原子力船

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原子力船(げんしりょくせん)とは、原子炉を動力源として使う船舶である。原子炉で発生させた熱で蒸気タービンを動かし、スクリューを駆動して航行する。軍艦の場合には「原子力艦」と呼ばれることが多い。

目次

[編集] 特徴

舶用機関としての原子力は、ディーゼルエンジンガスタービンと並ぶ主要な機関方式であり、利点も非常に多いが、欠点もまた多い。全般に大規模用途と水中用途に向く機関である。

[編集] 舶用機関としての原子力の利点

  1. 大気を汚染しない
  2. 燃料コストが安価で、供給不安の石油に依存しなくてすむ
    • 長期間燃料補給をする必要がなく、デイーゼル船に比べて燃料コストが安価で、原油価格上昇により経済的損失を蒙るリスクがない。
    • 一例を挙げれば7000TEU・7万馬力のデイーゼルコンテナ船の重油消費は日量200t、30年で180万t。これはC重油バーレル25ドルなら3.5億ドル(350億円)、バーレル125ドルなら17.5億ドル(1750億円)に相当する。
    • 石油輸入国の場合、艦艇燃料の準自給になり、シーレーン依存度を下げられる。
  3. 大型艦/船の場合、航海燃料の容積と重量が浮くメリットがある
    • 原子力機関は大規模なほど出力/重量比が改善する。大型高速船の場合、他の動力機関と「燃料・機関合計」で比べて、重量・容積の割りに出力が大きい分、ペイロードを多く搭載できる[1]
  4. 潜水艦・航空母艦用に向いている
    • 詳細は軍用船舶としての原子力船舶の項参照

[編集] 舶用機関としての原子力の欠点

  1. 機関取得コストが高額(下記は目安。むつは原子力委員会試算の2-3倍掛かった)
    • 米空母においては28万馬力 (206MW) で通常型と原子力での取得価格差は排水量比例1782億円(87万円/Kw・8万馬力で509億円)
    • むつ建造時代の原子力委員会の試算では2万馬力 (15MW) の原子力機関で21億円であり、企業物価指数で2006年物価に換算すると42億円(28万円/Kw・8万馬力で168億円)
    • 軍艦であっても数を揃えねばならない駆逐艦やフリゲートでは(余程原油が高くならないと)原子力機関の高い取得・保守・廃棄コストは問題とされる。
  2. 原子炉点検人員コストが掛かり、燃料交換・点検時、長期不稼動を強いられる
    • 原子炉は1-2年に1回、熱交換器パイプの肉厚損耗や被覆管の傷みなどを点検せねばならず、米空母の場合10-20年に保守点検に間接運行人件費が掛かっている。米空母の場合、40年の寿命の20年目に燃料交換と近代化改装を行うが、通常空母より排水量比例1520億円余計に掛かり長期間空母が拘束される。
    • 日本原子力研究所の開発した新舶用炉MRXは原子炉をモジュールごと片方ずつ年1回交換して船体を休まず稼動させ、モジュール保守点検と燃料交換を修理工場で集中処理できる仕様になっていて、上記の問題が回避できるように工夫されている。
  3. 廃船・廃炉コストが嵩む
    • 原子炉の廃炉コストは規模と仕様にもよるが、米空母の重量3300tを超える14万馬力用炉で1基500億円であり、150-500億円は掛かるようである。
    • 船体が被曝して放射能を帯びると廃棄コストが急増するので、MRXは船体寿命解体時に船体の鉄材の放射能が市販の鉄と同程度であることが要求仕様になっており遮蔽は厚い。
  4. 原子炉は1000-3500tの重量があり小型艦船に向かない
    • 中性子の減衰には距離が必要なので、1万馬力の炉でも14万馬力の炉に近い放射線遮蔽の厚みが必要で、小型炉ほど出力/重量比が悪くなる傾向がある。原子力委員会の資料では1万馬力の原子炉が1000t、原研のMRXが4万馬力で1800tである。原子炉重量が原型艦の燃料+ボイラ重量を上回ると通常機関より重量的に不利になり、ペイロードを失うか重量過多になってしまう。
    • べインブリッジ (9100t) は原型のリーヒ級ミサイル巡洋艦 (7800t) に対して1300t重量超過し、8万5千馬力が6万馬力に低下した。次のトラクスタン (8659t) では原型のベルナップ級ミサイル巡洋艦 (8957t) より300t減量に成功したが、8万5千馬力から7万馬力への出力低下は避けられなかった。この2艦が重量的な下限であろう。
    • しかし両艦ともライフタイムコストではスプルーアンス級駆逐艦にかなわなかった。
      • 参考)舶用機関の重量(電気推進・25kt・8000km・178時間前提)
        • 4万馬力程度の機関1基では原子力不利
        • GasTurbine 4.9万馬力・1421t
        • (ロールスロイスMT30エンジン 22t・発電機55t・燃料1344t)MT30
        • NavalDiesel 4万馬力・1282t
        • (MTU20V1163TB93 24.5t×4・発電機11t×4・燃料1140t)MTU20V1163
        • 商用Diesel 4.4万馬力・2053t
        • (MANB&WK80MC-C6-9 1065t・直結・燃料989t)MAN B&WK80MC
        • 原子炉MRX 4万馬力・2173t
        • (MRX 1800t・蒸気タービン373t)MRX 
  5. 原子炉事故が起きたときの被害が甚大なものとなる可能性がある
    • そのため、仮に原子力コンテナ船が理論上は採算に乗るようになっても、かつて「サヴァンナ号」の寄港を受け入れた実績のある欧米の港湾が寄港を受け入れる保証はない。
  6. 核ジャックへの懸念
    • 民間原子力商船はこの問題のため、高濃縮核燃料は使えない。現在商用原子炉は警察官が警備しているが、原子力商船もそれと同等以上の1隻18人警備体制が求められるなら30年で25-50億円前後のコストアップ要因になろう。
  7. 維持管理
    • 原子炉は、高い水準での維持管理が必要である。

