コンテンツにスキップ

村田亙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
村田 亙
生年月日 (1968-01-25) 1968年1月25日(58歳)
出身地 日本の旗 日本
 福岡県福岡市城南区
身長 1.72 m (5 ft 7+12 in)
体重 75 kg (11 st 11 lb)
大学 専修大学
ラグビーユニオンでの経歴
ポジション スクラムハーフ
アマチュア経歴
チーム 出場 (得点)
城南中学校
東福岡高等学校
専修大学
()
シニア経歴
チーム 出場 (得点)
1990-1999
1999-2001
2001-2008
東芝府中
バイヨンヌ
ヤマハ発動機
()
代表
チーム 出場 (得点)
1991-2005  日本 41
更新日:  2015年7月
7人制代表
チーム 大会
 日本
コーチ歴
チーム
2008-2012
2012-2022
7人制日本代表
専修大学

村田 亙(むらた わたる、1968年〈昭和43年〉1月25日 - )は、日本の元ラグビー選手、元専修大学監督

経歴

[編集]

福岡市城南区出身。小学校1年から地元の草ヶ江ヤングラガーズでラグビーを始めた[1]

当初はフルバックだったが、福岡市立城南中学校時代からスクラムハーフに転向。東福岡高等学校ではスタンドオフも経験したが、2年時から再びスクラムハーフとなり、花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)に出場した[1]

専修大学ラグビー部4年時には主将として関東大学リーグ優勝に貢献[1]

大学卒業後、東芝府中に入社。1996年(平成8年)度からの日本選手権3連覇に貢献した。

1990年(平成2年)には、U23日本代表としてアメリカ代表に勝利。

1991年(平成3年)のアメリカ代表戦で日本代表初キャップを得る[2]ラグビーワールドカップには第2回大会(1991年)スコットランド代表戦、第3回大会(1995年)ニュージーランド代表戦、第4回大会(1999年)ウェールズ代表戦の3度出場している。日本代表キャップ数は41。

1999年(平成11年)、フランスリーグのバイヨンヌとプロ契約し、日本人初のプロ選手となった[3][4]。デビュー戦でいきなり2トライを挙げるなど、フランスリーグでは44試合出場し7トライを挙げ、チームの中心選手として活躍した。

2001年(平成13年)にヤマハ発動機ジュビロに移籍。2002年(平成14年)度には関西社会人リーグ初優勝を果たす。

2005年(平成17年)には37歳で日本代表に復帰し、ロス・トンプソン英語版が持っていた最年長出場記録を更新した[注釈 1]。またトップリーグにおいても一時期最年長出場記録を持っていた(40歳)[注釈 2]

2008年(平成20年)1月、2007-08シーズンをもって現役引退することを表明。2月2日東芝戦後に引退セレモニーが行われ、同い年の親友で、同じ磐田市をホームとするジュビロ磐田中山雅史選手から花束を贈呈され、お互いのユニフォームを交換した[7][8]

2008年(平成20年)2月、日本ラグビー協会より7人制日本代表監督の要請を受け就任。同年3月の香港セブンズで初指揮を執った。同年の10月には、やはり香港で行われたラグビーワールドカップセブンズ予選で、日本代表を、2009年(平成21年)3月ドバイで行われる本大会への出場に導いた[9]

2012年(平成24年)から2023年2月まで[10]の11シーズンOBである専修大学ラグビー部の監督を務め[11]、同大学は2014年に13年ぶりの1部復帰を果たした[12]。しかし2021年にはリーグ全敗、入替戦にも敗戦し在籍期間で2度目の2部降格。翌年の2022年シーズンでの1部復帰は叶わず、監督を退任[13][14]

所属

[編集]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. この記録は、2019年のラグビーW杯で、大野均に更新されている[5]
  2. 2010年に元チームメイトでもある東芝の松田努により更新された[6]

出典

[編集]
  1. 1 2 3 初のプロラグビー選手・村田亙が作った「海外移籍」の道 日本人でも世界に通用することを証明した (2ページ目)”. 集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (2025年3月19日). 2025年3月20日閲覧。
  2. 初のプロラグビー選手・村田亙が作った「海外移籍」の道 日本人でも世界に通用することを証明した (2ページ目)”. 集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (2025年3月19日). 2025年3月20日閲覧。
  3. 初のプロラグビー選手・村田亙が作った「海外移籍」の道 日本人でも世界に通用することを証明した (3ページ目)”. 集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (2025年3月19日). 2025年3月20日閲覧。
  4. レジェンドが語るTOP14の魅力。〜村田亙編〜”. Rugby Republic (2016年9月15日). 2023年6月5日閲覧。
  5. ラグビー歴代最多キャップ 頼れる男・大野均 写真特集”. 時事ドットコム. 2024年6月27日閲覧。
  6. ラグビーの楽しさと「ノーサイド」の精神を伝えていきたい”. 日経BP. 2024年6月27日閲覧。
  7. 村田亙選手引退セレモニー - ラグビー愛好日記 | J SPORTSコラム&ニュース”. news.jsports.co.jp. 2025年3月20日閲覧。
  8. asahi.com:ラグビー・村田、引退セレモニー 40歳のゴン送る - スポーツ”. www.asahi.com. 2025年3月20日閲覧。
  9. JRFU. 2008年度 7人制日本代表監督に村田亙氏が就任|日本ラグビーフットボール協会”. www.rugby-japan.jp. 2025年3月20日閲覧。
  10. “専大の新監督に石倉俊二氏就任。スピアーズ率いた指導力でFW強化、1部復帰目指す”. Rugby Republic. (2023年3月2日)
  11. rugby2011 (2012年1月27日). 村田亙氏が専修大監督就任 5年以内の1部リーグ優勝目指す - ラグビーリパブリック”. 2025年3月20日閲覧。
  12. ラグビー - 専修大学・村田亙監督 気配り、目配り、原点に帰って再挑戦の11年目 | 4years. #学生スポーツ”. 4years (2022年3月20日). 2025年3月20日閲覧。
  13. INC, SANKEI DIGITAL (2023年3月1日). 元日本代表の村田亙氏退任 専大ラグビー部、石倉俊二コーチが昇格”. サンスポ. 2025年3月20日閲覧。
  14. Re-challenge”. 村田亙オフィシャルブログ (2021年12月25日). 2024年6月27日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]