捜索者

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捜索者
The Searchers
監督 ジョン・フォード
脚本 フランク・S・ヌージェント
製作 メリアン・C・クーパー
出演者 ジョン・ウェイン
ジェフリー・ハンター
ヴェラ・マイルズ
ナタリー・ウッド
音楽 マックス・スタイナー
撮影 ウィントン・C・ホック英語版
編集 ジャック・ムーレイ英語版
配給 ワーナー・ブラザーズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1956年3月13日
日本の旗 1956年8月22日
上映時間 119分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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捜索者』(そうさくしゃ、原題:The Searchers)は、1956年製作・公開のアメリカ映画ジョン・フォード監督の西部劇映画であり、フォード作品に多く出演しているジョン・ウェインが主演している。1954年に発表されたアラン・ルメイ英語版の同名小説が原作であり、南北戦争が終わって3年後に故郷に戻って来た男がコマンチ族によって兄夫婦が殺され、そして連れ去られた姪を救出するための旅を続ける姿を詩情豊かに描いている。フォードは本作について「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」と評している。

公開当時は興行は成功したとは言えず、批評も芳しくなく、失敗作とされて同年のアカデミー賞の候補にも選出されなかった。しかし、その後再評価の機運が高まり、現在ではフォード監督の西部劇「駅馬車」「荒野の決闘」を凌ぐ代表作であるのみならず、西部劇映画を代表する傑作として高く評価されている。1989年に創立されたアメリカ国立フィルム登録簿に登録された最初の映画中の1本に入り、2008年にアメリカ映画協会によって「最も偉大な西部劇映画第1位」に選出された[1]

ストーリー[編集]

劇中のワンシーン

舞台は南北戦争が終わって3年後の1868年テキサス南部連合の一員として従軍したイーサン・エドワーズは数年ぶりに故郷の兄の家を訪れる。兄のアーロン、兄嫁のマーサ、ルーシーとデビーの姉妹、長男のベン。懐かしい顔ぶれに囲まれて幼いデビーを思わず抱き上げる[2]イーサンだったが、かつて成り行きで自らが助け、その後アーロンに家族同然に育てられたインディアンと白人娘[3]との混血児マーティン・ポーリーに対して、インディアンに強い偏見を持つイーサンは不快感を隠せない。

程なくして、地域の有力者クレイトン牧師が応援の要請に来て、イーサンとマーティンは他の牧場でコマンチ族に盗まれた牛の奪還に向かう。だが、それは彼らを遠くへおびき寄せるためのコマンチ族の罠だった。イーサンとマーティンが家を留守にしている間に、兄の家族はコマンチ族に襲われて虐殺され、生き残ったルーシーとデビーの姉妹も連れ去られてしまう。兄の家族の復讐のため、そしてコマンチ族に誘拐された姪たちを救出するために、捜索の旅に出るのだった。最初はクレイトン牧師らも加わり大勢で捜索したが、イーサンの勝手な動きにクレイトンは激怒してやがて捜索隊は自然に解散となり、イーサン、マーティンとルーシーの婚約者ブラッドの3人でコマンチ族を追いかけて行った。

やがてルーシーの遺体をイーサンが1人で発見しひっそりと亡き骸を埋めた。最初は共に行動したブラッドだが後にそれを知って自暴自棄になってコマンチ族のテントに突っ込んでいって撃たれて死ぬ。イーサンはマーティンと共に何時果てるとも知れないデビー救出のための旅を続ける。そして6年後にコマンチ族に物資を売り買いする男の仲介で、コマンチ族の酋長に出会う。酋長のテントの中で大人になったデビーを見つけるが何も手出しが出来ない。仲介した男はイーサンのただならぬ雰囲気に今後は一切関わらぬと言って去って行った。そしてコマンチ族のテントを離れたところでデビーが追ってきた。来ないでと哀願するとイーサンは逆上して殺そうとするが、マーティンがそれを許さない。誰も助けに来なかったことで、すでにデビーはコマンチ族の娘として生きて行く覚悟をしていたのだった。それがまたイーサンの怒りを買った。そしてコマンチが現れたので二人はいったんその場を離れて行った。やがて二人は久しぶりに故郷に戻ると、長い間待ちくたびれたマーティンの恋人ローリー・ジョージェンセンが別の男性との結婚を決めて結婚式が開かれるところであった。マーティンは怒り、クレイトン牧師がもめ事の間に入って花婿とマーティンは殴り合い、そして花婿は去って行った。一段落したその時に騎兵隊からグリーヒル少尉が伝令としてやって来て、コマンチ族の情報が入り、騎兵隊のコマンチ族の掃討への協力要請であった。さっきまでの浮かれ気分が一気に緊張感に変わり、取り急ぎイーサンもクレイトン牧師らも共に行動して、コマンチ族のテントを騎兵隊と共に一気に急襲することとなった。そしてイーサンは酋長を殺すがデビーが逃げていくのを見て追いかけていく。デビーが殺されると感じたマーティンがさらに追いかけて行く。イーサンがデビーに追いついた時に、イーサンは思わずデビーを抱き上げて家に帰ることを伝え、デビーはイーサンの胸に顔を埋めた。

