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シンガポール料理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
肉骨茶
シンガポール・ヌードル

シンガポール料理(シンガポールりょうり)では、シンガポールの食文化について概説する。

概要

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シンガポールは1965年マレーシアより分離独立して建国されたため、歴史が浅い。

1980年代半ばに記憶の共有がシンガポール国民という感覚に重要だという認識をしたシンガポール政府は、シンガポール国民の各民族コミュニティの歴史をシンガポールの歴史につなぐことで、より深遠な「国のルーツ」を作ろうとした[1]

なかでも注目されたのが「料理」であり、シンガポールには国民国家としてのシンガポールよりも歴史の古い食物が数多くあった[1]

こういった事情もあって「シンガポール料理」とは、各地方料理によって構成されるものではなく、華人系シンガポール人、マレー系シンガポール人、インド系シンガポール人などといった民族アイデンティティーとシンガポールの国家アイデンティティーとを共存化させるための「空間」と言うことができる[1]

多民族、多文化間の相違は標準化や融合されることなく、むしろ強調され、固定化されて行くことになる[1]

こういった「多文化主義」をシンガポールではロジャックという料理に例えることがある[1]。「ロジャック」はマレー語で「混合」を意味し、多種の食材がサラダボウルの中に入っているが、それぞれの食材は分離している状態なのである[1]。いろいろな文化が混ざり合った状態を「文化のるつぼ」と言うが、そういった観点ではシンガポールの多様な文化は「るつぼ」のように熔け合ってはいない[1]

1994年からは、シンガポール政府主導で、シンガポール国内外でのフードフェスティバルを定期的に開催し、海南鶏飯チリクラブミーゴレンタフゴレンポピアサテアイスカチャンシンガポール・スリングなどを提供し、宣伝を行っている[1]

シンガポール政府観光局は2001年プラナカン料理を「シンガポールが有する固有の料理にもっとも近い(the closest Singapore has to an indigenous cuisine)」と宣伝し[2]2011年からシンガポール政府観光局とインターナショナル・エンタープライゼス・シンガポール英語版が「シンガポール・テイクアウト(Singapore Takeout)」プロジェクトで、著名シェフをロンドン、パリ、香港、上海、モスクワ、シドニー、デリー、ドバイに派遣してプラナカン料理を作り、シンガポール料理として広めようとしている[2]

代表的な料理

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麺料理

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米料理

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スープ料理

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パン料理

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その他料理

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軽食・菓子類

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飲料

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出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 岩間一弘「シンガポール料理の創生‐海南チキンライス・ロジャック・チリクラブ」『中国料理の世界史 美食のナショナリズムをこえて』慶應義塾大学出版会、2021年。ISBN 978-4766427646
  2. 1 2 岩間一弘「プラナカン・レストランのイメージ構築‐ケバヤ・サルンとショップハウス」『中国料理の世界史 美食のナショナリズムをこえて』慶應義塾大学出版会、2021年。ISBN 978-4766427646
  3. シンガポール名物といえばビールに合う「チリクラブ」 - 日本エスニック協会