愛知県蟹江町母子3人殺傷事件

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愛知県蟹江町母子3人殺傷事件(あいちけんかにえちょう ぼしさんにん さっしょうじけん)とは、2009年平成21年)5月1日に愛知県海部郡蟹江町で発生した強盗殺人事件である。2009年12月10日に捜査特別報奨金制度に指定され[1]容疑者逮捕直後の2012年(平成24年)12月9日に指定が取り消された(愛知県警察は延長に向けて警察庁と協議していたが、「情報提供件数が少ない」ことを理由に容疑者が逮捕された日である12月7日に延長の申請を断念することが報じられていた)[2]。被疑者として逮捕・起訴された中国人の男は一・二審で死刑判決を受け、最高裁上告中である。

概要[編集]

事件概要[編集]

2009年5月2日午後0時20分頃、愛知県蟹江町蟹江本町海門の民家で家主の次男(洋菓子店勤務)が1階和室で倒れて死亡し、会社員の三男が手を縛られて首に怪我を負っているのを、警察官が発見。愛知県警察は強盗殺人事件として捜査を開始した[3]。現場は、近鉄名古屋線近鉄蟹江駅から北西に約500mの住宅街[4]

翌5月3日に次男の遺体が発見された1階和室の押し入れから、所在不明と発表されていた会社員の母親の他殺体が発見され、凶器とみられる包丁も血を洗い流した状態で家の中で発見された[5]。母親は事件の十数年前に夫を亡くし、女手ひとつで4人の息子や義母の世話をしていた。

司法解剖の結果、2人の死亡推定時刻を5月1日午後9-10時頃としている。

生存した三男によると同日午前2時ごろに帰宅し、靴を脱いでいる時に背後から強い衝撃を受け、男ともみ合ううちに手を縛られ気を失ったと語っている。三男は自分を襲った人間について「外国人のようなイントネーション日本語を話していた」と話しているが、帰宅時酔っていたこと、コンタクトレンズが曇ってしまったこともあり、顔については覚えていないと語っている。

また、駆けつけた警察官が玄関にうずくまる黒ずくめの男を目撃したが、被害者の一人と勘違いし、警察官が応援要請している間に逃走した。

その後の捜査から、犯人が被害者宅に長期間滞在しており家人が用意していた食事を食べた形跡や血のついた自分の衣類を洗濯機で洗った形跡があること、飼い猫まで惨殺する手口など不可解な行動が明らかになっている。

犯人像[編集]

犯人は

を遺留品として残していった。

食事に残っていた唾液から犯人の血液型はO型であると判明しており(一家にO型の人間はいない)、個人を特定する指紋も検出された。

容疑者[編集]

事件発生から3年後の2012年12月7日、本事件とは別の同年10月に発生した自動車窃盗事件で三重県警察鈴鹿警察署逮捕されていた[6]当時29歳の中国国籍の三重県津市在住の男(以下、A)のDNAが本件の遺留品と一致した[7]ため、蟹江警察署はAを強盗殺人および強盗殺人未遂の疑いで逮捕した(Aは事件当時三重大学の留学生であり、事件を起こした後の2011年3月に三重大を卒業、三重県内の自動車部品会社に就職するも2012年6月に退職していた)[8][9]

動機については「(事件前から万引きなどの窃盗を繰り返しており、事件前年の2008年には食料品を万引きしたとして窃盗容疑で三重県警津警察署に摘発され、罰金刑を受けていたため)罰金を払うために金が必要だった」と供述した。ひったくり等で金を得るため当時住んでいた三重県から名古屋市へ向かったが、都会の雑踏で犯行を断念し、近鉄名古屋駅から乗車した戻りの近鉄名古屋線急行電車]が最初に停まった近鉄蟹江駅で降り、空き巣狙いに切り換えて周辺を物色していたところ、被害者宅に飼い猫が入っていく様子を目撃し、玄関が施錠されていないことに気付いて侵入先に選んだ。凶器のスパナや小刀は事前に準備していたとみられ、「侵入し、見つかったら殺すつもりだった」と述べているという[10]

三男のみ生存させたまま長時間滞在した理由は「命乞いされたため」と話しており、金のありかを尋ねたり血のついた衣服の洗濯など証拠隠滅を図る間に言葉を交わしたりするうち、殺害をためらうようになったと見られる[11]

名古屋地方検察庁は12月28日、Aを強盗殺人と強盗殺人未遂、住居侵入の罪で名古屋地方裁判所起訴した(起訴状によればAは2009年5月1日午後10時頃、鍵のかかっていなかった被害者宅に侵入し、金品を物色していたところを被害者らに見つかったため、用意したモンキーレンチで母親を撲殺、次男を現場にあった包丁で刺殺し、三男にも重傷を負わせ現金20万円と腕時計を奪った。一家3人を殺傷後も翌日正午まで半日以上現場に留まっていたが、名古屋地検幹部は「物色を続けていた」と述べた)[12]