青空の下でイーサンの馬に乗ったデビーの姿を見て、故郷に帰ってきたことを喜ぶジョージェンセン家の家族が彼女を暖かく迎え、6年間一緒に行動したマーティンは恋人ローリーと抱き合い家の中に入っていく。イーサンは一人ぼっちになって皆が家の中に入って行ってから後ろを振り返り、砂塵が巻く中で一人去って行き、やがてその姿が消えていった。

評価[編集]

ランキング

キャスト[編集]

ジョン・フォード
ナタリー・ウッド
ワード・ボンド
ベラ・マイルス
ジェフリー・ハンター

出演者には主役のジョン・ウェインワード・ボンドなど、フォード作品の常連が出演したほか、ウェインの実子であるパトリック・ウェイン[5]やフォードの盟友であり自身のサイレント期の作品の看板だったハリー・ケリーの2番目の妻であるオリーヴ・ケリー英語版と彼の長男ハリー・ケリー・ジュニアも出演している。また、ナタリー・ウッド演じるヒロインの少女期は妹のラナ・ウッドが演じており、かつてD・W・グリフィス作品などでサイレント映画の時代に活躍した女優メエ・マーシュもチョイ役で登場している。

日本語吹き替え

俳優 日本語吹き替え
フジ版 テレビ朝日1 テレビ朝日2 テレビ朝日3
ジョン・ウェイン 小林昭二 納谷悟朗
ジェフリー・ハンター 柴田侊彦 野沢那智 富山敬
ナタリー・ウッド 上田みゆき 武藤礼子 渋沢詩子 寄崎繁子
ワード・ボンド 寄山弘 雨森雅司
ヴェラ・マイルズ 川路夏子  ?  ? 岡本茉莉

他の作品への影響[編集]

劇中の一場面

インディアンへの人種的偏見を隠そうともせず、独善的な価値観に縛られ目標に邁進する主人公イーサン・エドワーズの強烈なキャラクターが、後に『タクシードライバー』のトラヴィス・ビックルらアンチヒーローたちの造形に強く影響したと言われる[6]。これはポール・シュレーダーがこの「捜索者」からヒントを得て「タクシードライバー」の脚本を書いてトラヴィス・ビックルのキャラクターを造形し、なおかつ1979年には「捜索者」を下敷きに「ハードコアの夜」を監督している[7]

作中で雄大なモニュメント・バレーを写し撮ったフォードのカメラワークも高く評価されている。映画監督のデヴィッド・リーンは『アラビアのロレンス』を製作する前に、何度も『捜索者』を観て風景を撮影する技術を学んだという。

本作では、主演のジョン・ウェインが復讐に燃える執念のガンマンを悪役のような鬼気迫る迫力で演じており、その象徴として黒い帽子を被っている。これは、かつてウェインが1948年ハワード・ホークス監督の映画『赤い河』において、悪役のようなポジションを演じた事を反映したものである。

フランシス・フォード・コッポラ監督作品の『地獄の黙示録』は、ストーリーが本作のオマージュともいえる骨格を成している。

スティーヴン・スピルバーグは映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ず観る映画として、『七人の侍』や『素晴らしき哉、人生!』、『アラビアのロレンス』と共に本作品を挙げている[8]。フォードの熱烈な信奉者として知られるセルジオ・レオーネも『ウエスタン』製作前に本作品を鑑賞、脚本執筆の参考にしたとされる[9]

バディ・ホリーのヒット曲「ザットル・ビー・ザ・デイ」(原題:That'll Be the Day)は、作中で繰り返されるイーサンの台詞からインスパイアされたものである。

トリビア[編集]

