アレクセイ・ナワルニー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アレクセイ・ナワルニー(ナヴァーリヌイ)
Алексей Навальный
生誕 1976年6月4日(37歳)
モスクワ州 オディンツォフスキー地区 ブトィン
国籍 ロシア
出身校 ロシア諸民族友好大学
ロシア連邦政府付属財政大学
イェール大学(ワールドフェロー)
職業 弁護士
著名な実績 政治・社会活動、ブログ
公式サイト
navalny.ru
テンプレートを表示

アレクセイ・アナトーリエヴィチ・ナワルニーロシア語: Алексе́й Анато́льевич Нава́льный、ラテン文字表記の例:Aleksei Anatolievich Navalny1976年6月4日 - )は、ロシア弁護士政治活動家[1]。ロシア語読みではアレクセイ・アナトーリエヴィチ・ナヴァーリヌイで、日本の新聞ではアレクセイ・ナバリヌイと表記される。2009年以降、ロシア政府の汚職問題の追及やウラジーミル・プーチンへの批判などからロシア国内のメディアで注目を集めた。LiveJournal上にブログを開設して情報を発信し、大規模なデモへの参加を呼び掛ける一方で、フォーブス・ロシア誌などに定期的な寄稿も行っている。2011年6月のロイターのインタビューでは「プーチンの政治システムは汚職によって非常に弱体化しており、ロシアでも5年以内に『アラブの春』のような反政府デモ・抗議活動が起こり得る」と述べている[2]

ロシアの経済新聞「ヴェドモスチ«Ве́домости»)」紙が毎年選ぶ「今年の人」で、2009年の「今年の人」に選ばれている[3]。また、英BBCは2011年、ナヴァーリヌイを「過去5年の間ロシアに現れた反体制派の人物で、(ナヴァーリヌイは)唯一重要な人物であると言えるだろう」と評した[4]。2012年、ウォール・ストリート・ジャーナル誌はナヴァーリヌイを「ウラジーミル・プーチンが最も恐れる男」と紹介し[5]、米タイム誌が選ぶ2012年版「世界で最も影響力のある100人」には、ロシア人では只一人ナヴァーリヌイが選ばれた[6]

生い立ち[編集]

1976年10月、モスクワ市西部のオディンツォフスキー地区(Одинцовский район)にあるブトィン(Бутынь)という村に生まれた[7]。父アナトーリー・ナヴァーリヌイはウクライナのキエフ州イヴァンキフ地区にあるザリッシヤ(Залісся)村の出身であり、ナヴァーリヌイはロシア・ウクライナ双方に出自をもつ[8]。子供の頃はモスクワの南西約100kmにあるカルーガ州オブニンスクで育てられたが、夏の間はウクライナの祖母のもとで過ごした[9][8]。1998年にロシア諸民族友好大学を卒業し法学の学位を取得した後、ロシア連邦政府付属財政大学(Финуниверситет)で証券取引・為替などを学んだ[10][11]

政治活動[編集]

2000年、ロシアの民主主義政党"ヤブロコ"の党員となり、党の連邦政治委員会のメンバーとなった[12]。2002年には、ヤブロコのモスクワ支部地域委員会に選出されている[13]。 だが、2007年12月、ヤブロコ党事務局は「党議長(当時:グリゴリー・ヤブリンスキー)とその代理人の早急な辞職と、党事務局の最低70%の刷新」を求めた会議を開き、ナヴァーリヌイも除名の対象者として協議された[14]。結果、ナヴァーリヌイは「そのナショナリステックな政治活動によって、党に政治的ダメージを負わせた」ことを理由として、党を除名された[15]

ヤブロコから離れたナヴァーリヌイは、個人として政治活動を始めた。政府と関係があるいくつかの大手ロシア企業の幹部が、横領に関与し財務の透明性確保を阻害しているとの疑惑があったことから、そうした企業の少数株主になったり[16]、「セルゲイ・マグニツキー事件(ロシア弁護士獄死事件)[17]」に代表されるようなロシアのミリツィア(ロシアの警察。民警とも。2011年3月法改正によりポリツィアとなる)の悪事、また国家予算の不適切な使用や国家サービスの質の問題などを追及するようになる。