裁判[編集]

刑事裁判[編集]

第一審(名古屋地裁)
2015年1月19日から名古屋地方裁判所裁判員裁判が開かれた[13]。検察側が2月6日の論告求刑公判で東海3県裁判員裁判では初となる死刑求刑した[14][15]一方で、Aの弁護人は公判で、殺傷に及んだ理由を「被害者に見つかってパニックになったためで、強盗の目的はなかった」と述べ、殺人窃盗罪が適用されるべきだと主張。さらに「前科も万引きだけで、犯行時は25歳と若かった」などとして、死刑回避を求めていた[15][16]
2月20日に判決公判が開かれ、名古屋地裁の松田俊哉裁判長は「被害者に見つかった際に強盗を決意した。冷静さを失っていたとしても確定的な殺意があった」と指摘し、強盗殺人罪の成立を認めた上で「強盗や殺人に及ぶことを事前に計画していたわけではないが、路上強盗のための武器を持ち、家に誰かがいるとわかっていながら侵入した。予期せず家人が在宅した強盗殺人事件とは異なる」[15]「包丁が折れ曲がるほど強い力で刺すなど執拗で冷酷な犯行。動機は自己中心的で身勝手だ」として、検察側の求刑通りAに対して死刑判決を言い渡した[15][16]東海3県で行われた裁判員裁判で死刑判決が下るのは初めて[16](後に碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件でも主犯の被告人に対して死刑判決が下っている[17])。
控訴審(名古屋高裁)
Aは「死刑ありきとも受け取れる判決は容認できない」として名古屋高等裁判所に控訴[18]。7月27日の控訴審(即日結審)では一審に続き、Aの犯行が強盗殺人罪に当たるかが争点だった(弁護側は強盗の犯意を否定するための証拠や被告人質問を要求したが、名古屋高裁はいずれも退け[19])。弁護側はAが母親に見つかってすぐに逃げようとしたことなどから、強盗殺人罪の成立を否定し、「窃盗目的だったが気付かれ半ばパニックになって殺害した」とし[20]、計画性や強い殺意はなかったなどと無期懲役が妥当と主張した。これに対し、検察側は控訴棄却を求めていた[21]
同年10月14日に名古屋高裁の石山容示裁判長は「犯行の態様は執拗で残酷。被告の生命軽視の度合いは著しく、死刑の選択は避けられないという判断は合理的だ」として一審死刑判決を支持し、Aの控訴を棄却した[22][20][21][23]。ただし、判決では「殺害の被害者が二人なら原則、死刑を選択すべきとは言えない」と指摘(背景には、最高裁判所の司法研修所がAの逮捕された2012年に公表した報告書がある。ここでは死刑判断について、プロの裁判官が積み上げてきた判決傾向を分析し、公平性などの判断から「先例を尊重すべきだ」と、裁判員裁判の厳罰化傾向に懸念を示している)、極刑選択の際は「合理的な根拠は何か、可能な限り慎重に検討すべきだ」とした上で、一審判決について「具体的な根拠で導き出された合理的な判断で、是認できる」と結論づけた[22]
Aの弁護人は判決を不服として最高裁判所に即日上告した[22][24]


民事裁判[編集]

2015年6月4日には生存した三男を含めた遺族3人がAに対し損害賠償命令制度[25]に基づいて、死亡した2人の逸失利益や慰謝料など約1億7800万円の支払いを求めていることがわかった [26][27]。その後民事裁判に移行し、三男以外の2人は訴訟を取り下げて請求額は5600万円となった。2016年3月24日、名古屋地裁は三男の請求を全額認め、Aに慰謝料など約5600万円の支払いを命じた。判決理由で村野裕二裁判長は「極めて悪質、重大な事件で、動機も身勝手で同情の余地はない」「家族を奪われた原告の悲しみや心痛は余りあるものだ。被告は真摯な反省をしているとは認め難い」と指摘した。三男の代理人弁護士は「請求を認容する判決をいただいたが、実際にAから履行される可能性がないに等しいことを考えると、誠に遺憾でならない」とのコメントを出した[28][29]

出典[編集]

