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林敏之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
林敏之
2015年
生年月日 (1960-02-08) 1960年2月8日(66歳)
出身地 日本の旗 日本 徳島県徳島市
身長 1.83 m (6 ft 0 in)
体重 104 kg (16 st 5 lb)
学校 徳島県立城北高等学校
大学 同志社大学
ラグビーユニオンでの経歴
ポジション ロックルースヘッドプロップ
アマチュア経歴
チーム 出場 (得点)
1975-1978 城北高校 ()
1978-1982 同志社大学[1] ()
シニア経歴
チーム 出場 (得点)
1982-1997 神戸製鋼 ()
代表
チーム 出場 (得点)
1980–1992  日本 38 (12)
コーチ歴
チーム
2005 同志社大学

林 敏之(はやし としゆき、1960年2月8日 - )は、日本の元ラグビー選手。同志社大学在学中から日本代表ロックに選出されて活躍した。日本代表のキャプテンを務めたこともあり、坂田好弘と共に、世界で最も通用した日本人ラグビー選手として名高い。

プロフィール

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  • 徳島県出身。
  • ポジションはロック。
  • 現役当時のサイズは、身長 184cm、体重 103kg。
  • 日本代表キャップは38。
  • 愛称は『ダイマル』[2][3]及び『壊し屋』。

略歴

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  • 徳島県立城北高等学校卒業。
  • 同志社大学経済学部卒業。同大時代の代表的な試合は1981年1月15日の日本ラグビーフットボール選手権大会決勝戦であり、岡仁詩監督の自主性あるチームカラーの中で鍛えられた心技体を以って新日鐵釜石を相手に10-3と敗れはしたが善戦した。この試合に備えてスパイクの引っかかりにくいグラウンドに対応できるようにスパイクではなく運動靴でスクラム練習をするなど試行錯誤をしていた[4]
    • 同大時代のことでよく覚えているのはディック・ホックリーというニュージーランド人のコーチから「ゆっくり組めないのにどうして素早く組めるんだ」とゆっくり丁寧にモールなどを教わって練習したことである[4]
  • 1982年神戸製鋼入社。チームの7連覇に貢献した。
  • 2005年より同志社大学ラグビー部の理事も務めている。
  • 現在は神鋼ヒューマン・クリエイト所属。特定非営利活動法人ヒーローズの理事長にもなっている。
  • 1990年にはオックスフォード大学に留学。ケンブリッジ大学との定期戦(ザ・バーシティマッチ)にも出場した。
  • オックスフォード大歴代ベスト15にも選出された(120年以上の歴史がある中19世紀の選手も三人含まれた。第1回ワールドカップを制覇したニュージーランドオールブラックスのデビッド・カーク主将も選から漏れた中での快挙。ベスト15の中で、唯一人の海外出身者(イギリス出身者以外))
  • またラグビー世界選抜「バーバリアンズ」にも選ばれたこともある。
  • 本来のポジションはロックだがオックスフォード大学やバーバリアンズなど海外のチームではプロップでプレーした。
  • ゴスペラーズのヒット曲「永遠に」は神戸出身の作曲家妹尾武が、応援していた林選手の引退を惜しんで当時のチームに捧げた曲である。
  • 2019年、現在の日本ラグビーの礎を築いたことと、子ども世代におけるラグビーの普及・振興に長く尽力していることが評価され、第10回日本スポーツ学会大賞に選出された[5][6]

プレースタイル

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  • ロックの選手としては世界的には小型の部類に入るが、恐れを知らない当たりの強さを持ち、相手チームから恐れられる存在であったが、プレーのクリーンさは際立っていた。
  • 口数は少ないが、勇猛果敢なプレーで背中でチームを引っ張る統率力は、類稀であった。
  • 日本の多くのラグビー選手は、高校時代に義務付けられているヘッドキャップを進学・就職と共に脱ぐが、その流れには乗らず現役時代を通して被り続け、その白いヘッドキャップが狂信的なほどのプレーと相まって非常に印象的であった。

著書

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脚注

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  1. ^ Toshiyuki Hayashi at Japon Rugby
  2. ^ 【スポーツコラム】レジェンドの恩送り~ラグビーで湧き上がる感動をぜひ~”. 時事ドットコム. 2021年5月31日閲覧。
  3. ^ 同大入学時、岡監督から漫画『プロゴルファー猿』の主人公(猿谷猿丸)の次弟・大丸に似ていると言われたことから。…ラグビー日本代表・伝説のLO林敏之 2メートル級の巨漢に「壊し屋」はひるむことなく立ち向かった - web Sportiva.2025年11月26日公開。
  4. ^ a b 『ラグビー 戦後70年史』p8
  5. ^ “ラグビー元日本代表林敏之氏が日本スポーツ学会大賞”. 日刊スポーツ. (2019年11月25日). https://www.nikkansports.com/sports/news/201911250000362.html 2025年1月25日閲覧。 
  6. ^ 日本スポーツ学会大賞について”. 日本スポーツ学会事務局. 2025年1月25日閲覧。

参考文献

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『ラグビー 戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)

関連項目

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外部リンク

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