2010年10月、コメルサントとガゼータ.ru(Газета.Ru)によってネット上で行われた「ネット仮想モスクワ市長選挙」では、総投票数67,000票のうち45%にあたる約30,000票を得て圧勝した。なお2位は「現立候補者以外なら誰でも」で9,000票(14%)、3位はボリス・ネムツォフの8,000票(12%)であった[18]

2010年11月、ナヴァーリヌイはロシア国営石油パイプライン独占企業トランスネフチ英語版: Транснефть)社の機密文書(ナヴァーリヌイによると「オリジナルの監査報告書の一部」)を公開し[19]、ブログでは、「トランスネフチ社幹部は東シベリア・太平洋石油パイプラインの建設費用のうち、およそ40億ドルを横領している」と主張した[20]。なおこれに対しトランスネフチのニコライ・トカレフ社長は「自社調査での横領による被害金額は35億ルーブル(1億1700万ドル)であった」としてナヴァーリヌイの主張する額は不正確だと反論している[21]

2011年2月、ラジオ局 finam.fm とのインタビューで、ナヴァーリヌイは政権与党である統一ロシアを「詐欺師と泥棒の党」と呼んで批判した。 2011年5月、ロシア政府は突如ナヴァーリヌイに対して犯罪捜査を開始したが、西側メディアではこれは党批判へのリベンジ(復讐)だと報道された。ナヴァーリヌイ自身も「ロシア連邦保安庁による(犯罪の)でっちあげだ」としている[22][23][24]。その後、ナヴァーリヌイが使った統一ロシアに対する「詐欺師と泥棒の党」という蔑称は、マスコミなどで広く使われるようになっていった[25]

2011年8月、ナヴァーリヌイはハンガリー・ロシア政府間での不動産取引に関する醜聞[26]文書を公開した[27][28]。この文書の内容は、ハンガリー政府が、モスクワにある元のハンガリー大使館ビルをロシアの実業家ヴィクトル・ヴェクセリベルクの所有する海外企業に2100万ドルで売却し、その後その企業がロシア政府に1億1100万ドルで転売するというものであり、文書では転売の共謀があったことがほのめかされた。これを受けてハンガリー当局は2011年2月、取引責任者の身柄を拘束したが、ロシア側では何の捜査も為されていない。

2011年ロシア下院議員選挙[編集]

2011年12月6日、裁判所に出廷したナヴァーリヌイ

2011年12月、ロシアの下院議員選挙の直後、選挙に不正行為があったとの非難の声が上がり[29]、モスクワでは6,000人が反政府デモ(2011年ロシア反政府運動)に参加した。デモ鎮圧の際約300人が逮捕されたが、このときナヴァーリヌイも警察に身柄を拘束され、「公権力に反抗した」との罪で禁固15日間の実刑判決が下された。この逮捕についてジャーナリストのアレクセイ・ヴェネディクトフ(Алексе́й Венеди́ктов)は「(ナヴァーリヌイ逮捕は)政治的には失敗だった。この逮捕により、ナヴァーリヌイはオンライン(ネット上)のリーダーから、オフライン(現実)のリーダーになった」と述べている[30]。なおナヴァーリヌイは、政治活動家イリヤ・ヤシンセルゲイ・ウダルツォフらと同じ拘置所に収監されたが、このうちウダルツォフは抗議の意を示すためハンガーストライキを行っている[31]

ナヴァーリヌイは2011年12月5日に逮捕され、12月20日までの15日間勾留されたが、逮捕の後ナヴァーリヌイのブログは英語でも閲覧が可能になった[32]。12月7日、メドヴェージェフ大統領の公式ツィッターアカウントに、統一ロシアのコンスタンティン・ルィコフが「ブログに「詐欺師と泥棒の党」と書いていたやつはバカなヒツジ野郎だ[33]」などといった発言を書き込んだ。このツィートは直ちに削除され、クレムリンによって「間違い発言であった」との釈明がなされたが、ロシアのみならず海外でも大きな話題となった[34]

2012年大統領選挙[編集]

