トラクスタン (原子力ミサイル巡洋艦)

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USS Truxtun DLGN-35
艦歴
発注 1962年
起工 1963年6月17日
進水 1964年12月19日
就役 1967年5月27日
退役 1995年9月11日
その後 原子力艦再利用プログラム
除籍 1995年9月11日
性能諸元
排水量 満載:8,659 t
全長 171.9 m
全幅 17.7 m
吃水 9.4 m
機関 原子力蒸気タービン方式(70,000hp
ゼネラル・エレクトリック D2G 加圧水型原子炉 2基
推進器 4軸
最大速力 31ノット
航続距離
乗員 492名、司令部要員18名
兵装 Mk 42 5インチ単装砲 1基
Mk 15 20mmCIWS
※後日装備
2基
Mk 10 ミサイル連装発射機
テリア SAM
スタンダードMR SAM
アスロック SUM
を発射可能
1基
Mk 141 ミサイル4連装発射筒
ハープーンSSM用)
※後日装備
2基
Mk 32 3連装短魚雷発射管 2基
艦載機 SH-2F LAMPSヘリコプター 1機
C4I NTDS (NTDS+リンク 11 / 14)
※後日装備
Mk 11 武器管制システム (WDS)
Mk 76 ミサイルFCS (SAM用) 2基
Mk.68 砲FCS (5インチ砲用) 1基
Mk 114 水中FCS
レーダー AN/SPS-48 3次元式対空用
AN/SPS-49 2次元式対空用
AN/SPS-10 対水上用
ソナー AN/SQS-26 船首装備式
電子戦
対抗手段
AN/SLQ-32統合電子戦装置
Mk 36 SRBOC チャフフレア展開装置
モットー Ars navigandi - Fidelitas - Imperium
(Skillful navigation, Faithfulness and Power)

トラクスタン (USS Truxtun, DLGN-35/CGN-35) は、アメリカ海軍ミサイル嚮導駆逐艦(ミサイル・フリゲート)/ミサイル巡洋艦。同型艦はない。艦名はトーマス・トラクスタン代将に因む。同名の米軍艦としては5隻目。ベルナップ級ミサイル巡洋艦を元に動力に原子炉を採用した、アメリカ海軍における4番目の原子力艦であった。

艦歴[編集]

1960年代[編集]

トラクスタンは1963年6月17日にニュージャージー州カムデンニューヨーク造船所で起工し、1964年12月19日にカービー・H・タッパン夫人およびスコット・アムステッド夫人によって進水し、1967年5月27日にデヴィッド・D・ワーク艦長の指揮下就役した。

トラクスタンは6月3日にカムデンを出港し西海岸に向かう。途中バージニア州ヨークタウンノーフォークキューバグアンタナモ湾ブラジルリオデジャネイロアルゼンチンマル・デル・プラタに寄港した。7月10日にホーン岬をまわって太平洋に入り、チリバルパライソメキシコマサトランに寄港、7月29日に母港のカリフォルニア州ロングビーチに到着した。夏の終わりから秋にかけて公試を行い、11月に整調訓練を開始、10日と11日にオペレーション「ベル・アンカー」参加のため訓練を中断し、その後11月27日から12月3日まで演習「ブルー・ロータス」に参加した。

整調訓練を終えるとトラクスタンは1968年1月2日に太平洋西部に向けて出航する。7日と8日に真珠湾で停泊し、19日に長崎県佐世保に到着する。5日後、プエブロ号事件に対処するためトラクスタンは原子力空母エンタープライズ」と共に佐世保を出航し日本海へ向かう。日本海での作戦活動は2月16日まで行われ、その後トラクスタンはベトナム沖合に向かう。19日と20日にスービック海軍基地で停泊した後、トンキン湾ヤンキー・ステーションに向かう。トラクスタンは極東での配備の大半をベトナム沖で過ごす。作戦地帯では探索救助任務を指揮し、北ベトナムのレーダー識別可能地帯で、空母「エンタープライズ」、「ボノム・リシャール」、「タイコンデロガ」の護衛任務に従事した。トラクスタンはシンガポール香港ダナン、スービック湾を訪れ、7月6日にスービック湾を出航、帰国の途に就き7月16日にロングビーチに到着した。