[編集] 民間船舶への導入

1960年代から70年代にかけて、民間船舶への原子力動力の導入計画が推進された。

などが実験船を兼ねて建造された。

当時の原油価格は1バーレル1-2ドルで、原子力が「第3の火」ともてはやされてはいたものの、大型タンカーですら4-5万tの時代で15kt航行だった時代であり、採算性の面では時期尚早であることは最初から分かっていた。しかし、米ソ英仏は艦艇で原子力機関の技術を蓄積することができたが、日本は日米原子力協定の縛りで原子力商船を建造するしか舶用原子力機関の技術を習得する道はなかった。当時の原子力委員長は核政策の熱心な推進者でもあった中曽根康弘である。

1963年、原子力委員会は「むつ」建造費を36億円と見積もって科学技術庁はその金額で予算を組んだ。しかし原子力船の採算性実証の意図にしても、米国のサヴァンナ号が2万tで総額4690万ドル(169億円・原子炉2830万ドル)なのに比べると36億円は過少見積もりであった。造船・原子炉会社の見積もりは60億円(2006年企業物価換算120億円)で誰も応札せず、建造契約交渉は迄4年も空転し1967年に60億円で建造契約が締結された。

1970年、依然として原油価格はバーレル2ドルで重油は20ドル/t(バーレル2.56ドル)であった。貨客船サヴァンナ号は驚異的な航続力と安全性は実証できたが、貨客船設計であったため同クラスの貨物船の数分の1の1800m3の貨物室容積しかなかった上、荷役の自動化に適さないという設計上の問題もあって採算性が悪かった。また、(個別設計の問題ではなく原子力商船共通の問題として)人員が同級船の3割増しで必要な上、特殊な教育・訓練が必要であった。そして、母港に専用補修施設と岸壁が必要でもあった。これらの問題によって同級船より毎年200万ドルもコスト高であったため1972年廃船が決まった。しかしその2年後1974年に石油危機が到来し重油は80ドル/トンに暴騰し、この時点であれば同級船と(取得・間接保守・廃船費用を別にすれば)経済性同等だったと惜しむ声もあったということである(Wiki英語版en:NS Savannah参照)。

