本金西武

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西武秋田店(2010年8月)

株式会社本金西武(ほんきんせいぶ)は、秋田駅前再開発に際して、地元百貨店の本金と西友が合弁で設立した企業。後に西武百貨店へ吸収合併されて企業体は消滅しているが、店舗は西武秋田店として継続営業している。

本金デパート[編集]

西武秋田店は、秋田市地場資本「本金商店」が発祥。

その歴史は1850年まで遡ることができる[1]初代本間金之助が上通町に創業した小間物屋で、屋号を「本間屋」と称した[1]

1866年、大町二丁目(現:イーホテルショッピングモール所在地)に移転、1872年に山内由松が婿入りし2代目を襲名した。2代目本間金之助は教育者でもあり、1895年に貧しい家庭の 子どもたちに読み書き・ソロバンを教えるために私設学校「福田学校」を創設[1]。このため本金商店は教科書の出版なども手がけることになった。この学校は1927年まで続いた。

1959年、「本金デパート」として発足。向かいには、実弟山内末吉(後の2代目辻兵吉)が婿入りした辻兵呉服店があり、同年に辻兵も総合衣料品店として3階建ての店舗になっている。辻兵は後に秋田を代表する企業グループとなり、1976年ダイエーを核とする「秋田ニューシティ」を同地に建設した(2002年閉店、2010年建物解体済)。

1965年、地上3階建てのビルに展望塔「本金タワー」を設置。本金タワー最上階は地上7階で、全面ガラス張り展望室となっており、エレベーター付。先行した木内デパートの展望塔を上回り、当時の秋田市で最も高い建築物であった。

フロア[編集]

エスカレーターは1-2F エレベーターはタワーまで直通で各階止まり。
7F ホンキン学習教室(絵画・書道)
6F ゲームサロン
5F  ゲームサロン ゴルフサロン
4F(R) 子供遊技場 ゴルフ練習場 ゴルフショップ(プレハブ)   
3F チャイルドフロア:子供服、玩具、陶器・漆器 大食堂
2F クロージンググロア:紳士服 呉服 婦人服
1F エリートフロア:洋品雑貨 郷土品 進物食品 クリーニング 外商  
BF ホームフロア:食料品 家庭用品 ナスステンレス 園芸コーナー パーラー


本金西武[編集]

1964年、旧態依然たる経営を行っていた本金デパートは5億円余りの負債を抱え、内部整理を迫られた[2]。翌65年には小玉合名会社(現:小玉醸造)専務であった小玉得太郎が再建を乞われて本金デパートに入社[3][4]1970年に、小玉が社長に就き債務整理を終えた時点で、更なる発展のためには大手資本との提携が必要との判断から1971年西武百貨店と業務提携を締結[1]。本金デパートは日本百貨店経営協議会(JMA)に加盟し商品供給、共同催事、社員教育、情報共有等で良好な関係にあったがゆえに提携が成立した。西友の百貨店事業部の軍門に下った他の地方百貨店(五番館志澤中込百貨店)のように経営が悪化して買収されたわけではない。1983年4月21日に本金デパートは西友と共同で「本金西武」を設立。

日本海中部地震の被害[編集]

この設立から約1ヶ月後の1983年5月26日、秋田県能代西方沖を震源とする日本海中部地震が発生。この地震の影響により展望部となっていた本金タワーが崩壊し、これが屋上に直撃、4階で催事準備をしていた従業員3名が負傷、1人が死亡するなどの被害を受けた。

ほんきん西武開業[編集]

当時の秋田駅周辺では、市街地再開発として策定された「秋田駅前地区第一種市街地再開発事業」が実施されていた。地震被害により大町に所在した旧店舗を閉鎖し、この再開発事業として竣工した秋田中央ビルディングに新装移転、「本金西武」設立から約1年後の1984年4月27日に「ほんきん西武」が開業した[2]。このビルは、地上12階、地下2階 41,917m2の高層ビルだが、上層階はビューホテル、下層階の10,189m2が百貨店と駅前の商店街「金座街」で営業していた地権者に割り当てられた。

秋田市内には本金と木内の2社の百貨店事業者があったが、ジャスコダイエーなどの総合スーパーと対抗できると百貨店として、西武百貨店と提携関係がある本金が「核として好ましい」と判断された。本金としては従来の店舗からは1kmの移動となったが、地元地権者から信頼され誘致された形となっている。