12月20日に釈放されたナヴァーリヌイは、2012年3月4日の大統領選挙で勝利をつかむと公言するプーチンに対して結束するよう市民に呼び掛けた[35]。ナヴァーリヌイは釈放されたとき、テレビのリポーターに「(自分が)大統領選挙に出馬することは無意味なことだ。クレムリンは公平な選挙をさせてくれないだろうからね。だが、もし公平な選挙が行われるのであれば、出馬する準備はできている。」と述べている[35]。2011年12月24日には、選挙直後よりも大規模なデモ(西側報道によれば5万人規模)の組織を手伝い、「盛んに歓声を上げる観衆」に対し「今すぐクレムリンを乗っ取るのに十分な人数が集まった」と熱弁をふるった[36]

2012年3月の選挙でプーチンが大統領に選出された後、ナヴァーリヌイはモスクワ・プーシキン広場で反プーチンデモを行い、1万4千人から2万人が参加した。集会後、ナヴァーリヌイは再度当局に身柄を拘束されたが、このときは数時間後に開放されている[37]

2012年5月8日、プーチンが大統領に正式に就任した日、ナヴァーリヌイと反対派のリーダーセルゲイ・ウダルツォフの両名はチスティエ・プルーディ(ロシア語: Чи́стые пруды́。「綺麗な池」の意)での反プーチンデモに参加した後逮捕され、2人とも禁固15日間を言い渡された[38]。これに対し、国際人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルは、2人を「良心の囚人」に認定している[39]

受賞等[編集]

