ワールドカップ (ゴルフ)

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Golf pictogram.svgワールドカップオブゴルフ
World Cup of Golf
Nuvola apps kolf.svg 大会情報
開催地 持ち回り
創設 1953年
開催コース 持ち回り
基準打数 持ち回り
ヤーデージ 持ち回り
ツアー PGAツアー
競技方法 ストロークプレー
賞金総額 800万米ドル(2013年)
開催月 11月
Nuvola apps kolf.svg 最新優勝者
オーストラリアの旗 ジェイソン・デイ(2013年、個人戦)
オーストラリアの旗 オーストラリア(2013年、団体)
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ブリヂストン招待
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ワールドカップ

ゴルフワールドカップとは1953年から奇数年行われている国別対抗の団体戦で、世界ゴルフツアーの年間スケジュールが終了した後に行われる。国を代表する2人の選手がチームを組み、世界24ヶ国が出場する。2009年までは毎年開催されていた。2011年は11月24日から27日まで中国海南島のミッションヒルズハイナンで開催された。

大会の歴史[編集]

本大会はゴルフを通じた世界各国の善隣友好を願ったカナダ人実業家ジョン・ジェイ・ホプキンスの提唱により国際ゴルフ協会が1953年カナダモントリオールの「ビーコンスフィールド・カントリークラブ」で開催したのが始まりで、「カナダ・カップ」(Canada Cup)と名づけられた。1955年の第3回から開催地はカナダを離れ1956年の第4回には林由郎石井迪夫のコンビが日本代表として初参加し、団体で4位を獲得する。これが翌1957年の日本招致のきっかけとなった。1957年の第5回は、日本(霞ヶ関カンツリー倶楽部)で初めて開催されたゴルフの国際イベントとなった。この大会で小野光一中村寅吉のコンビが団体初優勝、中村が個人優勝を飾り日本の人々にゴルフを紹介する大きなきっかけをつくった。

1967年に「ワールドカップ」(World Cup)、1993年に「ワールドカップ・オブ・ゴルフ」(World Cup of Golf)と名称が変遷し2004年まではスポンサー企業名を冠とする「EMCワールドカップ」という名称であった。2005年から開催地の名称を冠とし2005年は「アルガーブ・ワールドカップ」、2006年は「バルバドス・ワールドカップ」、2007年からは「ミッションヒルズ・ワールドカップ」の名称に変更された(正確にはスポンサーであるスイスの時計メーカーの企業名を冠とする「オメガ・ミッションヒルズ・ワールドカップ」)。

2000年から2006年までは、本大会は世界ゴルフ選手権シリーズに編入されていた。世界選手権編入期間中は各チームの順位に応じた賞金を2人で半額ずつ分ける方式になったが、その金額は賞金ランキングに加算されなかった。その後、主にアメリカPGAツアーの主張に基づきアメリカ国外で開催される2007年開催以降の本大会は世界ゴルフ選手権シリーズから除外されることになった。

これまでの歴代優勝回数は、アメリカ合衆国が「23度」と抜きん出ている。続いて南アフリカ共和国の5度、スペインオーストラリアの4度と続く。日本チームは1957年2002年の2度優勝がある。

2001年11月15日から18日にかけて、「日本ゴルフ100年祭」の最高潮をなすイベントとして「EMCワールドカップ」が静岡県御殿場市の「太平洋クラブ御殿場コース」に誘致された。1901年に日本で最古のゴルフ場として「六甲コース」が建造されてから100周年の記念行事が多数開催されたが、ワールドカップをそのクライマックスに位置づけたのである。この時はアメリカ代表として(当時)世界ランキング1位のタイガー・ウッズと同3位のデビッド・デュバルが来日した。アメリカ・チームは大会3連覇を逃したが、最終日の18番ホール(パー5, 517ヤード)でウッズが放った“ミラクル・チップイン・イーグル”は強烈な印象を残した。この時は4チームのプレーオフになり、アーニー・エルスレティーフ・グーセンのコンビによる南アフリカチームが優勝した。なお、日本チームの伊沢利光丸山茂樹のコンビは11位に終わっている。

