大量殺人
大量殺人(たいりょうさつじん)は、同一の場所および時間帯において同時に複数名が死亡ないし傷害を負う犯罪を示すとされる[1]。しかし、厳密な定義は存在しない(後述)。
定義[編集]
大量殺人という言葉に厳密な定義が存在しないことはフリーランスライターの村野薫[2]、精神科医の影山任佐がそれぞれ著書で触れている[3]。そのため以下に定義の変遷とその時代に大量殺人と認識された事件を記す。
1914年に発生したワグナー事件において、ローベルト・ガウプが論文の題名にMassenmord(大量殺人)を使用したのが最初だと影山は指摘している[4]。1920年にはアルブレヒト・ヴェッツェルによる1810年以降のドイツを中心の諸外国を含んだ153件の事例の研究書であるÜber Massenmörder(大量殺人者たちについて)が出版される[5]。ヴェッツェルは本書において未遂も含んだ二名以上の被害者が出たものから偶発的な殺人者、営利殺人、政治的目的を持つ加害者、プロの毒殺者の4つを外したものを対象とした[6]。
司法精神医学者のパーク・ディーツは1968年に大量殺人を家族皆殺し、擬似的な特攻、セットアンドラン[注釈 1]の三つに区分したものを示した[7]。
ロナルド・M・ホームズとスティーヴン・T・ホームズはディーツの区分したものをさらに8つに区分した。それによると教祖などの指示により門弟が行う師弟タイプ、一家心中も含めた家族皆殺しタイプ、会社での不満に端を発する不満を持った従業員タイプ、自身の背景や社会への不満から無差別殺人を行う不満を持った市民タイプ、セットアンドランタイプ、精神疾患が原因で行われる精神疾患タイプ、加害者の政治的信念に基づくイデオロギータイプ、学校内銃乱射タイプに分けられている[7]。
FBIは2005年に開催された連続殺人に関するシンポジウム報告書の中で大量殺人との違いを各殺人の間に時間が空くか否かとして区別し、大量殺人を同一事件の中において間を置くことなく行われた4つ以上の殺人行為と説明している[8]。
法政大学文学部心理学科教授の越智啓太と木戸麻由美は犯行形態に基づいて[9]、公共の場に居合わせた人を狙う無差別大量殺傷型[10]、強盗殺人や暴力団事件、保険金殺人や放火などを含む犯罪型[11]、一家心中の家族対象大量殺傷事件[12]、それから精神疾患や薬物中毒が原因となるケースにも触れている[13]。
法務省法務総合研究所による2013年の研究報告では、上記FBIの定義を紹介した上で、ほかにも「しばしば数分又は数時間という短い時間の単一の事件として同じ場所で数人を殺害すること」[14]との定義や「殺人と殺人の間に冷却期間がなく、1か所で3人以上を殺害すること」[15]との定義を併記している[16]。
主な大量殺人事件[編集]
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事件名 | 年 | 場所 | 犠牲者数 | 犯人のその後 |
---|---|---|---|---|
マウンテン・メドウの大虐殺(英: Mountain Meadows massacre) | 1857年 | ![]() |
死者100 - 140人 | 死刑執行 |
バス学校爆破事件 | 1927年 | 死者45人 | 自殺 | |
ゴードン・ノースコット事件 | 1928年 | 死者20人 | 死刑執行 | |
津山事件 | 1938年 | ![]() |
死者30人・負傷3人 | 自殺 |
カナディアン航空機爆破事件 | 1949年 | ![]() |
死者23人 | 死刑執行 |
ユナイテッド航空629便爆破事件 | 1955年 | ![]() |
死者44人 | 死刑執行 |
テキサスタワー乱射事件 | 1966年 | [注釈 2] | 死者14人・負傷31人射殺 | |
シェル湖殺人事件(英: Shell Lake murders) | 1967年 | ![]() |
