犬神家の一族

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金田一耕助 > 犬神家の一族
犬神家の一族
著者 横溝正史
発行日 1972年6月
ジャンル 小説
日本の旗 日本
言語 日本語
ページ数 414
コード ISBN 4041304059
ISBN 978-4041304051(文庫本)
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犬神家の一族』(いぬがみけのいちぞく)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。

横溝作品としては『八つ墓村』に次いで映像化回数が多い作品で、2006年12月公開作品を含め映画が3本、テレビドラマが5作品公開されており、特に市川崑監督による1976年公開の映画版は、メディアによって「日本映画の金字塔」と称されることもある[1]

概要と解説

雑誌『キング』に1950年1月号から1951年5月号まで掲載された作品。『獄門島』のように殺人に一つひとつ意味を付与して欲しいとの編集サイドからの注文に応じ、家宝の「斧、琴、菊(よき、こと、きく)」[2]による見立て殺人が考案された。初回を激賞した編集長から作品を3年続けて欲しいと要望されたものの、それだけの大長編を書く準備がなかった横溝は断らざるをえなかったが、この言葉には非常にやる気が出たと後年語っている。

当初は通俗長編であるとして、権田萬治による『日本探偵作家論』(1975年)などに見られるように専門家の評価は低かったが、1976年角川春樹の鶴の一声での映画化と、横溝正史シリーズの第一作としてのテレビドラマ化とで人気が一気にあがった。また、当初は欠点とされていた犯人とトリック全体の関連性なども、むしろ時代の先取りとして評価する声も少なくない。作品中の犯人の「無作為の作為」が田中潤司をはじめ推理小説研究家の間で見直され、田中は「金田一もの」のベスト5を選出した中で、本作を『獄門島』『本陣殺人事件』に次いで第3位に挙げている[3]。「東西ミステリーベスト100」(『週刊文春』)2012年版で、本作品は39位に選出されている[4][5]

あらすじ

昭和2×年2月、那須湖畔の本宅で信州財界の大物・犬神佐兵衛(いぬがみさへえ)が莫大な遺産を残して他界したが、遺産の配当や事業相続者を記した遺言状は、長女松子の一人息子佐清(すけきよ)が戦地から復員してから発表されることになっており、一族は佐清の帰りを待つところとなっていた。佐兵衛は生涯に渡って正妻を持たず、それぞれ母親の違う娘が3人、皆婿養子をとり、さらにそれぞれに息子が1人ずついたが、お互いが反目し合っていた。

同年10月、金田一耕助は犬神家の本宅のある那須湖畔を訪れた。犬神家の顧問弁護士を務める古館恭三の法律事務所に勤務する若林豊一郎から、「近頃、犬神家に容易ならざる事態が起こりそうなので調査して欲しい」との手紙を受け取ったためであった。どうやら若林は佐兵衛の遺言状を盗み見てしまったらしいが、耕助と会う直前に何者かによって毒殺されてしまう。

そんな中、戦地で顔に怪我を負ったためゴムマスクを被った姿で佐清が帰ってきた。佐兵衛の遺言状は古館弁護士によって耕助の立ち会いのもと公開されることになるが、その内容は

「全相続権を示す犬神家の家宝“斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)”の三つを、野々宮珠世(佐兵衛の終世の恩人たる野々宮大弐の唯一の血縁、大弐の孫娘)に与えるが、珠世は佐清、佐武、佐智の佐兵衛の3人の孫息子の中から、配偶者を選ぶものとする」

というものであった。3姉妹の仲はいよいよ険悪となり、珠世の愛を勝ち得んとしての争いが始まる一方、佐清は偽者の嫌疑をかけられ、手形(指紋)確認を迫られることとなる。そんな中、佐武が生首を「菊」人形として飾られて惨殺され、犬神家の連続殺人の幕が開く。

事件の発生年について

本作は、一個人の遺言状が惨劇を引き起こす物語となっているが、昭和22年に施行された日本国憲法の下で改正された民法遺留分制度により、遺言状の効力には法的限界があるため[6]、事件発生年が問題とされることがある。原作では事件の起きた年を「昭和2×年」とぼかしているが、原作中に登場する人物の年齢が昭和24年(1949年)を基準に設定されていることから、下に示すように事件発生年は昭和24年と推定できる。

