小林尊

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小林 尊(こばやし たける、1978年3月15日 - )は、早食い・大食いの選手、いわゆるプロのフードファイターで、ホットドッグハンバーガーの早食い世界大会で何度も優勝している。国際大食い競技連盟(IFOCE)の世界ランク3位(2007年10月31日現在)。長野県長野市出身。長野県長野商業高等学校四日市大学経済学部卒業。173cm 75kg。

TVチャンピオン・全国大食い選手権』(テレビ東京)や『フードバトルクラブ』(TBS)で優勝し、「プリンス」の愛称で人気を得る。毎年7月4日アメリカ独立記念日)に、アメリカのニューヨーク市コニーアイランドで開催される「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」で、2001年より6連覇する。北米では、"The Tsunami" のニックネームが付けられる。

目次

[編集] 主な記録

  • ネイサンズ」のホットドッグを12分で64個(2009年)
  • 「クリスタル・スクウェア・オフ」のハンバーガーを8分間で97個(2006年)
  • コーヒー牛乳(1本180g)25本を2分15秒(2002年・「フードバトルクラブ・The King of Masters」)
  • カレーライス(1皿490g)13皿を6分6秒(2001年・「フードバトルクラブ2」)
  • 「スーパー回転寿司やまと」の回転寿司を170貫(2001年・「TVチャンピオン 大食いスーパースターびっくり新年会」)

[編集] 戦歴

  • 2000年
  • 2001年
    • 「プロ宣言」
    • 第1回『フードバトルクラブ』(TBS)で優勝
    • TVチャンピオン』でも好成績をおさめ、テレビ番組を始め、各地の大食い競技会で活躍した。
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会に初参加し、新井和響の世界記録(25 1/8本)の倍の50本を完食し、自己記録を31本に伸ばした新井を抑えて優勝
    • 10月、第2回『フードバトルクラブ』では、決勝までは白田相手にも圧倒的な強さで勝ち進んだが、決勝の牛丼大食い対決で白田に敗れ、準優勝に終わる。
    • 白田信幸(ジャイアント白田)らと「Food Fighter Association(FFA)」を結成し、早食い・大食いをスポーツとして確立すると共にタレントとして活動することを目指した。
  • 2002年
    • 1月、『フードバトルクラブTheKing of Masters』で白田に次ぐ準優勝。
    • 4月、『フードバトルクラブ3 The Speed』で白田に次ぐ準優勝。
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会優勝(50本1/2、世界記録更新、2連覇)
    • 愛知県で、中学生が学校で友達と給食の時間に早食いを競って喉に食物を詰まらせて死亡するという事件が発生し、テレビ番組や早食い・大食い大会の開催が自粛され、FFAが自然消滅。
  • 2003年
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会優勝(44本1/2、3連覇)
    • 米国のFOXテレビの特別番組「Man vs Beast」で、熊と50本のソーセージの早食い勝負をし、熊が2分36秒で勝利。小林も31.5本を食べたもののアメリカにおける数少ない敗北となった。
  • 2004年
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会優勝(53本1/2、世界記録更新、4連覇)
    • 11月13日、「クリスタル・スクウェア・オフ」の第1回世界ハンバーガー大食い選手権で優勝(69個、世界新記録)
    • 「United Food Fighter Organization(UFFO)」を立ち上げ、早食い・大食い競技をスポーツとして確立する活動を再開。
  • 2005年
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会優勝(49本、5連覇)
    • 11月19日、「クリスタル・スクウェア・オフ」の第2回世界ハンバーガー大食い選手権で優勝(67個、2連覇)
    • FOXスポーツネット(米国のスポーツ専門TV)の特集「スポーツ界で最も恐れられている選手10人」の中でマイク・タイソンロジャー・フェデラーと共に選出される。
  • 2006年
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会優勝(53本3/4、世界記録更新、6連覇)
    • 10月28日、「クリスタル・スクウェア・オフ」の第3回世界ハンバーガー大食い選手権で優勝(97個、世界記録更新、3連覇)
    • ESPN(米国のスポーツ専門TV)の看板番組『SportsCenter』のCMに出演(日本ではJ SPORTSで放映)
  • 2007年
    • 6月24日、医師から顎関節症と診断される。
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会準優勝。(63本を完食し自己記録を更新)優勝は66本を食べた前年準優勝でIFOCEランキング2位(当時)のジョーイ・チェスナット(23歳)。これにより、2001年より6年間守ってきたIFOCEランキング1位の座から陥落。
    • 米国でマスターカードの「PayPass」のテレビCMに出演[1]
  • 2008年
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会に出場。本戦10分間で59本を完食するが、チェスナットと同本数、延長戦(ホットドッグ5本を早く食べたほうが勝利)でチェスナットに敗れ準優勝。
    • 7月27日、シンガポールで行われた「サテ」(マレーシア焼き鳥)の早食い大会に出場し、本戦12分間で5.419kgを完食。4.086kgのチェスナットやその他の参加者に大差をつけ優勝
    • 9月28日、「クリスタル・スクウェア・オフ」の第5回世界ハンバーガー大食い選手権に出場し、84個で3位(優勝はチェスナット)。
  • 2009年
    • 5月30日、ピザハット主催のピザ早食い大会「P'Zone Chow-lenge」に出場。6分間で直径30センチのピザ5枚3/4を完食し、2位のチェスナットに1/4枚差で優勝[2]
    • 7月4日、「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会で64本で準優勝、優勝は68本のチェスナット

[編集] エピソード

日本の早食い番組に出演していた頃は、端正な顔立ちと細身の体型で「プリンス」と呼ばれていたが、咀嚼(そしゃく)力などを鍛えるための筋力トレーニングでボディビルダーのような体型に変化している。

「ネイサンズ」のホットドッグ早食い大会で初優勝した際、食べた本数を掲げるプラカードの数字が足りなくなり、ノートに手書きした数字が掲げられた。初優勝直後、報道関係者の求めに応じてさらに2本ホットドッグを食べた。

中学生の死亡事故(2002年)でテレビの早食い大食い番組が自粛されたが、2005年以降に再開されて以降も、小林の活動は米国や香港などの海外が中心である。これは、日本のテレビ局との専属契約でトラブルがあり、以後、同局と絶縁状態になったためである[3]

2007年6月に顎関節症と診断されたことは、10日後の「ネイサンズ」ホットドッグ早食い大会の7連覇が危ぶまれるとして、アメリカでも報道された[4]。アメリカ映画やテレビドラマ中のセリフなどで言及されるほか、2009年にはスパイクTV主催の『Spike Guys' Choice Awards』の授賞式に招待される。

Xbox 360の『The Simpsons GAME』やWiiウェアの『メジャーリーグ・イーティング』に、小林がモデルのキャラクターがいる。

入江幸人太田雄貴澤穂希とはよく飲みに行く仲で、その模様がしばしば小林のブログで紹介される[5]

[編集] 脚注

  1. ^ priceless.com
  2. ^ 小林尊さん、ピザ早食い大会でリベンジ! - sanspo.com・2009年6月1日
  3. ^ 「小林と専属契約を結んだ」とされたTBSではない。takeru-kobayashi.com - ご期待に対して。
  4. ^ Michael David Smith Hot Dog King Kobayashi Has Jaw Arthritis, FanHouse, AOL Sports。2007年6月25日。2007年7月5日閲覧。
  5. ^ ジャンルの垣根なしで鍋で親睦を深め・・!

[編集] 外部リンク