死者9人 | 獄中で死亡 |
慶尚南道宜寧郡事件 | 1982年 | ![]() |
死者57人(諸説あり) | 人質と共に自爆 |
サン・イシドロ・マクドナルド銃乱射事件 | 1984年 | ![]() |
死者21人・負傷19人 | 射殺 |
カンポ・エリアス・デルガード事件 | 1986年 | ![]() |
死者29人・負傷12人 | 射殺 |
パシフィック・サウスウエスト航空1771便墜落事故 | 1987年 | ![]() |
死者43人 | 自殺 |
ハンガーフォード事件(英: Hungerford massacre) | ![]() |
死者16人・負傷15人 | ||
モントリオール理工科大学虐殺事件 | 1989年 | ![]() |
死者14人・負傷14人 | |
ハッピーランド放火事件 | 1990年 | ![]() |
死者87人 | 懲役4350年・獄中で死亡 |
ルビーズ銃乱射事件 | 1991年 | 死者23人・負傷20人 | 自殺 | |
ブラウンズ・チキン事件(英: Brown's Chicken massacre) | 1993年 | 死者7人 | 終身刑 | |
マクペラの洞窟虐殺事件 | 1994年 | ![]() |
死者29人・負傷125人 | 犯行現場で暴行され死亡 |
建国門事件 | ![]() |
死者24人・負傷30 - 80人 | 射殺 | |
ダンブレーン事件(英: Dunblane_massacre) | 1996年 | ![]() |
死者17人・負傷17人 | 自殺 |
ポートアーサー事件 | ![]() |
死者35人・負傷15人 | 終身刑 | |
サヌア事件(英: Sana'a school shooting) | 1997年 | ![]() |
死者6人・負傷12人 | 死刑執行 |
コロンバイン高校銃乱射事件 | 1999年 | ![]() |
死者13人・負傷24人 | 自殺 |
石家荘爆発事件 | 2001年 | ![]() |
死者109人・負傷38人 | 死刑執行 |
ネパール王族殺害事件 | ![]() |
死者9人 | 自殺とされているが未確定 | |
ツーク州議事堂銃乱射事件(独: Zuger Attentat) | ![]() |
死者14人・負傷18人 | 自殺 | |
エアフルト事件 | 2002年 | ![]() |
死者17人・負傷 7人 | |
ナンテール事件(仏: Tuerie de Nanterre) | ![]() |
死者8人 | ||
大邱地下鉄放火事件 | 2003年 | ![]() |
死者192人・負傷 148人 | 無期懲役・獄中で死亡 |
レッドレイク高校事件(英: Red Lake shootings) | 2005年 | ![]() |
死者9人 | 自殺 |
漣川軍部隊銃乱射事件 | ![]() |
死者8人・負傷 2人 | 死刑判決 | |
キャピトルヒル事件(英: Capitol Hill massacre) | 2006年 | ![]() |
死者6人・負傷 2人 | 自殺 |
バージニア工科大学銃乱射事件 | 2007年 | 死者32人・負傷29人 | ||
ヴィネンデン銃乱射事件 | 2009年 | ![]() |
死者15人・負傷9人 | |
ビンガムトン銃乱射事件 | ![]() |
死者13人・負傷4人 | ||
クウェート結婚式放火事件(英: 2009 Kuwait wedding fire) | ![]() |
死者57人・負傷90人 | 死刑執行 | |
2011年ツーソン銃撃事件 | 2011年 | ![]() |
死者6人・負傷14人 | 終身刑 |
リオデジャネイロ小学校銃乱射事件(葡: Massacre de Realengo) | ![]() |
死者12人・負傷13人 | 自殺 | |