日本開催の翌年にあたる2002年、伊沢と丸山のコンビがメキシコ開催の大会で日本チームに45年ぶり2度目の優勝をもたらした。

2013年11月21日(木)から24日(日)まで、オーストラリアのロイヤルメルボルンで開催予定の大会は、ISPSハンダがタイトルスポンサーとなり、『ISPS HANDA World Cup of Golf』という名称となった[1][2][3]。また大会方式を個人戦72ホールストロークで行われ、個人戦は優勝者を、団体戦は2人の合計スコアで優勝国を決定する。

2011年大会までの競技日程[編集]

  • 第1日(木曜日):ベストボール・マッチ、1回目(2人ともそれぞれ自分の球を打ち、各ホールごとにスコアの良い選手の球を記録する競技方式。それが18ホール総計でそのチームのスコアとなる)
  • 第2日(金曜日):フォアサム、1回目(2人の選手が、それぞれ交互に球を打つ競技方式。選手Aがティーショットを打てば、選手Bがその球をセカンド・ショットとして打つ…それを繰り返す。ティーショットを打つ順番は、ホールごとに交代する)
  • 第3日(土曜日):ベストボール・マッチ、2回目
  • 最終日(日曜日):フォアサム、2回目

大会歴代優勝国[編集]

回数 開催期間 優勝国 代表選手 備考
第1回 1953年6月23日 アルゼンチン ロベルト・デ・ビセンツォ&アントニオ・ツェルダ
第2回 1954年8月2022日 オーストラリア ピーター・トムソン&ケル・ネーグル
第3回 1955年 アメリカ エド・ファーゴル&チック・ハーバート 初の米国開催。米国チームの初優勝
第4回 1956年 アメリカ ベン・ホーガン&サム・スニード 初の英国開催。林由郎石井迪夫が日本代表として初参加
第5回 1957年10月2427日 日本 中村寅吉&小野光一 初の日本開催(霞ヶ関カンツリー倶楽部)。日本チームの初優勝、中村も個人優勝
第6回 1958年 アイルランド ハリー・ブラッドショー&クリスティ・オコナー
第7回 1959年 オーストラリア ピーター・トムソン&ケル・ネーグル
第8回 1960年 アメリカ アーノルド・パーマー&サム・スニード
第9回 1961年 アメリカ サム・スニード&ジミー・デマレー
第10回 1962年 アメリカ アーノルド・パーマー&サム・スニード
第11回 1963年 アメリカ ジャック・ニクラウス&アーノルド・パーマー
第12回 1964年 アメリカ ジャック・ニクラウス&アーノルド・パーマー
第13回 1965年10月25日 南アフリカ ゲーリー・プレーヤー&ハロルド・ヘニング
第14回 1966年11月1013日 アメリカ ジャック・ニクラウス&アーノルド・パーマー 2回目の日本開催(東京よみうりカントリークラブ)。杉本英世河野光隆が出場し、杉本はプレーオフに敗れ個人2位。「カナダ・カップ」としては最後の大会
第15回 1967年 アメリカ ジャック・ニクラウス&アーノルド・パーマー このコンビで4度目の優勝
第16回 1968年 カナダ アル・ボールディング&ジョージ・ナッドソン
第17回 1969年 アメリカ リー・トレビノ&オービル・ムーディ
第18回 1970年 オーストラリア デビッド・グラハム&ブルース・デブリン
第19回 1971年 アメリカ ジャック・ニクラウス&リー・トレビノ
第20回 1972年 台湾 謝敏男&呂良煥 日本以外のアジアチームの初優勝
第21回 1973年 アメリカ ジャック・ニクラウス&ジョニー・ミラー
第22回 1974年 南アフリカ ボビー・コール&デール・ヘイズ
第23回 1975年 アメリカ ジョニー・ミラー&ルー・グラハム
第24回 1976年 スペイン セベ・バレステロス&マニュエル・ピネロ
第25回 1977年 スペイン セベ・バレステロス&アントニオ・ガリド
第26回 1978年 アメリカ ジョン・マハフィー&アンディ・ノース
第27回 1979年 アメリカ ジョン・マハフィー&ヘール・アーウィン
第28回 1980年 カナダ ダン・ホールドーソン&ジム・ネルフォード
第29回 1982年 スペイン マニュエル・ピネロ&ホセ・マリア・カニザレス
第30回 1983年 アメリカ レックス・コールドウェル&ジョン・クック
第31回 1984年 スペイン ホセ・マリア・カニザレス&ホセ・リベロ
