日本百貨店経営協議会

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日本百貨店経営協議会 (にほんひゃっかてんけいえいきょうぎかい、JMA)は、セゾングループ時代までの西武百貨店が主催した系列地方百貨店との共同仕入グループ[1]

概要[編集]

1963年3月 「日本百貨店共同仕入機構」として一商圏一店舗を原則に29社46店舗で発足。事務局長:三谷粂三郎。 西武百貨店グループ オリジナル商品の開発供給、共同催事の実施、社員教育、情報共有等の業務提携を行った。 商品面では、1970年 西武百貨店がポロ・ラルフ・ローレン等のブランドとライセンス契約を締結した際、地方に供給した。 催事面では、中元歳暮期のギフトカタログ品の共同配送などを実施したが、商品券の加盟店同士の相互利用は実施しなかった。 

1980年 「日本百貨店経営協議会」へ改称。ソフトウェアー・オペレーションの研究指導へ業務変更。 有望、もしくは参加を希望する地方店に対し、上記のような緩やかな業務提携ばかりではなく、経営・人事に関与する資本提携等、より強固な系列化、M&A(合併・買収)を目指す組織に変貌した。 

このため、資金援助等を必要として加入する弱小店が参加するようになる一方、その必要が無かった有力店からは警戒され、他の百貨店グループに提携先を変更したり、重複加盟して距離を置くようになったり、非常に出入りが激しいグループとなった。  M&Aの主体も西武百貨店本体ではなく、西友西武クレジットパルコ等を利用する場合もあり、手法はかなり複雑だった。 富山のようにセゾングループ企業が提携店のある地域に出店したために脱退するケースもあった。 

JMAは、いわばセゾングループのM&Aの牙城として機能していたため、併合されなかった有力地方百貨店とは 友好的な提携関係としてセブン&アイ傘下のそごう・西武には引き継がれることはなかった。 2001年セゾングループ解体をもって事務局は解散し消滅した。

参加店一覧[編集]

※注)以下は元資料の作成年代等により異なる企業が記載されており、同時期に加盟したものとは限らない。

買収により西武百貨店直営化した店[編集]

  • 本金秋田市) 1971年加盟。西友・百貨店事業部を経て直営店化。現秋田店
  • だるま屋福井市) 1970年加盟。「西武北陸」を経て直営店化。現福井店
  • 豊橋丸物 1971年加盟。「西武関西」等を経て直営店化し、豊橋店となるも2003年閉店。
  • 土電会館高知) 1971年加盟。「とでん西武」を経て直営店化し、高知店となるも2002年閉店。
  • 五番館札幌市、旧高島屋ハイランド) 1982年加盟。「西武北海道」を経て直営店化し札幌店となるも2009年閉店。

買収によりパルコに業態転換した店[編集]

資本提携でグループ企業になった店[編集]

  • 松木屋(青森市) 1962年加盟。1970年資本提携。セゾングループ解体後、業績悪化により経営破綻。2003年閉店。
  • 十和田松木屋(上記松木屋の子会社) 1972年加盟。1999年閉店。
  • 大国屋(小樽市) 1974年加盟。1989年資本提携。1993年閉店。
  • 志澤小田原市、旧伊勢丹ADO) 1975年加盟。1980年 西武クレジットが吸収合併。本店は西武百貨店運営委託による「志澤西武」になり、藤沢店は西友・百貨店事業部運営の「藤沢西武」となるも、ともに1997年閉店。
  • 中込百貨店甲府市) 西友・百貨店事業部運営の「甲府西武」となるも1998年閉店。

※藤沢西武、甲府西武ともにリヴィンへの移行はしていない。

業務提携のみに留まりグループ企業にはならなかった店[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 参考資料:日本百貨店協会創立50周年誌「百貨店のあゆみ」、1991年 リブロポート「セゾンの歴史」、1979年 教育社新書 産業界シリーズ 百貨店業界、独立行政法人中小企業基盤整備機構 アパレル・リテール企業の構造、他