ラドフォード (DD-446)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
USSRadfordDD446.jpg
艦歴
発注:
起工: 1941年10月2日
進水: 1942年5月3日
就役: 1942年7月22日
退役: 1969年11月10日
その後: 1970年10月にスクラップとして売却
除籍: 1969年11月10日
性能諸元
排水量: 2,050 トン
全長: 376 ft 5 in (114.7 m)
全幅: 39 ft 7 in (12.1 m)
吃水: 17 ft 9 in (5.4 m)
機関: 蒸気タービン、2軸推進 60,000 shp (45 MW)
最大速: 38ノット (70 km/h)
航続距離: 6,500海里 (12,000 km)
15ノット(30km/h)時
乗員: 士官、兵員329名
兵装: 5インチ砲5門
20mm砲7門
40mm砲8門
爆雷軌条2基
爆雷投射機6基
21インチ魚雷発射管10門
モットー: HUK King

ラドフォード (USS Radford, DD-446) は、アメリカ海軍駆逐艦フレッチャー級駆逐艦の一隻。艦名はウィリアム・ラドフォード海軍少将に因む。その名を持つ艦としては二代目である。

艦歴[編集]

ラドフォードは太平洋戦争開戦前の1941年10月2日ニュージャージー州カーニーフェデラル・シップビルディング・アンド・ドライドック社で起工され、1942年5月3日、フランソワ・E・マッテス夫人によって命名、進水、同年7月22日竣工した。

第二次世界大戦[編集]

竣工したラドフォードは太平洋艦隊に配属され、太平洋における対日作戦に参加した。東京急行に対する攻撃作戦に従事し、1943年7月5日にはクラ湾夜戦、7月12日にはコロンバンガラ島沖海戦に参加した。また、軽巡洋艦ヘレナ (USS Helena, CL-50) の救助活動で468名を救い、殊勲部隊章を受章している。1943年11月、マキン島近海で日本海軍潜水艦イ-19を撃沈している。その後1944年12月にはルソン解放の支援として掃海作業に従事し、フィリピン政府からの殊勲部隊章も受章した。ラドフォードは1946年1月17日に退役し、サンフランシスコで予備役として保管される。

大戦後[編集]

大戦後 FRAM I 近代化が行われ、1949年3月26日に DDE-446 (護衛駆逐艦)に艦種変更、10月17日に再就役した。朝鮮戦争が勃発すると第7艦隊の一部として国連軍を支援し、その後西海岸およびハワイでの活動と、西太平洋での配備を交互に行った。1960年には真珠湾で FRAM II 改修が行われた。1962年6月30日に艦種を駆逐艦に再度変更された。

1965年3月3日にラドフォードは第252駆逐艦隊と共に真珠湾を出港し、緊張の高まる南シナ海へ展開する。10月と12月にラドフォードはジェミニ計画の回収艦任務に就く。その後シードラゴン作戦マーケットタイム作戦に参加し、ベトナム戦争中の1965年から69年まで偵察救助任務や支援砲撃任務に従事した。

ラドフォードの11回目の西太平洋配備は1966年7月5日に始まった。この配備でラドフォードは対潜水艦戦に参加し、トンキン湾での航空母艦の護衛、二度の支援艦砲射撃、台湾の偵察任務などを行う。ジョンソン大統領マレーシア訪問時には南シナ海で作戦活動に従事する第7艦隊のレーダーピケット艦として支援を行った。第252駆逐艦隊は1966年12月16日に真珠湾に帰還した。

ラドフォードは1969年11月10日にサンフランシスコで退役、同日除籍された。その後1970年10月にスクラップとして売却された。

ラドフォードは第二次世界大戦の戦功で12個の、朝鮮戦争の戦功で5個の、ベトナム戦争の戦功で4個の従軍星章を受章し、合衆国遠征章も受章した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]