山本幸一

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山本 幸一(やまもと こういち、1910年2月20日 - 1996年2月16日)は、日本の政治家。衆議院議員(12期)。岐阜県出身。

来歴・人物[編集]

1947年の衆議院議員選挙に日本社会党公認で出馬し初当選。1949年の総選挙では落選。

1952年の総選挙に左派社会党から出馬し当選、返り咲きを果たす。

1955年10月、分裂していた社会党が統一(社会党再統一)。

1959年に党国会対策委員長に就任し、安保国会に臨んだ。

1967年勝間田清一委員長の下で書記長に就任。

1968年に書記長辞任し書記長空席のまま勝間田委員長が辞任。

1975年成田知巳委員長の元で高沢寅男(左派=社会主義協会派)と共に副委員長に就任する。

1976年の総選挙で落選。1977年社会党が参院選で敗北すると責任問題で高沢寅男ら協会派幹部と対立、中執内反協会活動の先頭に立つ。結局、成田委員長が辞任することで解決するが、以後党の役職に就くことはなかった。

1979年の総選挙で返り咲きを果たす。1983年の総選挙には出馬せず引退した。

1996年2月16日死去。享年85。

議会
先代:
松原喜之次
日本の旗 衆議院大蔵委員長
1957年
次代:
足鹿覺
党職
先代:
成田知巳
日本社会党書記長
1967年 - 1968年
次代:
江田三郎
先代:
河野密
日本社会党国会対策委員長
第3代 : 1959年 - 1960年
次代:
勝間田清一