辻兵吉 (5代目)

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辻 兵吉(つじ ひょうきち、1926年(大正15年)5月26日 - 2008年(平成20年)7月5日)は、日本の実業家。辻兵グループ総帥、元日本バスケットボール協会会長。また、高校・大学の同窓にあたる金田勝年法務大臣の後援会会長を金田の参議院選出馬時から長年務めた。1991年(平成3年)藍綬褒章受章、2005年(平成17年)旭日中綬章受章。秋田県秋田市出身。旧名は辻 良一[1][2](つじ りょういち)。

来歴・人物[編集]

秋田県屈指の素封家である1856年(安政3年)創業の呉服店「辻兵」に生まれた。辻兵太郎の息子[1][2]。秋田県立秋田中学校(現:秋田県立秋田高等学校)、東京商科大学(現:一橋大学)を卒業後、高島屋飯田(現:丸紅)に入社[3]

1952年(昭和27年)、五代目兵吉を襲名。以後、辻兵・辻不動産・秋田いすゞ自動車などの辻兵グループ企業のトップを務め、同グループを秋田県下有数の企業グループまでに育てた。また秋田市大町の商業ビル「秋田ニューシティ」の開発も手がけ[4]、さらに三代目兵吉が初代の頭取を務めた秋田銀行の社外取締役にも長期にわたって在任した。

1986年(昭和61年)からは15年あまり秋田商工会議所会頭を務め[注釈 1]、空洞化が進む中心商店街の街づくりや交通インフラの整備に尽力した。また秋田県体育協会会長在任時には秋田わか杉国体の誘致にも成功した[5]。その他日本バスケットボール協会会長・秋田消防団長・秋田県経営者協会会長・秋田高校同窓会会長(第8代)など多くの役職を歴任した。

2008年(平成20年)7月、肝細胞がんのため死去[6]、満82歳。葬儀は秋田県立武道館で行われ約3800人が参列、渡辺喜美金融行政改革担当大臣寺田典城秋田県知事、佐竹敬久秋田市長、金田勝年元参議院議員らが弔辞を述べた。

年譜[編集]

  • 1952年(昭和27年)- 東京商科大学卒業後、高島屋飯田に入社。
  • 1955年(昭和30年)- 辻兵社長。
  • 1957年(昭和32年)- 秋田銀行社外取締役。
  • 1960年(昭和35年)- 辻不動産社長。
  • 1966年(昭和41年)- 日本青年会議所会頭[7]
  • 1975年(昭和50年)- 秋田小松社長。
  • 1983年(昭和58年)- エーピーアイ社長、アテック会長。
  • 1984年(昭和59年)- コマツ秋田会長。
  • 1985年(昭和60年)- 秋田いすゞ自動車会長。
  • 1986年(昭和61年)- 秋田商工会議所会頭、辻兵会長、秋田ニューシテー会長。
  • 1988年(昭和63年)- 秋田テレメッセージ社長。
  • 1989年(平成元年)- 秋田県体育協会会長、秋田ゼロックス会長。
  • 1993年(平成5年)- 東北テレメッセージ副会長。
  • 1994年(平成6年)- 日本バスケットボール協会会長。
  • 2008年(平成20年)- 死去。

家族・親族[編集]

辻家

秋田市大町[1][2]、同市保戸野中町

1875年[8] - 1951年
1899年 -

補注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 二代目辻兵吉は秋田商工会議所初代会頭、祖父は同会頭を15年余、父は同会頭を2年間務めた。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 『人事興信録 第13版 下』ツ27頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年11月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『人事興信録 第14版 下』ツ26頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年11月4日閲覧。
  3. ^ 日外アソシエーツ株式会社編 『現代日本人名録2002』 日外アソシエーツ、 2002年(平成14年)。
  4. ^ 「辻兵吉 秋田商議所名誉会頭死去 県経済界をけん引 バスケット普及に寄与」『朝日新聞 秋田版』2008年7月7日
  5. ^ 朝日新聞 2008年7月29日
  6. ^ “辻兵吉氏死去 前秋田商工会議所会頭”. 47NEWS. 共同通信. (2008年7月6日). http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008070601000369.html 2013年9月17日閲覧。 
  7. ^ “日本青年会議所の歴史”. 公益財団法人日本青年会議所. http://www.jaycee.or.jp/junior_chamber/history 2016年2月9日閲覧。 
  8. ^ a b 『大衆人事録 第3版』ツ之部17頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年11月4日閲覧。

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。