同居する事になった地元専門店は以下の通り。

MORICHO(森長)・ワタナベ時計店・橋本仏具店・SASACHU FEMME(佐々忠)・モード馬里奈・モード長峯・カトレア・レーブル モリタ・メガネのコニシ

2005年3月、本金西武は西武百貨店に吸収合併され、2006年3月には売り場面積を約12%増床し秋田西武に改称[5][6]。さらに2009年8月には、そごう・西武発足に伴い西武秋田店と店名を改めた。

沿革[編集]

  • 1850年(嘉永3年) - 本間金之助により、「本間屋」創業[1]
  • 1866年(慶応2年) - 大町二丁目に移転。
  • 1952年(昭和27年) - 株式会社本金に改組[1]
  • 1959年(昭和34年) - 「本金デパート」発足。
  • 1965年(昭和40年) - 地上3階建てのビルに展望塔「本金タワー」設置。
  • 1971年(昭和46年) - 本金と西武百貨店が業務提携し、日本百貨店経営協議会(JMA)に加盟。
  • 1981年(昭和56年)7月28日 - 中央地区ビル管理法人「株式会社秋田中央ビルディング」設立[7]
  • 1983年(昭和58年)
    • 4月21日 - 本金と西友の合弁により「株式会社本金西武」設立。
    • 5月26日 - 日本海中部地震(震度5)により本金タワー(旧店舗の展望部)が倒壊。
  • 1984年(昭和59年)4月27日 - 「ほんきん西武」開業。
  • 1988年(昭和63年)3月1日 - 西友保有株が西武百貨店に譲渡され、西武百貨店子会社となる。
  • 2003年(平成15年)3月1日 - 3階「無印良品本金西武店」の運営が本金西武から良品計画に移管。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - 西武百貨店に吸収合併。店舗は西武百貨店直営となる(呼称は「ほんきん西武」のまま)。
  • 2006年(平成18年)
    • 1月15日 - 3階「無印良品本金西武店」が閉店[注釈 1]
    • 1月24日 - 改装工事に着手。
    • 3月9日 - 「秋田西武」に改称。全館リニューアルオープン。
  • 2009年(平成21年)8月1日 - そごう・西武発足に伴い、「西武秋田店」に改称。

周辺競合店[編集]

戦後発祥、靴と傘に重点を置いていた量販店。木内の隣に本社を置き、最盛期(1970年代)は東北一円39店店舗を展開していた。イトーヨーカドー秋田店開店に際しては五割~七割引セールを開催。1997年倒産。
  • セントラルデパート(広小路公園前)
1965年、市内小売業者の協同組合ビル。開業当初から業績は振るわなかった。1991年閉店。現在は解体済みで、エリアなかいちの敷地の一部となっている。
1969年 古沢ビルディングに開店。1981年閉店。
1986年11月1日、中交ホリディスクエア(旭北錦町4-58)に再出店(売場面積11,579m2。)。
2009年に「ドン・キホーテ秋田店」となる。
1974年5月31日、なかよしビルに入居する形で開店。
1987年に業態転換し、ファッションビル「秋田フォーラス」(売場面積11,480m2) 。
1980年11月22日、秋田ショッピングセンターに開店。
後に西武百貨店はセブン&アイ・ホールディングス傘下となり、2010年のイトーヨーカドー閉店まで2核状態にあった。 
2010年に専門店ビル「フォンテAKITA」 として開店(売場面積9,711m2)。 
1981年 秋田ニューシティに開店。2002年撤退。
1997年10月3日 増床時、青森の百貨店中三もモール内に進出したが2008年10月20日撤退。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2006年4月におしゃれかんアルスへ移転し、「無印良品秋田アルス店」としてオープン。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 横山幸一【本金 ほんきん】『秋田大百科事典』
  2. ^ a b 「本金西武 (秋田市)狭い店舗、新販路開拓で補う (再生図る地方百貨店)」『日経流通新聞』1987年2月13日
  3. ^ 『秋田県紳士録』p.279
  4. ^ 『秋田県大百科事典』p.341
  5. ^ 「売り場面積を来秋以降拡大 秋田市の「本金西武」『朝日新聞』秋田版 2004年4月15日
  6. ^ 「西武百貨店、本金西武を吸収合併 屋号変更の可能性も」『朝日新聞』秋田版 2004年11月7日
  7. ^ 秋田市-秋田駅前地区/市街地再開発事業

参考文献[編集]

  • 秋田魁新報社編 『秋田大百科事典』 秋田魁新報社、1981年。ISBN 4870200074
  • 秋田魁新報社編 『秋田県紳士録』 秋田魁新報社、1984年。ISBN 4-87020-035-X