1968年に就役したオットー・ハーン号は研究者36名が乗り組む実験船で、貨物船としての機能は二の次であった。機密指定解除された政府公文書によると原子力潜水艦へ応用するための技術研究も考えられていたという。ドイツ政府は1979年のオットー・ハーン号の一般貨物船への改装(こちらも通常船転換が決まった直後に1979年の第二次オイルショックが起きている)の次に原子力コンテナ船を建造する計画であったが、1980年に緑の党が結成され、反原発派が大きな政治力を持つようになり、2002年4月に原子力発電を含むすべての原子力利用を廃止する改正原子力法が施行され、原子力コンテナ船計画も頓挫した。現在もドイツは政治的に原子力商船を検討できる状況ではない。

日本では、1972年にむつが就役したものの、水産物への風評被害を恐れた漁民の反対で試験ができなかった。1974年1月に第一次オイルショックで原油のスポット価格が2ドルから10ドルに値上がりした事もあって政府は一部漁民の反対を押し切ってむつを出航させ、洋上で臨界・出力上昇試験を行った。その際に遮蔽の不備による微量の放射線もれが検出された。本来は制御棒を挿入して臨界を停止し遮蔽不備を直せば済む問題のはずだったし、初期故障を点検して補修するための試験でもあった。しかし、1970年代は60年安保闘争の余波のなか、公害問題などが大きな関心を呼んでいた時期であり、強引な試験開始、軍事利用意図へ疑いなどもあったため新聞は放射線もれを「放射能もれ」と書きたて、むつは母港大湊港に入港を拒否されてしまった。その後佐世保で修理をした後、受入れ港がなく、1981年大湊からやや離れた関根浜に1000億円を投じて新母港を作って収容することに決定したが、巨額の新港建設費・地元対策費のために、むつ廃船論が沸き起こった。この間1979年に第二次オイルショックで原油価格が一時40ドル近くまで上がり、発電・工業燃料は重油より安価な石炭に回帰したが、1986年から1998年まで12年間原油価格は15-25ドルの間で低迷しつづけた。むつは1991年に問題なく8万2000km(地球2周分)の試験航海を終え、1993年にみらい (海洋地球研究船)に改装された。そしてその5年後、中国インドの需要拡大のため原油価格は1998年の11ドルを底値に2008年までに140ドルまでに値上がりした。

実際問題として、米空母やサヴァンナ号などの経験や反原発運動家の指摘などもあって原子力機関は当初見込まれていたより点検補修や廃炉コストが掛かるものだという事が判明している。1960年代の原子力委員会の見積もりでは点検補修コストや廃炉コストが入ってなかったので、原油がバーレル2ドルで5万t・15ノットでもコストダウンすれば採算が合う可能性があると考えていたようであるが、2000年バーレル20ドル時代に原研が行った調査では6500TEU・約7万t・30ノットの大型高速船で漸く採算が取れるレベルだという。

2008年現在、中国・インドの経済成長を背景にコンテナ輸送需要の伸びは著しく、11000-14000TEU・17万総トンのEMMA MAERSK号を嚆矢として1万TEUを超える巨大コンテナ船が続々就役し、中国の原油輸入量は日本を超え、原油価格も原研試算当時の6-7倍・バーレル120-140ドルに高騰している。そういった意味ではサヴァンナ号やむつが計画された時代はもとより、原研が舶用炉MRXの採算性を検討した2000年に比べても原子力商船の採算環境は大幅に改善している。

一方で、サヴァンナ号解体当時はオイルショック前であったし、ドイツでの経緯を見ても、日本での経緯を見ても、地球温暖化問題・大型ディーゼルエンジンNOx対策の困難性、限りある石油資源と脱石油の必要性、海上コンテナ輸送の激増などの問題も踏まえ、冷静な議論と慎重な検討の末に原子力商船という選択肢が放棄されたわけではない。むしろ、尚早すぎる時期に政府主導で強引に進められた計画への反発、甘すぎた予算見積もりと膨張する経費への批判、原子炉事故・放射能への懸念心理、軍事転用への懸念といった政治的紛糾のなかで日独の原子力商船計画は挫折していった。しかし、各国とも原子力商船の推進がどれほど大きな政治的紛糾を巻き起こすかについては学んだといえよう。

ただし、客観的事実として2008年現在、むつ以降に民間輸送用船舶としてその後建造されたものはコンテナ船「セヴモルプーチ(ロシア・1988-2007)」のみである。同船は現在改装中で2009年には原子力油田掘削船セヴモルプーチとして就役の予定である。

