ジェンキンス (DD-447)

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USS Jenkins;0544713.jpg
艦歴
発注:
起工: 1941年11月27日
進水: 1942年6月21日
就役: 1942年7月31日
1951年11月2日
退役: 1946年5月1日
1969年2月
その後: 1971年2月17日にスクラップとして売却
除籍: 1969年7月2日
性能諸元
排水量: 2,100 トン
全長: 376 ft 4 in (114.7 m)
全幅: 39 ft 5 in (12.0 m)
吃水: 13 ft (4.0 m)
機関: 蒸気タービン、2軸推進 60,000 shp (45 MW)
最大速: 36ノット (67 km/h)
航続距離: 6,500海里 (12,000 km)
15ノット(30km/h)時
乗員: 士官、兵員273名
兵装: 5インチ砲5門
20mm砲7門
40mm砲8門
爆雷軌条2基
爆雷投射機6基
21インチ魚雷発射管10門

ジェンキンス (USS Jenkins, DD-447) は、アメリカ海軍駆逐艦フレッチャー級駆逐艦の一隻。艦名はソーントン・A・ジェンキンス海軍少将に因む。その名を持つ艦としては2隻目。

艦歴[編集]

ジェンキンスは太平洋戦争開戦前の1941年11月27日ニュージャージー州カーニーフェデラル・シップビルディング・アンド・ドライドック社で起工され、1942年6月21日にマリオン・パーカー・エンブリー夫人によって、姉妹艦のラ・ヴァレットと同時に進水。同年7月31日に艦長H・F・ミラー少佐の指揮下就役した。

第二次世界大戦[編集]

竣工したジェンキンスは太平洋艦隊に配属され、コロンバンガラ島沖海戦など太平洋における対日作戦に参加した。 1945年1月にはフィリピンミンドロ島沖で日本海軍潜水艦呂号潜水艦を撃沈している。

戦後ジェンキンスは1946年5月姉妹艦と前後して退役する。

朝鮮戦争[編集]

朝鮮戦争の勃発により1951年11月2日、ジェンキンスは DDE-447 (護衛駆逐艦)として、艦長C・F・マクギヴァーン中佐の指揮下再就役する。1952年2月25日にサンディエゴを出航し、真珠湾での訓練期間に入る。訓練が完了すると6月12日に日本に到着し、その年の夏は、朝鮮半島の地上部隊に航空支援を行う第77任務部隊と共に作戦活動に従事する。ジェンキンスはさらに韓国沖合、台湾での偵察任務を行い、12月5日に母港の真珠湾に帰還した。

真珠湾での活動後、1953年11月10日に再び極東に配備される。韓国および台湾海域の偵察を行い、6月15日に真珠湾に帰還した。1954年から63年までジェンキンスは第7艦隊とともに平和維持活動のため毎年巡航を行う。1958年の配備では人民解放軍金門島馬祖島国民党軍に対して示威活動を行い、第7艦隊は警戒態勢に入った。

ラオスベトナムにおける共産勢力の攻勢により、1960年代の第7艦隊の配備は重要な意味を持った。ジェンキンスは1964年と65年の大半は真珠湾を拠点として作戦活動に従事した。

1966年2月9日に再び極東へ出航し、21日にはベトナムの海兵隊を支援するため支援艦砲射撃を行う。日本とフィリピンでの休養後、ジェンキンスは任務を再開し、7月22日に真珠湾に帰還した。

その後ハワイ海域で作戦活動に従事し、9月11日にオーバーホールのため真珠湾海軍造船所入りする。作業は1967年初めに完了し、新たな任務のための準備を行った。

ジェンキンスはその後1969年2月に退役し、1971年2月17日にスクラップとして売却された。

ジェンキンスは第二次世界大戦の戦功で14個の、朝鮮戦争の戦功で1個の従軍星章を受章した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]