ナヴァーリヌイは、イェール大学の「ワールドフェロー・プログラム(World Fellows Program)」で、2010年のワールドフェローに選ばれている[40]。このワールドフェロー・プログラムは次世代リーダーの世界的ネットワークをつくり、国際的理解の幅を広げることを目的としたもので、イェール大学が旅費等を負担して招待、同大学で9月から12月までの3ヶ月間研修などを受けることのできるプログラムであり、毎年10人程が選抜される[41]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Schreck, Carl (2010年3月9日). “Russia's Erin Brockovich: Taking On Corporate Greed”. Time. オリジナル2012年5月26日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/7TpC 2011年2月9日閲覧。 
  2. ^ Guy Faulconbridge, Reuters, "Putin's Russia could face revolt: whistleblower"”. 2012年9月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月8日閲覧。 June 1, 2011
  3. ^ “Персоны года — 2009: Частное лицо года” (Russian). ベドモスチ. (2009年12月30日). オリジナル2012年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/9iRQ 2011年2月9日閲覧。 
  4. ^ “Profile: Russian blogger Alexei Navalny”. BBC News. (2011年12月21日). オリジナル2012年9月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/XX4w 
  5. ^ Matthew Kaminski (2012年3月3日). “The Man Vladimir Putin Fears Most (the weekend interview)”. The Wall Street Journal. オリジナル2012年7月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/01P8 
  6. ^ Garry Kasparov (2012年4月18日). “Alexei Navalny”. Time. オリジナル2012年9月14日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/y90e 
  7. ^ НАВАЛЬНЫЙ Алексей Анатольевич”. Kommersant.ru. Издательский дом «Коммерсантъ». 2012年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月5日閲覧。
  8. ^ a b (ウクライナ語) Олексій Навальний як дзеркало російської революції”. 2013年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月14日閲覧。, Den (14 February 2012)
  9. ^ АЛЕКСЕЙ НАВАЛЬНЫЙ”. esquire.ru. 2012年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月8日閲覧。
  10. ^ “Alexei Navalny - The Moscow Times profile”. The Moscow Times. (02/28/2012). オリジナル2013年2月4日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/lb0mE 
  11. ^ Guy Faulconbridge, Reuters, 'NEWSMAKER-Protests pitch Russian blogger against Putin'”. 2012年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月11日閲覧。 December 11, 2011
  12. ^ Navalny, Alexey Anatolich”. Kommersant.ru. 2012年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月14日閲覧。
  13. ^ About Navalny”. 2012年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月12日閲覧。
  14. ^ Navalny, Alexey”. Lenta.ru. 2012年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月13日閲覧。
  15. ^ Azar, Ilya”. Gazeta.ru. 2012年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月12日閲覧。
  16. ^ “Activist presses Russian corporations for openness”. Forbes. オリジナル2012年7月7日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/6qE4 2011年2月9日閲覧。 
  17. ^ “露大統領が弁護士獄死で再捜査命令 欧米批判受けアピールか”. MSN産経ニュース. (2011年7月9日). オリジナル2012年7月20日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/wdFe 2012年6月5日閲覧。 
  18. ^ “Выборы мэра Москвы” (Russian). Gazeta.ru. オリジナル2012年8月4日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/clqC 2011年2月9日閲覧。 
  19. ^ Как пилят в Транснефти” (Russian). LiveJournal. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月9日閲覧。
  20. ^ “Russia checks claims of $4bn oil pipeline scam”. BBC News. (2010年11月17日). オリジナル2012年7月19日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/Sp13 2011年2月9日閲覧。 
  21. ^ Soldatkin, Vladimir (2011年1月14日). “Russia's Transneft denies $4 bln theft”. Reuters. オリジナル2012年12月8日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/up9E 2011年7月6日閲覧。 
  22. ^ "Russian blogger Alexei Navalny faces criminal investigation"”. 2012年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月1日閲覧。, The Guardian, May 10, 2011
  23. ^ Catherine Belton, "Russia targets anti-graft blogger"”. 2012年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月30日閲覧。, Financial Times, May 10, 2011
  24. ^ Alexander Bratersky, "Navalny Targeted in Fraud Inquiry"”. 2013年1月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月5日閲覧。, The Moscow Times, May 11, 2011
  25. ^ Daniel Sandford, BBC News: "Russians tire of corruption spectacle",”. 2012年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月20日閲覧。
  26. ^ http://hetivalasz.hu/english_world_affairs/its-ugly-but-it-was-ours-25964”. 2012年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月11日閲覧。
  27. ^ http://navalny.livejournal.com/609880.html”. 2012年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月17日閲覧。
  28. ^ http://themoscownews.com/business/20110221/188433935.html”. 2012年7月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月31日閲覧。
  29. ^ Ioffe, Julia, "Russian Elections: Faking It"”. 2012年9月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月5日閲覧。, The New Yorker blogpost, December 5, 2011. Retrieved 2011-12-06.
  30. ^ Ioffe, Julia, "Putin’s Big Mistake?"”. 2012年9月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月7日閲覧。, The New Yorker blogpost, December 6, 2011. Retrieved 2011-12-06.
  31. ^ Vladimir Putin's persecution campaign targets protest couple”. 2012年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月2日閲覧。, Guardian, retrieved 17/12/2011
  32. ^ The Blog on Navalny in English”. LiveJournal. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月6日閲覧。
  33. ^ ロシア語原文は: Сегодня стало очевидно, что если человек пишет в блоге словосочетание "партия жуликов и воров" он тупо баран е**ный в рот :) 訳例:「ブログに「詐欺師と泥棒の党」って書いてたやつは(男性性器)をくわえたバカなヒツジ野郎だったってことが今日明らかになったな:)」“Медведев опубликовал в Twitter нецензурную запись о "партии жуликов и воров"”. Newsru.com. (2011年12月7日). オリジナル2012年9月4日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/2F6e 2012年6月5日閲覧。 
  34. ^ Elder, Miriam, "Medvedev 'tweet' sends the Russian blogosphere into a frenzy"”. 2012年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月1日閲覧。, The Guardian, 7 December 2011 10.53 EST.
  35. ^ a b Guy Faulconbridge, Reuters, "Navalny challenges Putin after leaving Russian jail"”. 2012年9月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月10日閲覧。 December 20, 2011
  36. ^ Weir, Fred, "Huge protest demanding fair Russian elections hits Moscow"”. 2012年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年9月4日閲覧。, Christian Science Monitor, December 24, 2011. Retrieved 2011-12-25.
  37. ^ “Russia election: Police arrest 550 at city protests”. BBC News. (2012年3月5日). オリジナル2012年7月20日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/B6LS 
  38. ^ Police keep anti-Putin protesters on the run, Associated Press, May 8, 2012.
  39. ^ Amnesty Calls Navalny, Udaltsov 'Prisoners Of Conscience'”. Radio Free Europe (2012年5月18日). 2013年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月18日閲覧。
  40. ^ The World Fellows: Alexey Navalny”. イェール大学. 2012年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月9日閲覧。
  41. ^ 田村耕太郎 (2010年11月25日). “世界各国の「次世代リーダー」を囲い込む米名門大学”. 田村耕太郎の「経世済民見聞録」. 日経ビジネスONLINE. 2012年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月5日閲覧。

外部リンク[編集]