  1. ^ 『中日新聞』2009年12月9日朝刊29面「蟹江殺傷に懸賞300万円 警察庁 豊田殺人は1年延長」
  2. ^ 『中日新聞』2012年12月7日朝刊38面「豊田女子高生殺害 報奨金を1年延長 蟹江の強殺は断念」
  3. ^ 中日新聞』2009年5月2日夕刊1面「蟹江の民家 兄弟縛られ次男死亡 強殺で捜査 背中に刺し傷」
  4. ^ 『中日新聞』2009年5月2日夕刊11面「蟹江民家強殺 閑静な住宅街騒然 近隣住民ら『まさか』」
  5. ^ 『中日新聞』2009年5月4日朝刊23面「蟹江殺傷 押し入れに母の遺体 血洗った包丁も発見」
  6. ^ 『中日新聞』2012年10月20日朝刊三重版22面「自動車盗の疑い」
  7. ^ 『中日新聞』2012年12月7日夕刊1面「蟹江一家殺傷男逮捕へ 現場のDNA型一致 窃盗で逮捕 津の中国人容疑者」
  8. ^ 『中日新聞』2012年12月8日朝刊1面「蟹江一家殺傷 中国人元留学生を逮捕 強殺容疑 当時、三重大に在籍」
  9. ^ 『中日新聞』2012年12月8日夕刊11面「蟹江一家殺傷 窃盗事件繰り返す A容疑者『金に困っていた』」
  10. ^ 『中日新聞』2012年12月9日朝刊39面「蟹江一家殺傷『名古屋の帰り、下車』容疑者 猫見つけ無施錠確認」
  11. ^ “愛知一家殺傷:命ごいされ、三男殺害ためらう”. 毎日新聞. (2012年12月8日). オリジナル2012年12月10日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121210210244/http://mainichi.jp/select/news/20121208k0000e040196000c.html 
  12. ^ 『中日新聞』2012年12月29日朝刊23面「A容疑者を起訴 蟹江一家3人殺傷」
  13. ^ 『中日新聞』2015年1月20日朝刊28面「蟹江殺傷『強盗』を否定 初公判で弁護側 被告 涙流す場面も 『母が一家の支え』遺族調書」
  14. ^ 『中日新聞』2015年2月6日夕刊1面「蟹江殺傷 死刑を求刑 検察側 東海の裁判員裁判で初」
  15. ^ a b c d 『中日新聞』2015年2月21日朝刊1面「蟹江一家殺傷死刑判決 名地裁 裁判員裁判で東海初」「悪質性 重くみた判断」
  16. ^ a b c Archived 2015年11月17日, at the Wayback Machine. - オリジナルからのアーカイブ
  17. ^ なお、この被告人は闇サイト殺人事件で無期懲役刑が確定した後に碧南事件で逮捕されている。
  18. ^ 『中日新聞』2015年2月25日夕刊13面「A被告が控訴 蟹江一家殺傷」
  19. ^ 『中日新聞』2015年7月28日朝刊27面「計画性否定、死刑回避訴え 蟹江殺傷控訴審 10月14日に判決 散髪し自力出廷 A被告」
  20. ^ a b “愛知親子3人殺傷、二審も死刑 中国人男の控訴棄却”. 産経新聞. (2015年10月14日). オリジナル2016年7月1日時点によるアーカイブ。. http://www.sankei.com/west/news/151014/wst1510140044-n1.html 
  21. ^ a b “愛知一家3人殺傷、二審も死刑 中国籍の男に判決”. 日本経済新聞. (2015年10月14日). オリジナル2016年7月1日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20160701074511/http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H3H_U5A011C1CC0000/ 
  22. ^ a b c 『中日新聞』2015年10月14日夕刊11面「蟹江殺傷二審も死刑 控訴棄却 裁判員裁判判断を支持」2015年10月15日朝刊35面「蟹江3人殺傷二審も死刑 厳罰化傾向にはくぎ」
  23. ^ Archived 2015年11月19日, at the Wayback Machine. - オリジナルからのアーカイブ
  24. ^ “A被告の弁護人が上告 3人殺傷、2審も死刑で”. 産経新聞. (2015年10月14日). オリジナル2016年7月1日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20160701075309/http://www.sankei.com/west/news/151014/wst1510140085-n1.html 
  25. ^ 犯罪被害者支援のため、重大事件の刑事裁判の有罪判決後、同じ裁判官が公判記録を使って賠償額などを審理する制度。
  26. ^ 『中日新聞』2015年6月4日朝刊31面「蟹江殺傷被告に賠償請求 1億7900万円 遺族、命令制度を利用」
  27. ^ Archived 2015年6月7日, at the Wayback Machine. - オリジナルからのアーカイブ
  28. ^ 『中日新聞』2016年3月25日朝刊37面「蟹江の3人殺傷被告に5600万円賠償命令 名古屋地裁」
  29. ^ 産経新聞』2016.3.24 15:43「3人殺傷で32歳の中国人被告に賠償支払い命令、5600万円

関連項目[編集]

外部リンク[編集]