  • 野々宮珠世は大正13年(1924年)生まれで事件当時は26歳。
  • 犬神佐清は奉納手形に「昭和18年 23歳、酉年の男」と書き記しており、事件当時は29歳。
  • 犬神佐兵衛は17歳のときに野々宮大弐に保護され、事件が起きる半年前の2月に81歳で死去している。これだけでは年代を特定できないが、出会ったときに42歳であった野々宮大弐が明治44年に68歳で死去しているので、佐兵衛と大弐の邂逅は明治18年だったことがわかる。つまり、佐兵衛が81歳で死亡したのは昭和24年となる。
  • 注:登場人物の年齢は数え年である。

一方、1976年の映画では冒頭に「昭和22年(1947年)」とテロップが入る。また、これ以降の『横溝正史シリーズ・犬神家の一族』(1977年)、『金田一耕助シリーズ5・犬神家の一族』(1994年)、『プレミアムステージ・犬神家の一族』(2004年)、そして1976年版のリメイクである映画『犬神家の一族』(2006年)は、すべて昭和22年との設定を踏襲している。

登場人物

金田一 耕助(きんだいち こうすけ)
飄々とした私立探偵
野々宮 珠世(ののみや たまよ)
犬神佐兵衛の恩人・野々宮大弐の孫。絶世の美女。頭がよく勘も鋭いが、長い孤独な境遇のため他人に本心を明かさぬところがある。
20歳前に両親を相次いで亡くし、大弐を終生の恩人と慕う佐兵衛によって犬神家に引き取られた。何者かが仕掛けた罠に3度も掛かるが、危機一髪で助かった。佐兵衛の遺言で、犬神家の遺産相続の鍵を握ることとなった。

犬神家

犬神 佐兵衛(いぬがみ さへえ)
犬神財閥の創始者。放浪の孤児だった佐兵衛は信州那須神社神官野々宮大弐に拾われ養育された。生涯正妻を娶らず、娘の松子、竹子、梅子はそれぞれ違う女との間に生ませた子である。
犬神 松子(いぬがみ まつこ)
佐兵衛の長女。夫とは既に死別している。いつも凛とした佇まいをしていて勝気。
犬神 佐清(いぬがみ すけきよ)
松子の一人息子。元は美青年だったがビルマ戦線で顔に怪我を負って復員してきたため、松子が東京で作らせたゴム製のマスク姿で犬神家へ戻ってきた。
犬神 竹子(いぬがみ たけこ)
佐兵衛の次女。小山のような体型。直情的な性格である。この3姉妹はそれぞれ仲が悪いが、仮面の佐清を松子がでっちあげたという疑いを共有したため、妹の梅子と結託する。
犬神 寅之助(いぬがみ とらのすけ)
竹子の夫。犬神製糸東京支店長。
犬神 佐武(いぬがみ すけたけ)
竹子の息子。両親似で衝立のような体形。性格も傲岸不遜で態度が大きい。
犬神 小夜子(いぬがみ さよこ)
竹子の娘。珠世ほどではないが美人。竹子、梅子それぞれの夫と息子は、竹子、梅子に性格、体型とも似ているようだが、小夜子のみ大人しい性格。
犬神 梅子(いぬがみ うめこ)
佐兵衛の三女。3姉妹の中では、一番美人だが一番底意地が悪い。
犬神 幸吉(いぬがみ こうきち)
梅子の夫。犬神製糸神戸支店長。
犬神 佐智(いぬがみ すけとも)
梅子の息子。一見落ち着きがなく臆病そうだが狡猾。

系譜

  • 犬神氏
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
犬神佐清
 
 
 
 
 
 
 
 
犬神松子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
寅之助
 
 
犬神佐武
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
犬神佐兵衛
 
 
犬神竹子
 
 
小夜子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
幸吉
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
犬神佐智
 
 
 
 
 
 
 
 
 
犬神梅子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青沼静馬
 
 
 
 
 
 
 
青沼菊乃
 
野々宮大弐
 
 
 
 
 
野々宮祝子
 
野々宮珠世
 
 
 