ノルウェー連続テロ事件 | ![]() |
死者77人・負傷100人以上 | 逮捕・禁錮21年 | |
オイコス大学銃乱射事件 | 2012年 | ![]() |
死者7人・負傷3人 | 逮捕 |
オーロラ銃乱射事件 | 死者12人・負傷58人 | 終身刑 | ||
サンディフック小学校銃乱射事件 | 死者26人・負傷1人 | 自殺 | ||
シャルリー・エブド襲撃事件 | 2015年 | ![]() |
死者12人・負傷11人 | 射殺 |
パリ同時多発テロ事件 | 死者130人超・負傷300人超 | 射殺など | ||
サンバーナーディーノ銃乱射事件 | ![]() |
死者14人・負傷23人 | 射殺 | |
2016年ニーストラックテロ事件 | 2016年 | ![]() |
死者84人・負傷数百人 | 射殺 |
オーランド銃乱射事件 | ![]() |
死者49人・負傷53人 | 射殺 | |
2017年ラスベガス・ストリップ銃乱射事件[17] | 2017年 | 死者60人・負傷 867人 | 自殺 | |
ナコンラチャシマ銃乱射立てこもり事件 | 2020年 | ![]() |
死者29人・負傷58人 | 射殺 |
ロブ小学校銃乱射事件[18] | 2022年 | ![]() |
死者21人 | 射殺 |
ノーンブワラムプー銃乱射事件 | ![]() |
死者36人・負傷者10人 | 自殺 |
日本の大量殺人事件[編集]
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- 下記の一覧は1945年以降に日本で発生した「大量殺人事件」とされているものである。
- 事件名の列は都道府県順にソート。一部テロ事件や放火事件も含む(放火によって多くの死者が出た事件は、一般的に大量殺人として扱われないことが多い)。
事件名 | 犠牲者 | 発生年 | 備考 |
---|---|---|---|
寝屋川工場主一家殺害事件 | 6 | 1945年 | 住み込み従業員が一家を虐殺し家財を処分して逃亡。1948年に死刑執行。 |
和歌山一家8人殺害事件 | 8 | 1946年 | 母親に冷たい仕打ちをしたと思いこんだ弟が兄一家を虐殺。死刑判決が出たが後に恩赦され1968年に仮出獄。 |
中間町・雑貨商一家殺害事件 | 6 | 博打で負けたために一張羅を取られた炭鉱夫が逆上して雑貨商一家をツルハシで虐殺。1948年に死刑執行。 | |
日光中宮祠事件 | 6 | 警察は旅館経営者一家が心中したとして処理したが、1955年になって実際は強盗放火事件であったことが判明。実行犯2人が死刑執行になったのは1974年のことであった。 | |
長野県市田村一家7人殺害事件 | 7 | 1946年5月10日、長野県下伊那郡市田村(現:高森町)で一家7人の殴殺死体が発見された[19]。犯行は前夜(5月9日夜)とされ、強盗目的の犯行とされたが、未解決のまま1961年5月に公訴時効を迎え迷宮入りした[20]。 | |
一勝地村農家6人殺害事件 | 6 | 1946年8月29日に熊本県球磨郡一勝地村(現:球磨村)で発生[21]。朝鮮半島へ引き揚げようとした朝鮮人3人による犯行[22]。 | |
下総7人殺し | 7 | 1947年 | 公訴時効成立[23]。 |
帝銀事件 | 12 | 1948年 | 冤罪が指摘されている毒殺事件。容疑者は犯行を否認したまま獄死。 |
北海道音江村一家8人殺害事件 | 8 | 1948年3月31日、北海道空知郡音江村(現:深川市音江町)にて発生[24]。農家の男性(当時39歳)が、自宅から数 km離れた場所に住む一家8人(夫婦と子供6人)を斧で撲殺したとして強盗殺人罪に問われたが[25]、証拠不十分のため[26]、被告人の男性は1949年(昭和24年)6月22日に旭川地裁で無罪判決を言い渡された[27]。その後、旭川地検は判決を不服として札幌高裁に控訴したが、控訴審でも無罪が言い渡され、1952年8月に最高裁で上告が棄却されたため、被告人の無罪が確定した[28]。その後、警察は事件を再捜査しなかったため、同事件は未解決事件となった[29]。 | |