第32回 1985年 カナダ デーブ・バー&ダン・ホールドーソン
第33回 1987年 ウェールズ イアン・ウーズナム&デビッド・レウェリン
第34回 1988年 アメリカ ベン・クレンショー&マーク・マクナルティ
第35回 1989年 オーストラリア ウェイン・グラディ&ピーター・ファウラー
第36回 1990年 ドイツ ベルンハルト・ランガー&トルシュテン・ギーデオン
第37回 1991年 スウェーデン パー=ウルリク・ヨハンソン&アンデルス・フォルシュブランド
第38回 1992年 アメリカ フレッド・カプルス&デービス・ラブ3世
第39回 1993年 アメリカ フレッド・カプルス&デービス・ラブ3世
第40回 1994年 アメリカ フレッド・カプルス&デービス・ラブ3世
第41回 1995年 アメリカ フレッド・カプルス&デービス・ラブ3世 カプルス&ラブ3世のコンビが4連覇
第42回 1996年 南アフリカ アーニー・エルス&ウェイン・ウェストナー
第43回 1997年 アイルランド パドレイグ・ハリントン&ポール・マギンリー アイルランドは39年ぶり2度目の優勝
第44回 1998年 イングランド ニック・ファルド&デビッド・カーター
第45回 1999年 アメリカ タイガー・ウッズ&マーク・オメーラ
第46回 2000年 アメリカ タイガー・ウッズ&デビッド・デュバル この年から世界ゴルフ選手権に編入、「EMCワールドカップ」の名称になる
第47回 2001年11月1518日 南アフリカ アーニー・エルス&レティーフ・グーセン 日本ゴルフ100年祭記念イベントとして3回目の日本開催(太平洋クラブ御殿場コース)。ウッズ&デュバルのコンビが来日
第48回 2002年12月1215日 日本 丸山茂樹&伊沢利光 日本チームは45年ぶり2度目の優勝
第49回 2003年11月13~16日 南アフリカ ロリー・サバティーニ&トレバー・イメルマン
第50回 2004年11月18~21日 イングランド ポール・ケーシー&ルーク・ドナルド
第51回 2005年11月1720日 ウェールズ ブラッドリー・ドレッジ&ステファン・ドッド 「アルガーブ・ワールドカップ」に名称変更。悪天候のため54ホールに短縮
第52回 2006年12月710日 ドイツ ベルンハルト・ランガー&マルセル・シェム 「バルバドス・ワールドカップ」の名称へ
第53回 2007年11月2225日 スコットランド コリン・モンゴメリー&マーク・ウォーレン
第54回 2008年11月2730日 スウェーデン ロバート・カールソン&ヘンリク・ステンソン
第55回 2009年11月2629日 イタリア エドアルド・モリナリ&フランチェスコ・モリナリ
第56回 2011年11月2427日 アメリカ合衆国 マット・クーチャー&ゲーリー・ウッドランド
第57回 2013年11月2124日 オーストラリア ジェイソン・デイ&アダム・スコット 「ISPSハンダ・ワールドカップオブゴルフ」に名称変更。

1981年1986年は開催なし。

脚注[編集]

  1. ^ “ISPSハンダがワールドカップのタイトルスポンサーに”. ParGolf (Pargolf & Company). (2013年9月11日). オリジナル2013年9月12日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/QgYir 
  2. ^ “ISPSハンダがワールドカップのタイトルスポンサーに”. ゴルフダイジェスト (ゴルフダイジェスト社). (2013年9月11日). オリジナル2013年9月12日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/mBtDW 
  3. ^ “ISPS、11月の男子ゴルフW杯に協賛”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社). (2013年9月12日). オリジナル2013年9月12日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/gtZnp 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]