 
晴世

関係者

古館 恭三(ふるだて きょうぞう)
弁護士。古館法律事務所所長。犬神家の顧問弁護士。佐兵衛より、遺言状の管理を任されていた。殺された若林豊一郎に代わり、金田一耕助に調査を依頼する。やがて金田一耕助に親愛の情を抱くようになる。
若林 豊一郎(わかばやし とよいちろう)
古館法律事務所に勤務。犬神家の遺産相続問題に関して金田一に捜査依頼をするが、金田一と会う前に毒殺された。
猿蔵(さるぞう)
珠世の世話役の下男。もとはみなしごだったため、子供の頃から祝子によって珠世と共に育てられ、珠世が犬神家に引き取られると、下男として犬神家に入った。珠世に非常に忠実で、生前の佐兵衛から“命に代えても珠世を守れ”と命じられているため、珠世の身辺の世話だけでなく護衛も務め、作中でたびたび珠世を助ける。「猿蔵」というのは本名ではなく、猿に似ていることから付けられた通称で、本名は不明。粗野かつ無口で少し思慮が足りないが、力が強く、佐武や佐智も持て余している。
宮川 香琴(みやがわ こうきん)
松子のの師匠。目が怪我で不整形になっていてかつ不自由。
野々宮 大弐(ののみや だいに)
那須神社の神官。珠世の祖父。故人。犬神佐兵衛の恩人。美少年だった佐兵衛との間には衆道の契り(男色関係)があったと地元では噂されている。
野々宮 晴世(ののみや はるよ)
大弐の妻。珠世の祖母。故人。
野々宮 祝子(ののみや のりこ)
野々宮夫妻の娘で、珠世の実母。故人。
青沼 菊乃(あおぬま きくの)
佐兵衛が50歳を越したときに持った愛人。消息不明。
青沼 静馬(あおぬま しずま)
菊乃と佐兵衛の息子。母同様消息不明。養子に出されており、戸籍名は津田静馬。年齢は佐清と同じ。

映画

市川崑監督・石坂浩二主演による1976年版は、1980年代にかけて一世を風靡することになる角川春樹事務所の第1回映像作品であり、金田一耕助を初めて原作どおりの着物姿で登場させたことでも知られる。横溝本人もゲスト出演(民宿・那須ホテルの主人役)している。大野雄二による主題曲「愛のバラード」も有名である。

2004年春にフジテレビ稲垣吾郎主演で製作したテレビドラマ版では、岸田今日子が同じ役で出演している。2006年公開の映画版は、市川監督・石坂主演によって30年ぶりにリメイクされたものである。

映像作品での「波立つ水面から突き出た足」のシーンが有名であるが、原作では季節が初冬で湖面は凍った状態、死体はパジャマを着たまま、湖に突っ込んでいるのはヘソから上である。「斧、琴、菊」の見立て殺人の最後に残った「斧(ヨキ)」について、原作では犯人が佐清(スケキヨ)を絞殺した後、さかさまにして下半身だけを見せることによって「ヨキ(ケス)」を表現している(この判じ物はすぐに金田一によって解かれている)。しかし映像作品では絞殺から斧による惨殺に変更されていることが多い。なお、同映画では寺田稔(猿蔵役)のスタントを務めた青木湖畔の旅館の主人が逆さ死体を演じている[7]

また映像作品では佐清のゴムマスクは、頭から首まですっぽり覆うものが定番になっているが、原作では、珠世の愛情を失わないように美男子だった佐清の顔をそのまま写したもので、妖気を誘うが美しいとあり、また初めて見る人、目の悪い人には、すぐさま仮面とは分からないという描写もあり、その他、アゴからマスクをめくりあげたとか、アゴを殴られてマスクがとんだとかの描写があることからして、顔面だけを覆う大きさのようにも思われる。

1954年版

犬神家の謎 悪魔は踊る』は1954年8月10日に公開された。東映、監督は渡辺邦男、主演は片岡千恵蔵

1976年版

1976年10月16日に公開された。角川春樹事務所、監督は市川崑、主演は石坂浩二

2006年版

2006年12月16日に公開された。東宝、監督は市川崑、主演は石坂浩二。

テレビドラマ

1970年版

蒼いけものたち』は、日本テレビ系列の「火曜日の女シリーズ」(毎週火曜日21:30 - 22:26)で1970年8月25日から9月29日まで放送された。

キャスト
スタッフ
その他
  • 金田一は登場しない。
  • 時代を現代(1970年当時)に設定している。
  • 登場人物はすべて原作と名前が変わっている。

