清澄 (江東区)

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清澄
—  町丁  —
中村中学校・高等学校
清澄の位置(東京23区内)
清澄
清澄
清澄の位置
座標: 北緯35度40分57.76秒 東経139度47分50.4秒 / 北緯35.6827111度 東経139.797333度 / 35.6827111; 139.797333
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Koto, Tokyo.svg 江東区
地域 深川地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 3,456人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 135-0024[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

清澄(きよすみ)は、東京都江東区の地名で、旧深川区にあたる深川地域内である。現行行政地名は清澄一丁目から清澄三丁目。郵便番号は135-0024[2]

概要[編集]

深川地域西部に位置する。清澄のシンボルともいえる清澄庭園をはじめ、深川図書館が所在し周辺住民が集う憩いの場所として賑わいを見せている。長らく深川を冠していたことから「深川清澄」の名で親しまれている。これは、現在でも旧深川区内に根強く残る習慣である。

隣接する白河と共に清澄・白河エリアは、深川北部の森下高橋と南部の門前仲町富岡に挟まれた立地条件から、深川地域行政の集約地として機能していた。その後、深川区などの合併により江東区が発足すると同時に、区役所も地理的中心地の東陽に設置された。区役所所在時の賑わいは失ったものの、現在も複数の行政施設を保有し、その面影を残している。

2000年12月大江戸線開通や2003年3月半蔵門線延伸により、交通利便性が急速に向上したエリア。高層マンションの建設など再開発が盛んである。また近年になってブルーボトルコーヒー日本第一号店が出店された事等により「コーヒー聖地」として急激にクローズアップもされ、週末等には若い世代の観光客が急増した。

河川[編集]

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、清澄2-13-12の地点で50万9000円/m2となっている[4]

歴史[編集]

徳川家康の江戸入府の頃は干潟だった。江戸時代に入り1629年寛永6年)頃、この一帯の干潟を開拓した猟師町開拓八人の一人に弥兵衛という者がおり、その名を由来として弥兵衛町と呼ばれていた[5]。無年貢地で御菜御用などをつとめたが、寛文10年に年貢地となり、1695年元禄8年)の検地の際に清住町と命名された。この清住は弥兵衛のだと考えられている[5]。清住町に伊勢崎町・西大工町・裏大工町・仲大工町が合併した1932年昭和7年)に深川清澄町に改称され、現在に至る[5]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
清澄一丁目 592世帯 1,116人
清澄二丁目 692世帯 1,273人
清澄三丁目 604世帯 1,067人
1,888世帯 3,456人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6][7]

丁目 番地 小学校 中学校
清澄一丁目 全域 江東区立明治小学校 江東区立深川第六中学校
清澄二丁目 全域
清澄三丁目 全域

施設[編集]

行政
  • 江東区立深川図書館
公園
  • 清澄公園
教育私学

観光[編集]

名所
史跡

交通[編集]

鉄道
バス
道路

画像一覧[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 世帯と人口(毎月1日)”. 江東区 (2017年12月1日). 2017年12月20日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月20日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月20日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ a b c 江東区の地名由来 江東区
  6. ^ 区立小学校の通学区域”. 江東区 (2017年4月3日). 2017年12月20日閲覧。
  7. ^ 区立中学校の通学区域”. 江東区 (2017年4月3日). 2017年12月20日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]