本間金之助 (2代目)

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二代目本間金之助(ほんまきんのすけ、弘化2年3月10日1845年4月16日)‐1929年(昭和4年)1月14日)は、日本の実業家本金グループ総帥、第四十八銀行頭取、秋田貯蓄銀行頭取などを務めた。

来歴・人物[編集]

現在の湯沢市における、当時有数の実業家であった山内三郎兵衛家の三男として生を受ける。幼名は、山内由松

旧暦の1872年(明治5年)、秋田市の本間金之助 (初代)家へ婿入りし、二代目金之助を襲名。

本間家の家督を継承後、現在の大町二丁目で平民向けの学校や、後のほんきん西武・秋田西武(現在の西武秋田店)の前身となる本金商店等を運営。

また、菅礼治退任後より第四十八銀行の頭取が長年空席となっていたが、1907年(明治40年)7月に本間が就任、旧秋田銀行と共同で設立した秋田貯蓄銀行頭取と共に何れも没するまで務めた[1]

墓所は秋田市の光明寺。

出典[編集]

  1. ^ 若松太平洞 『第四十八銀行史』 岡田盛直、1944年、本銀行の歷代役員47頁。

関連項目[編集]

  • 辻兵 - 実の次弟(山内末吉)が婿入りし、辻兵吉 (2代目)を襲名している。