  • 映画の中では一切語られていないが、映画の冒頭に主人公イーサンが兄夫婦の家を訪ねる場面で、どこか冷たい雰囲気を醸し出している。南北戦争後数年も過ぎてからの兄弟の再会であるのに、兄夫婦の戸惑った表情がそれを表している。原作によると、実は兄嫁のマーサはかってイーサンの恋人で、兄弟の関係は断絶していてそこに突然弟が現れたところからこの映画は始まっている。兄夫婦が襲われて殺害された直後にイーサンが戻ってきて叫んだのは兄の名前ではなく、兄嫁のマーサの名前であることが、この映画で唯一そのことを表現している。
  • イーサンが、奪われたマーサの末娘デビーを執拗に取り返そうとし、また再会した娘デビーが全くコマンチ族の娘になっているのを見て逆上して殺そうとした背景にはその娘の母マーサへの思いがあったことが、この映画に深い陰影を与えている。
  • イーサン・エドワーズ役として会心の演技を見せたジョン・ウェインは、余程この役柄が思い出深かったのか、後に彼の末子にイーサンと名づけている[10]
  • ラストで戸口に立つジョン・ウェインが見せる左手を右ヒジにあてるポーズは、ハリー・ケリーがフォードの『誉の名手』(1917年)の作中で見せたものと同じであり、その視線の先にいるのはハリー夫人だったオリーブ・ケリーである。
  • ラストシーンは、詩情豊かに謳いあげるジョン・フォード監督らしい演出であった。ナタリー・ウッド演じる末娘デビーを奪い返して、抱きかかえて友人のジョージェンセン家に送り届け、彼女はジョージェンセン夫妻に暖かく迎えられて室内に入っていった。またそれまで6年間旅を共にしたマーティンは恋人のジョージェンセン家の娘ローリーとの再会で仲良く家の中に入る。気がつけばイーサンはいつのまにか一人ぼっちになって誰も声を掛けられることなく、砂塵の中を1人で去っていく場面である。そしてラストカットは中央が戸口の室内から見た外の景色でイーサンが去って行く後姿を映して両端は室内で暗く、やがてその戸口が室内から閉じられてTHE ENDの字幕が出る[11]。ジョン・ウェインが1979年6月に死去した直後の淀川長治の「日曜洋画劇場」でウェイン追悼の映画として放送された時には、イーサンが去って行くこのラストカットで「さようならジョン・ウェイン」の字幕を黒くなった両端に入れて彼を偲んでいた。
  • 追悼番組として「駅馬車」や「黄色いリボン」でなく「捜索者」を選んだことはこの当時すでにこの映画の評価が高まっていたことになる。公開時は失敗作と言われ、日曜洋画劇場が最初に放映した1968年には題名を「荒野の捜索者」と改題されてB級作品並みの扱いであった。
  • 野営のシーンでスタジオの天井、照明が映りこんでいる。

脚注[編集]

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  1. ^ 「シネマの手帖」~250本の名作ガイド~ 146P 別冊暮しの手帖 臨時増刊号 1997年12月発行  暮しの手帖社
  2. ^ このまだ幼ないデビーを頭から上に抱き上げる場面はラスト近くで再び描かれている。
  3. ^ 映画の終盤にコマンチ族の酋長のテントの中で、酋長がかつて仕留めた白人の頭髪を自慢気に披露するシーンがある。1本の棒に並べて吊るされた金髪や黒髪にイーサンもマーティンもショックを受けると同時に、その棒を持っている人を見ると、それが探していた末娘デビーであった。という衝撃的な再会シーンでもあるが、その並べ吊るされた頭髪の中にマーティンの母の髪があったことを直後にイーサンはマーティンに語っている。
  4. ^ American Film Institute、“AFI Crowns Top 10 Films in 10 Classic Genres”、2008年6月17日。(参照:2008年11月22日)
  5. ^ Introduction by Patrick Wayne(『捜索者』をジョン・ウェインの息子パトリックが紹介するショートフィルム、ワーナー・ブラザーズ版DVD収録)
  6. ^ Roger Ebert、“Great Movies - The Searchers”、2001年11月25日。(参照:2008年11月22日)
  7. ^ 「シネマの手帖」~250本の名作ガイド~ 146P 別冊暮しの手帖 臨時増刊号 1997年12月発行  暮しの手帖社
  8. ^ FilmMakers.com、“Steven Spielberg”、2007年12月16日。(参照:2008年12月16日)
  9. ^ An Opera Of Violence(『ウエスタン』製作の模様を扱ったドキュメンタリー、パラマウント映画版DVD収録)
  10. ^ ピーター・ボグダノヴィッチ、ワーナー・ブラザーズ版DVD収録の音声解説より
  11. ^ この映画の冒頭のカットは、兄夫婦の家の戸口が開いて外の美しい景色が見える同じような構図のカットから始まっている。

外部リンク[編集]