みょうこう (護衛艦)
みょうこう | |
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秋田港にて | |
基本情報 | |
建造所 | 三菱重工業長崎造船所 |
運用者 | 海上自衛隊 |
艦歴 | |
発注 | 1991年 |
起工 | 1993年4月8日 |
進水 | 1994年10月5日 |
就役 | 1996年3月14日 |
要目 | |
基準排水量 | 7,250トン |
満載排水量 | 9,485トン |
全長 | 161m |
最大幅 | 21m |
吃水 | 6.2m |
機関 |
石川島播磨GELM2500COGAG 4基 2軸推進 100,000ps |
最大速力 | 30ノット以上 |
乗員 | 300名 |
兵装 |
54口径127mm単装速射砲 1門 ハープーンSSM 4連装発射機 2基 68式324mm3連装短魚雷発射管 2基 Mk15 Mod2 高性能20mm機関砲(CIWS) 2基 Mk41 VLS 90セル 曳航式デコイMod4 |
レーダー |
SPY-1D対空レーダー OPS-28D水上レーダー OPS-20航海レーダー Mk99/SPG-62ミサイル射撃装置 3基 81式射撃指揮装置2型-21H |
ソナー | OQS-102 ソナー |
電子戦・ 対抗手段 |
NOLQ-2 ESM/ECM Mk137 チャフ 4基 |
みょうこう(ローマ字:JS Myōkō, DDG-175)は、海上自衛隊の護衛艦。こんごう型護衛艦の3番艦。艦名は妙高山に因み、旧海軍妙高型重巡洋艦「妙高」に続き日本の艦艇としては2代目。
艦歴
中期防衛力整備計画に基づく平成3年度計画7200トン型護衛艦2315号艦[1]として、三菱重工業長崎造船所で1993年4月8日に起工し、1994年10月5日に進水、1996年3月14日に就役した後、第3護衛隊群第63護衛隊に編入され、舞鶴に配備された。就役後、リンク16のアンテナを追加装備している。
1996年10月25日から翌年2月21日の間、イージスシステムの装備認定試験(SQT)のためハワイに派遣。
1998年8月31日、北朝鮮より発射された大陸間弾道弾「テポドン1号」の軌跡をフェイズド・アレイレーダーにて探知し、米軍に重要な判断情報を提供した。
同年10月13日、韓国釜山で実施された韓国建国50周年記念国際観艦式に「DDH-141 はるな」、「DD-156 せとぎり」とともに参加した。
1999年3月22日から24日にかけて発生した能登半島沖不審船事件に「はるな」、「あぶくま」とともに派遣され、初の「海上における警備行動」が発令された。当時の航海長伊藤祐靖を指揮官とする臨検部署を発動し、不審船を追跡した。
2004年1月23日、テロ対策特別措置法に基づきインド洋に派遣。同年5月まで任務に従事し、6月29日に帰国した。
2008年3月26日、護衛隊改編により第3護衛隊群第7護衛隊に編入された。
2009年10月27日、ミサイル防衛機能を付加する改修を完了し、RIM-161スタンダード・ミサイル3 (SM-3)ブロックIAの発射試験(JFTM-3)をハワイ・カウアイ島沖で行い、予め時刻を知らされない条件下で太平洋ミサイル試射場から発射された模擬弾道ミサイルの迎撃に成功した[2]。
2012年には「DDH-143 しらね」、「MST-464 ぶんご」と共にリムパックに参加する。同年12月6日、朝鮮民主主義人民共和国が「人工衛星」と自称する弾道ミサイルの発射に備え、「DDG-173 こんごう」、「DDG-176 ちょうかい」と共に佐世保から出航し、アメリカ合衆国海軍と連携して迎撃態勢を整える[3]。同月12日、ミサイルは発射されるも領土内に落着する恐れがなくなったため、破壊措置命令の解除を受けて順次撤収に移る[4]。
現在、第3護衛隊群第7護衛隊に所属し、定係港は舞鶴である。
歴代艦長
代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 | 備考 |
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1 | 保井信治 | 1996.3.14 - 1997.9.9 | 防大16期 | みょうこう艤装員長 | 護衛艦隊司令部作戦幕僚 | |
2 | 鈴木英隆 | 1997.9.10 - 1999.8.9 | 防大18期 | 誘導武器教育訓練隊教育部長 兼学生隊長兼研究室長 |
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3 | 井手剛一 | 1999.8.10 - 2001.3.26 | 防大19期 | 第4護衛隊群司令部幕僚 | 中央通信隊群司令部幕僚 | |
4 | 金子吉宏 | 2001.3.27 - 2002.5.19 | 防大21期 | 海上幕僚監部防衛部装備体系課 研究班長 |
海上幕僚監部補任課 | |
5 | 村田隆齋 | 2002.5.20 - 2004.8.29 | 防大21期 | はたかぜ艦長 | 開発指導隊群司令部首席幕僚 | |
6 | 五島浩司 | 2004.8.30 - 2006.3.26 | 防大25期 | 海上幕僚監部人事計画課 | 統合幕僚監部防衛政策課 | |
7 | 桑野弘道 | 2006.3.27 - 2008.8.24 | 防大27期 | 横須賀地方総監部防衛部 第3幕僚室長兼第5幕僚室長 |
阪神基地隊副長 | 就任時2等海佐、
2006.7.1昇任 |
8 | 島村雄司 | 2008.8.25 - 2010.3.24 | 防大29期 | 護衛艦隊司令部幕僚 | 第1術科学校教育第2部長 | |
9 | 立川浩二 | 2010.3.25 - 2012.4.22 | 防大28期 | 第4護衛隊群司令部幕僚 | 自衛艦隊司令部幕僚 | |
10 | 松井陽一 | 2012.4.23 - 2014.3.25 | 防大29期 | 第1術科学校主任教官 | 呉海上訓練指導隊 | |
11 | 松味利紀 | 2014.3.26 - 2015.3.29 | 水産大学 | 海上幕僚監部人事教育部 人事計画課募集班長 |
海上幕僚監部人事教育部 補任課服務室長 |
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12 | 夏井 隆 | 2015.3.30 - | 防大36期 | 第4護衛隊群司令部首席幕僚 |
脚注
- ^ DSI 現有艦艇一覧
- ^ 護衛艦「みょうこう」SM-3発射試験の結果について 防衛省
- ^ イージス艦、佐世保を出港=海自、北朝鮮ミサイル対処で―日米で迎撃態勢
- ^ 時事ドットコム 破壊措置命令を解除=展開部隊撤収へ-防衛省 2012年12月12日
参考文献
- 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)
- 『世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)