      • また車両の改造が間に合わなかった関係で、3両編成の列車は翌年の2月までグリーン車を連結しない場合があった。
    2. 「かいもん」の寝台車を24系客車に変更。

JR化以降の展開[編集]

  • 1987年(昭和62年)
    • 3月21日:熊本駅発着の「有明」2往復が豊肥本線水前寺駅乗り入れを開始[4]
    • 4月25日:水前寺駅乗り入れ列車の本数を5往復とする。
      • 基本的な運行方法は3月時点と変わらないが、ゴールデンウイークお盆休み時期に当該列車が西鹿児島方面への臨時延長に充当される場合には、水前寺駅への乗り入れは行わず、豊肥本線側には気動車列車が充当された。そのため、増発した3往復については運行をゴールデンウイーク明けの5月6日とした。
      • なお、7月1日以降期間を更新する形で毎日運転の臨時普通列車扱いを実施し、電源車もスハフ12形から、貨物列車車掌車であったヨ8000形ディーゼル発電機を搭載したヨ28000形に変更した。
  • 1988年(昭和63年)3月13日:「有明」は28往復に増発。同時に一部列車に783系電車「ハイパーサルーン」投入開始。
    • このうち博多駅 - 西鹿児島駅間を最少の停車駅で運行する1往復を「スーパー有明」として運転。
    • また、豊肥本線内も正式に定期列車とする。DE10は新たに1756号機も専用機となり、ヨ28000形ともども783系に合わせた塗装となった。
  • 1989年(平成元年)
    • 3月11日:このときのダイヤ改正により、以下のように変更
      1. 783系でカフェテリアが設置され、食堂車廃止の1980年10月ダイヤ改正以来、9年振りに温かい料理を提供するサービスが復活
      2. 「有明」が「スーパー有明」と合わせて31往復に増発。また、八代発列車および、熊本駅 - 西鹿児島駅間列車を設定。
    • 4月29日:「有明11号」において、佐世保行きの「オランダ村特急」を門司港駅 - 博多駅間で併結開始。史上初となる営業列車での電車・気動車動力協調運転を実施。
    • 「桜島」の運転を終了。
  • 1990年平成2年)3月10日:ダイヤ改正により以下のように変更。
    1. 783系で運行する列車(18往復)について「ハイパー有明」とし、「スーパー有明」はこれに吸収の形で消滅。
    2. 「ハイパー有明」の3往復、「有明」の1往復を小倉駅発着とする。
      • なお、博多駅以北に乗り入れる「有明」の中で西鹿児島駅まで行く列車は従来の門司港駅発着の1往復に限られていた。
    3. 「有明11号」と「オランダ村特急」の併結を鳥栖駅まで延長する。
  • 1991年(平成3年)3月16日:「有明」・「ハイパー有明」と合わせて32往復となる。水俣駅発着列車を設定。
    このときが「有明」の本数の最多記録となった。
  • 1992年(平成4年)
    • 3月14日:「有明11号」と「オランダ村特急」の併結を終了。
    • 6月1日:783系「有明」のカフェテリア営業を終了。
    • 7月15日:ダイヤ改正により以下のように変更。
      1. 「有明」の西鹿児島駅発着列車(14往復)を「つばめ」として系統分離。「有明」は残りの18往復での運転となる。
      2. 「ハイパー有明」の呼称は廃止し、「つばめ」用の787系電車1往復、783系11往復、485系6往復の充当とする
        • 以後、全列車783系に統一されていた時期を除き、「有明」の1往復のみ787系が充当される時期が1999年3月12日まで続いた。
      3. 小倉駅発着の「有明」を博多駅発着に見直し。同時に門司港駅発着の「有明」が「つばめ」に編入されたため、「有明」は博多駅発着に統一された。
  • 1993年(平成5年)3月18日:このときのダイヤ改正により以下のように変更。
    1. 「有明」に八代行き列車を設定。
    2. 「かいもん」は特急「ドリームつばめ」に昇格。運行区間を博多駅 - 西鹿児島駅間とする。
      • なお、この時に日豊本線夜行急行「日南」が特急「ドリームにちりん」に昇格し、これにより定期列車でのJR九州管内での客車急行・特急列車は本州乗り入れ列車のみとなる。
  • 1994年(平成6年)7月1日:「有明」は783系に車種統一。豊肥本線水前寺駅乗り入れを中止。「有明」が抜ける分の熊本駅 - 水前寺駅間の列車に関しては普通列車を増発して対応した。
  • 1995年(平成7年)4月20日:「有明」に787系を投入。
  • 1997年(平成9年)3月22日:「有明」の1往復を「つばめ」に変更。
  • 1999年(平成11年)
    • 3月13日:「有明」を下り25本・上り27本に増強の上、783系15往復、787系下り10本・上り12本の充当とする。
      • 「つばめ」と合わせて博多駅 - 熊本駅間では20分ヘッドでの運転となる。在来線特急で1時間3本の運転は全国初であった[5]
      • この改正で「有明」専用の787系4両編成が誕生[2]。787系充当列車の内下り7本・上り10本が4両編成で運行された。
    • 10月1日:豊肥本線熊本駅 - 肥後大津駅間電化完成に伴い、豊肥本線乗り入れ再開。熊本駅発着列車の一部が水前寺駅・肥後大津駅発着に延長。
      • この時点では豊肥本線に乗り入れる列車は783系に限られていた。
      • 豊肥本線乗り入れに際し、従前は同線内を普通列車扱いであったが、「有明」が乗り入れない間に普通列車の本数が十分確保されたことから、乗り入れ再開にあたっては全区間特急扱いとした。
  • 2000年(平成12年)3月11日:「有明」を27往復に増強。同時に787系に統一される。
    • 「有明」から撤退した783系は主に「かもめ」に回された。
  • 2001年(平成13年)3月3日:「有明」8往復を小倉駅発着とする。この改正で完全に1時間2本運転となった「ソニック」と合わせて、小倉駅 - 博多駅間では特急が1時間3本運転されるようになった。
  • 2002年(平成14年)3月23日:「有明」の下り1本を増発。同時に小倉行きの「有明」のうち1本を土曜・休日に限り(2003年3月15日からは毎日)門司港行きに延長。