続く四ヶ月にわたってトラクスタンは西海岸で活動し、パイロットの飛行訓練を行う空母「レンジャー」、「キティホーク」、「エンタープライズ」および「ヨークタウン」の対空警護に従事した。11月中旬にトラクスタンは対潜戦の訓練艦となり、訓練生を乗艦させ潜水艦探索訓練を行った。12月初めにオーバーホール準備のためロングビーチに帰港し、1月にワシントン州ブレマートンに移動、ピュージェット・サウンド海軍造船所に入渠し4月まで改装が行われた。その後西海岸沿いの作戦活動を再開、9月23日に2度目の第7艦隊配備に向かった。

真珠湾に寄港した後、10月20日にスービック湾に到着する。トラクスタンはベトナム沿岸を巡航し、定期的に香港シンガポール、スービック湾に寄港した。しかしながら、空母の護衛及びレーダー識別可能地帯での単独任務、探索救助艦任務を行いながら、平時の日本海における航空警戒の護衛や台湾海峡での偵察巡航も行った。極東を離れる直前に沖縄近海で演習を行い、1970年3月6日から11日まで最後の佐世保寄港を行った。

1970年代[編集]

3月23日にロングビーチに帰還すると、一連の検査および訓練巡航を行った。6月に40名の海軍士官学校生を乗艦させ、夏季訓練巡航を行う。巡航の前半では太平洋ミサイル試験海域でミサイル発射を行い、サンフランシスコシアトルを訪問する。7月13日に真珠湾に向けてシアトルを出航、訓練巡航の後半に入る。7月29日にトラクスタンはロングビーチに帰還し、士官学校生を下艦させた後通常任務に復帰した。夏の残りは訓練及び様々な検査が行われた。10月16日から25日まで「サミュエル・ゴンパーズ」横に停泊し、信頼性試験が行われた。その後10月にもう一回訓練を行い、月末にはロングビーチ海軍造船所に入渠、11月2日から3ヶ月に及ぶ検査が行われた。

1971年1月中旬に作業が完了すると、定時の訓練及び対潜水艦戦演習を行い、その後再び太平洋に展開した。1971年1月2日にロングビーチに帰還、2月2日まで留まりその後真珠湾に向かう。ハワイに2日間停泊した後2月9日に極東に向けて出航、20日にスービック湾に到着する。この配備でトラクスタンはベトナム沿岸でのレーダー識別可能地帯におけるピケット艦任務、演習及び各種の試験に従事した。幾度か横須賀を訪問し、香港及びタイのサッタヒープも訪問した。更に4月後半には2日間の台湾海峡のパトロールも行った。

7月6日、配備の最終行程を完了し、トンキン湾を離れる。スービック湾を訪問した後10日にオーストラリアのフリーマントルに向かい、同地で7月の最終週を過ごした。サモアのパゴパゴ、真珠湾に寄港した後8月17日にロングビーチに到着し、配備後の調整作業に入った。9月末までトラクスタンは訪問者を受け入れ、砲術及びミサイル運用の試験、改善のための訓練を行った。10月第1週に艦の検査が行われ、8日にはLAMPSの信頼性試験が行われた。11月18日から12月9日まで公試後の信頼性試験および訓練が行われ、LAMPSの試験も行った。1971年12月14日には海軍航空システムコマンド (Naval Air Systems Command, NAVAIR) によるLAMPSの検査証明が行われた。

1972年の前半、トラクスタンは北米沿岸の母港を拠点として活動した。演習や訪問者の受け入れ、幾度かの検査を受け、6月の信頼性試験の後7月には4度目となる第7艦隊配備のための準備に入った。

トラクスタンは1995年9月11日に退役し、同日除籍された。その後スクラップとして廃棄された。

トラクスタンはベトナム戦争での功績で7つの従軍星章および海軍名誉部隊章を受章した。

参照[編集]

外部リンク[編集]