エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス

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エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス

エマニュエル=ジョゼフ・シエイエスまたはシェイエス[1]Emmanuel-Joseph Sieyès1748年5月3日 - 1836年6月20日)は、フランス革命指導者、政治家聖職者総裁政府の5人の総裁のひとり(ルーベルの後任)。

[編集] 人物

第三身分出身。聖職者となり、アベ・シエイエス(Abbé Sieyès)とも呼ばれる[2]

著書『第三身分とは何か』において「フランスにおける第三身分=平民こそが、国民全体の代表に値する存在である」と訴え、この言葉がフランス革命の後押しとなった。[3]

フランス革命初期に活躍。ジャコバン派が権力を握った恐怖政治の時代には逼塞して生き延びた。「革命のモグラ」の異名を持つ。

総裁政府の末期に総裁の1人に就任。強力な政府の樹立のため、軍隊に人気のあるナポレオンに接近してブリュメールのクーデターを起こす。クーデター成功により臨時執政の1人に就任するが、執政政府を樹立する過程で、軍事力を有するナポレオンに主導権を奪われ、実権のない元老院議長に棚上げされた。

王政復古により国外追放となるが、七月革命後に帰国してパリで没した。

「両議院が対立すると、これほど有害なことはないし、同じ議決となれば、これほど無駄な審議はない。」[要出典]

と言って、二院制を批判した。

[編集] 脚注

  1. ^ 稲本洋之助ほか訳『第三身分とは何か』岩波文庫,2011年,ISBN 9784003400616
  2. ^ フランス革命
  3. ^ エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス著,薬師院仁志訳『[新訳]第三身分とは何か』,PHP研究所,2009年,ISBN 9784569704906

[編集] 外部リンク


前任:
ジャン=シルヴァン・バイイ
アカデミー・フランセーズ
席次31
第8代:1803年 - 1816年
後任:
トロフィーム=ジェラール・ド・ラリー=トランダル
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