九州新幹線部分開業後の「有明」[編集]

787系「有明」
(2008年 木葉駅)
  • 2004年(平成16年)3月13日:九州新幹線部分開業に伴い、以下のように変更。
    1. 「有明」の水俣駅・八代駅発着列車を廃止。熊本駅発着列車および豊肥本線乗り入れ列車のみとなる。
    2. 九州新幹線に接続する「リレーつばめ」が1時間2本運転となった関係で「有明」は下り16本・上り15本に減少。一部列車の豊肥本線乗り入れ区間が武蔵塚駅まで延長される。
    3. 「ドリームつばめ」を短縮し「有明」に編入する。なお、「下りのみ」と公式には案内されているが、これは「ドリームつばめ」の乗継割引制度の兼ね合いからとされる。
    • ちなみに「リレーつばめ」(旧「つばめ」)のうち5往復は臨時列車扱いであり、閑散期にはこれらを運休し、博多駅 - 熊本駅間の時刻を利用して「有明」を運転することになっていた。「有明」にはこの5往復も合わせて号数が付与されていたため、定期列車の「有明」には欠番が生じていた。また、「つばめ」・「リレーつばめ」も臨時列車を含めた号数付与だったため、運休時には欠番が生じることになっていた。しかし、実際には九州新幹線が予想を上回る乗客数で推移したため、この臨時「有明」は一度も運転されることがないまま、翌2005年(平成17年)10月1日に臨時扱いの「つばめ」・「リレーつばめ」は定期列車に編入。同時に「有明」の欠番も消滅した。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月18日:「有明」の豊肥本線乗り入れ列車の大半を、この日開業の光の森駅発着とする。
    • 10月、金曜・週末などに限り、熊本行きの「有明23号」を「リレーつばめ(・つばめ)」81号として新八代駅乗り換えで鹿児島中央駅まで延長する。
  • 2007年(平成19年)3月18日:ダイヤ改正により以下のように変更。
    1. JR九州管内の昼行特急列車は全車禁煙となる。これに伴い、4両編成の車両に設置されていた喫煙ルームを廃止。
    2. 熊本発の「有明6号」について、豊肥本線内は普通列車扱いで光の森発とし、非電化時代に行われていた豊肥本線内での普通列車扱いが復活。
    3. 従前、金曜・週末などに限り、「リレーつばめ(・つばめ)」81号として新八代駅乗り換えで鹿児島中央駅まで延長していた熊本行きの「有明23号」を定期列車化。
      • この改正により定期「有明」は15往復に減少。九州新幹線全線開業前日の2011年3月11日まで、最終運行本数として推移。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月15日:福岡県庁への利便性のため、一部列車を吉塚駅発着・停車。
    • 7月頃:JR九州が「エル特急」の呼称を中止したため、「有明」も種別呼称を特急に変更。
  • 2009年(平成21年)8月23日団体列車として熊本駅 - 門司港駅間を国鉄色485系電車を用いて運行する団体臨時列車「リバイバル有明」を運転。