また輸送用船舶ではないが、旧ソヴィエト連邦の「レーニン(1959-1989)」をはじめとする砕氷船群が原子力を使っている。また第二世代第1船の「アールクチカ」は非潜水船として史上初めて北極点に到達した。

[編集] 現在の原子力民間船舶

現用の原子力商船は存在しない。ロシアが北極海航路および主要河川の砕氷による航路維持、艦船の救援に原子力砕氷船を用いている。

[編集] 2008年現在における原子力商船の採算性

  • 原子力商船がディーゼル商船より経済優位性があるのは、7万t以上24kt以上の大型高速コンテナ船、50万t以上の超大型タンカー、砕氷船等の燃料多消費船である。
  • 欧亜航路北極海/スエズ運河経由

ただし前提として、原子炉運用に伴う保安コストを算入しない

[編集] 軍用船舶としての原子力船

原子力は軍用艦船の動力としては一定の評価を受け、多数の原子力船が建造・運用されている。その主たる用途は原子力潜水艦大型の航空母艦である。

潜水艦用としては、内燃機関や燃焼による蒸気ボイラーとは異なり酸素を必要とせず、長期間潜行したままという運用が可能になることが他の動力源では得られないメリットとされた。

航空母艦用としては長期作戦行動力をはじめ、下記の様々な利点がある。

  • A) 長大な航続距離は空母の外洋展開を支える上で大きなメリットである。
  • B) 大型通常空母では機関燃料搭載が8000tにもなるが、それも不要で航空燃料を増載でき、長期間の作戦行動を支えられる。
  • C) カタパルトは膨大なエネルギー/蒸気を消費するが、原子力艦であれば燃料を気にせず豊富な蒸気を持続供給可能。
  • D) 排気を出さないので着艦の障害となる熱気流を発生させず、煙突も不要。
  • E) ガスタービン空母は舷側吸気口が浸水口となる可能性があるが、それも不要。
  • F) 空母は通常高速航行で向い風を得て発着艦距離を短縮することが多く、燃料多消費の高速航行が多く原子力は有利。

逆に原子力化によるメリットが航続性能のみとなるミサイル巡洋艦などへの適用は建造に通常動力型より大幅にコストがかかる事から取りやめられている(参考:バージニア級原子力ミサイル巡洋艦)。

通常動力空母と原子力動力空母のライフサイクルコスト比較[2]
費用種別 通常動力空母 原子力空母
開発費(Investment cost)[3] 3,353.4億円(29.16億ドル)[4] 7,407.15億円(64.41億ドル)[5]
取得費(Ship acquisition cost) 2,357.5(20.50) 4,667.85(40.59)
中期近代化改修費(Midlife modernization cost) 995.9(8.66) 2,739.3(23.82)
運用・維持費(Operating and support cost) 12,793.75(111.25) 17,114.3(148.82)
直接運用・維持費(Direct operating and support cost) 12,001.4(104.36) 13,428.55(116.77)
間接運用・維持費(Indirect operating and support cost) 791.2(6.88) 3,685.75(32.05)
廃棄/処分費(Inactivation/disposal cost) 60.95(0.53) 1,033.85(8.99)
廃棄/処分費(Inactivation/disposal cost) 60.95(0.53) 1,020.05(8.87)
使用済み核燃料保管費(Spent nuclear fuel storage cost) なし 14.95(0.13)
ライフサイクルコスト 16,208.1億円(140.94億ドル) 25,555.3億円(222.22億ドル)
比較 100% 157.7%
63.4% 100%

出典:アメリカ合衆国会計検査院1998年 通常動力と原子力の空母のコスト比較[6]

[編集] 主な原子力船

[編集] 運行または建造中の船

2006年現在

[編集] 過去運行していた船

[編集] 関連項目

[編集] 参考資料

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  1. ^ 世界における原子力船研究開発と運航実績を参照
  2. ^ (単位:億円 115円/ドル換算 (カッコ内億ドル)) 小数点切り上げは行わない
  3. ^ 艦の寿命を50年とする。
  4. ^ 通常型動力空母の燃料には運搬と補給作業の経費も含まれる。
  5. ^ 原子力空母の開発費には核燃料の価格も含まれる。
  6. ^ Cost-Effectiveness of Conventionally and Nuclear-Powered Aircraft Carriers, www.fas.org(英語)

[編集] 外部リンク