1977年版

横溝正史シリーズI・犬神家の一族』は、TBS系列1977年4月2日から4月30日まで毎週土曜日22:00 - 22:55に放送された。

テレビドラマ版において金田一耕助を最も多く演じている古谷一行が初めて金田一役を演じたのが本作であり、初放映時の最高視聴率は40パーセントを超えた。

キャスト

1990年版

横溝正史傑作サスペンス・犬神家の一族』は、テレビ朝日系列1990年3月27日の火曜日19:02 - 21:48に放送された。

キャスト
その他
  • 本作の金田一は、白いスーツにハンチング帽、丸メガネという出で立ちで、池田明子という“助手”を連れている。

1994年版

横溝正史シリーズ5・犬神家の一族』は、フジテレビ系列2時間ドラマ金曜エンタテイメント」(毎週金曜日21:00 - 22:52)で1994年10月7日に放送された。

キャスト
その他
  • 松子、竹子、梅子は犬神佐兵衛の愛人で、「犬神」姓を名乗れない設定。
  • 古館は古館「恭三」弁護士の息子という設定。

2004年版

金田一耕助シリーズ・犬神家の一族』は、フジテレビ系列の「プレミアムステージ」(毎週土曜日21:00 - 22:54)で2004年4月3日に放送された。

キャスト
その他
  • 冒頭で『誰も知らない金田一耕助』というドラマオリジナルによる金田一のアメリカ時代のエピソードが描かれた。
  • 三田佳子扮する松子の髪型は原作小説の表紙絵の髪型を忠実に再現したものとなっている。
  • 岸田今日子は1976年の映画版にも香琴役で出演している。
  • 青沼菊乃は既に死亡しており、青沼菊乃=宮川香琴という設定はない。
  • 梅子役の佳那晃子は1976年の映画版では菊乃を演じている。

漫画

  • 犬神家の一族 (作画:つのだじろう講談社漫画文庫)
    • 復員兵という佐清の設定を、火事で火傷を追ったという設定に変更して、現代劇にアレンジしている。また、犬神家が狼を祀る奇怪な宗教を統べる一族であるという、伝奇ホラー風味の味付けがなされている。金田一は洋装でメガネをかけた若干ひょうきんなキャラクターとされているほか、佐清がジーンズ姿であるなど、映画版とはビジュアルイメージが重複しないようにオリジナリティを追求している。
  • 犬神家の一族 (作画:いけうち誠一、講談社コミックブックシリーズ)
  • 犬神家の一族 (作画:JET角川書店あすかコミックスDX)
  • 犬神家の一族 (作画:長尾文子秋田書店サスペリアミステリーコミックス)
  • 犬神家の一族 (作画:小山田いくぶんか社『ホラー・ミステリー』掲載、単行本未刊)

ゲーム

関連イベント

備考

  • 本作をモチーフにしたキャラクターや演出は漫画、アニメ、ゲーム、ドラマなどさまざまなメディアで数多く制作されている。その多くは「ゴムマスクを着用した佐清の容姿や名称」「逆さまになって下半身だけ露出した死体」「犬神家をもじった名称の一族による遺産騒動」などの共通性を持つことが多い。

脚注

  1. ^ ぴあ (2007年12月1日). “正月映画は日本映画・時代劇が人気をリードする!”. 2009年2月13日閲覧。
  2. ^ 作中でも語られているが「斧、琴、菊(よき、こと、きく)」は歌舞伎、音羽屋尾上菊五郎役者文様で、横溝は音羽屋よりクレームが来ないかヒヤヒヤしたと語っている。
  3. ^ 『真説 金田一耕助』 横溝正史、角川文庫、1979年。
  4. ^ 週刊文春』が推理作家や推理小説の愛好者ら約500名のアンケートにより選出したもので、1985年版では本作品はノーランクだった。
  5. ^ 他の横溝作品では『獄門島』が1位、『本陣殺人事件』が10位、『八つ墓村』が57位、『悪魔の手毬唄』が75位に選出されている。
  6. ^ 原則として、松子・竹子・梅子はそれぞれ、相続財産の6分の1を取得しうる。
  7. ^ 北山美紀・水原文人「メイキング・オブ・犬神家の一族」『プレミア日本版』2002年11月号、アシェット婦人画報社、93-103頁。

関連項目

外部リンク