九州新幹線全通後の「有明」[編集]

  • 2011年(平成23年)
    • 3月12日:九州新幹線全線開通によるダイヤ改正により以下のように変更[6]
      1. 「有明」は通勤・通学対応や新幹線の運行時間の兼ね合いから、博多駅 - 長洲駅間下り3本・上り2本(上り1本は博多駅から普通列車として吉塚駅まで乗り入れ)、博多駅 - 熊本駅間1往復、計下り4本・上り3本の運行で存続。
      2. 一部列車を783系での運行とする。787系での運用はDXグリーン車連結の6両編成に統一。783系の「有明」への運用は11年ぶりとなる。
    • 8月5日:筑後川花火大会向けとして博多駅 - 久留米駅間に臨時「有明」が6往復運行されたが、このうち1往復に485系を充当した。「有明」への485系充当は17年ぶり。
  • 2014年(平成26年)3月15日:ダイヤ改正により以下のように変更[7]
    1. 「有明」は熊本駅発着を廃止。同時に時刻を修正し、長洲駅発着下り3本・上り2本の運行となる。
    2. 787系充当列車の一部を7両編成とする。
  • 2015年(平成27年)
    • 8月5日:筑後川花火大会終了後の観客輸送対策として、久留米駅 - 博多駅間で1本(有明84号)、久留米駅 - 門司港駅間で1本(有明82号)が運行された。
  • 2016年(平成28年)
    • 4月15日:平成28年熊本地震による九州新幹線不通の救済として、特急料金不要の臨時特急(愛称なし)が運行された。翌日以降も運行される予定であったが、16日未明に起きた当該地震の本震によって運転を見合わせた[8]

脚注[編集]

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  1. ^ JR九州による正式な路線名称は博多 - 新八代間および川内 - 鹿児島中央間が「鹿児島本線(新幹線)」、新八代 - 川内間が「九州新幹線」。一般向けの路線名称は全区間を通して「九州新幹線」を採用している。以下この記事において「鹿児島ルート」は省略する。
  2. ^ a b 鉄道ジャーナル』第33巻第5号、鉄道ジャーナル社1999年4月、 95頁。
  3. ^ 鉄道ジャーナル』第21巻第1号、鉄道ジャーナル社、1987年1月、 12-13頁。
  4. ^ a b c d 鉄道ジャーナル』第21巻第7号、鉄道ジャーナル社、1987年6月、 109頁。
  5. ^ 「1999.3.13ダイヤ改正の概要」、『鉄道ジャーナル』第33巻第4号、鉄道ジャーナル社1999年4月、 78-79頁。
  6. ^ 平成23年春ダイヤ改正 - 九州旅客鉄道ニュースリリース 2010年12月17日
  7. ^ “平成26年春ダイヤ改正” (PDF) (プレスリリース), 九州旅客鉄道, (2013年12月20日), http://www13.jrkyushu.co.jp/NewsReleaseWeb.nsf/a1ed4d49de57a3b049257acc00537891/4f0ac469b07b069149257c4b001a6f6c/$FILE/%E5%B9%B3%E6%88%9026%E5%B9%B4%E6%98%A5%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E6%94%B9%E6%AD%A3.pdf 2013年12月26日閲覧。 
  8. ^ 取違剛; 山下俊輔 (2016年4月16日). “JR在来線、きょう再開 航空2社が臨時便”. 毎日新聞 (毎日新聞社): p. 西部朝刊. http://mainichi.jp/articles/20160416/ddp/041/040/011000c 2016年4月17日閲覧。 

関連項目[編集]