岩崎達郎
| 本来の表記は「岩﨑達郎」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 中日ドラゴンズ #46 | |
|---|---|
2008年6月25日 阪神鳴尾浜球場
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 神奈川県横浜市瀬谷区 |
| 生年月日 | 1984年12月28日(27歳) |
| 身長 体重 |
175cm 75kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手、遊撃手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2008年6月22日 |
| 年俸 | 1,800万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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岩﨑 達郎(いわさき たつろう、1984年12月28日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
50mを5.7秒で走る俊足とセカンド・ショートの守備を評価され、2006年の大学・社会人ドラフトで中日ドラゴンズに5巡目で指名された。ドラフトで指名される以前はいわゆるノーマークであった。中日では守備の人のイメージが強いが、高校通算41本塁打を記録している。
[編集] プロ入り後
ルーキーイヤーの2007年は、レギュラーシーズンでは一軍昇格は無かったものの、遊撃のレギュラーである井端弘和がシリーズ前にケガをし、状態に不安があるため、バックアップとしてクライマックスシリーズ第1ステージを前にした10月13日に、初の1軍昇格を果たした。10月18日の同クライマックスシリーズ第2ステージ第1戦(巨人戦)の8回に新井良太の代走として一軍戦初出場し、初得点も記録している。
2008年は開幕を二軍で迎えたが、6月17日に井端弘和の故障によりシーズン初の一軍登録。その後井端の復帰で登録抹消されたが8月に荒木雅博が北京オリンピックへ出場するために再び一軍昇格。荒木のチーム合流で抹消されるも井端が再び怪我をしたためわずか5日で再び一軍に昇格した。(本来日本プロ野球の出場選手登録では抹消後10日間は再登録できないことになっているが北京五輪による特例措置で再登録することができた。)その後井端の復帰で再び抹消されるもシーズン終盤に再び一軍登録されて一軍と二軍を4度も往復した。
2009年の春季キャンプでは井端が目の異常で離脱した影響もあり、落合監督から直々にノックを受けた。オープン戦では遊撃手や二塁手として出場し、適時打を放つなど課題である打撃面でも着実に成長が見られ、初の開幕一軍入りを果たす。
2010年9月1日の対広島戦(ナゴヤドーム)で大島崇行からプロ入り初ホームランとなるサヨナラ2点本塁打を放った[1]。また、このシーズンは開幕から一軍に帯同し続けた。
2011年9月、4歳年下の一般女性と結婚。出場試合数こそ減少したもののスタメン起用が増え、打率も自己最高の.218を記録した。
[編集] プレースタイル
俊足と内野守備、犠打は評価が高くベンチには欠かせない存在。その一方で高校通算41本塁打の打撃には改善の兆しがあるものの難があり、2010年に井端が離脱した際も、二塁が本職でない堂上直倫にスタメンを奪われてしまった。
2011年ごろより、打撃フォームを神主気味にしている。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 中日 | 20 | 19 | 18 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .056 | .056 | .111 | .167 |
| 2009 | 19 | 14 | 11 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | .182 | .308 | .182 | .490 | |
| 2010 | 78 | 85 | 60 | 13 | 11 | 2 | 0 | 1 | 16 | 4 | 3 | 2 | 17 | 0 | 8 | 0 | 0 | 13 | 0 | .183 | .279 | .267 | .546 | |
| 2011 | 51 | 91 | 78 | 9 | 17 | 3 | 1 | 0 | 22 | 3 | 0 | 1 | 6 | 0 | 7 | 0 | 0 | 13 | 1 | .218 | .282 | .282 | .564 | |
| 通算:4年 | 168 | 209 | 167 | 25 | 31 | 6 | 1 | 1 | 42 | 7 | 4 | 4 | 25 | 0 | 17 | 0 | 0 | 29 | 1 | .186 | .261 | .251 | .512 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2008年6月22日、対千葉ロッテマリーンズ4回戦(ナゴヤドーム)、8回裏に吉見一起の代打で出場
- 初盗塁:2008年8月3日、対読売ジャイアンツ15回戦(ナゴヤドーム)、9回裏に二盗(投手:マーク・クルーン、捕手:鶴岡一成)
- 初先発出場:2008年8月15日、対東京ヤクルトスワローズ15回戦(ナゴヤドーム)、2番・二塁手として先発出場
- 初安打:2008年8月16日、対東京ヤクルトスワローズ16回戦(ナゴヤドーム)、3回裏にショーン・ダグラスから左中間へ二塁打
- 初打点:2010年5月1日、対広島東洋カープ8回戦(マツダスタジアム)、4回表に小松剛から左前適時打
- 初本塁打:2010年9月1日、対広島東洋カープ20回戦(ナゴヤドーム)、10回裏に大島崇行から左越サヨナラ2ラン
[編集] 背番号
- 46 (2007年 - )
[編集] 登場曲
[編集] 脚注
- ^ 失敗帳消し!?中日4年目の守備固め要員 初本塁打がサヨナラ弾スポーツニッポン 2010年9月2日
[編集] 関連項目
- 神奈川県出身の人物一覧
- 中日ドラゴンズの選手一覧
- 田澤純一 - 高校・社会人の2年後輩。
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