三鷹事件 | 6 | 1949年 | 国鉄三大ミステリー事件のひとつ。 |
北海道拓殖銀行美深支店事件 | 6 | 1950年 | 銀行住宅にいた支店長夫妻とその娘2人、支店長代理夫妻が殺害され支店事務室にあった現金約100万円を強奪。支店長の娘3人は別室にいて助かったが、犯人が特定できず未解決。 |
黒山事件 | 6 | 1951年 | 大阪府南河内郡北八下村(現:堺市美原区)で発生した青物商一家放火殺人事件(未解決)。 |
青森県新和村一家7人殺害事件 | 7 | 1953年 | 青森県中津軽郡新和村(現:弘前市)にて、実家のリンゴ農家に味噌を盗みに入った男が、家にあった猟銃で父親一家7人を射殺[30]。その際に、銃口から出た火が布団に引火して実家が全焼し、長兄の子供1人が焼死(死者計8人)[30]。刑事裁判では「殺人行為におよんだ際は心神喪失状態だった」と認定され、住居侵入のみ有罪(懲役6月・執行猶予2年)となった[30]。 |
福岡県豊津村一家8人殺害事件 | 8 | 1954年 | 福岡県京都郡豊津村(現:豊津町)で発生。家族11人が同棲していた理髪師の男に襲われ8人が死亡。犯人の男は2年後に死刑が確定。 |
茨城・徳宿村精米業一家殺害事件 | 9 | 茨城県鹿島郡徳宿村(現:鉾田市)で発生。毒殺後住居を放火した事件。被疑者が逮捕後に青酸カリで自殺。 | |
仁保事件 | 6 | 著名な冤罪事件のひとつ。 | |
川崎市一家7人殺害事件 | 7 | 1957年 | 高校をノイローゼのため中退した男が家族を皆殺しに。検察は統合失調症と判断し不起訴処分にし精神病院に強制収容措置とした。 |
昭和郷アパート放火事件 | 8 | 東京都昭島市で発生。火災保険金目当てに自宅アパートを放火。類焼により大惨事に。 | |
北海道真狩村一家6人殺害事件 | 6 | 1959年 | 北海道虻田郡真狩村(後志総合振興局管内)で発生。農家で住み込みで働いていた男による犯行。1962年に無期懲役が確定。 |
岩槻一家7人殺害事件 | 7 | 家庭環境に疲れ果てた男が無理心中しようとして自宅を放火。1審では無期懲役であったが控訴審で死刑となり後に確定。 | |
島原酒造元一族殺害事件 | 6 | 1970年 | 祖父の遺言状を契機に自宅と酒造会社常務の地位を剥奪された男が、財産相続した叔母夫婦を猟銃で殺害。自身の家族4人も殺害して自殺[31]。 |
[32] | 両毛病院火災17 | 入院患者6名が病院から脱出するために放火したものとされる。複数人に懲役6年〜12年の実刑判決が確定[33][34]。 | |
三菱重工爆破事件 | 8 | 1974年 | 2名死刑、2名国際手配中。 |
池袋アパート放火事件 | 6 | 1975年 | 家賃免除で生活していた男が、大家に無賃で働かされていた事にむしゃくしゃしてアパートに放火。 |
高知・安芸連続射殺事件 | 6 | 統合失調症の病歴のある男が、近隣の住民を猟銃で無差別発砲。裁判では検察が心神耗弱状態であったとして無期懲役を求刑し、裁判所も無期を言い渡した。 | |
[32] | 静岡沼津ビル火災15 | 1976年 | 放火の容疑者が逮捕されたとされているが、詳細な文献は少ない[35]。 |
熊本・義姉一家ら6人殺害事件 | 6 | 1977年 | 妻に出て行かれた男が妻をかくまっていると疑った義姉一家4人を殺害。自らも子供3人を抱え焼身自殺を図り、うち2人を焼死させて自身も死亡。 |
熊野一族7人殺害事件 | 7 | 1980年 | ノイローゼの男が親族会議の場を斧や猟銃で襲撃。篭城後自殺した。 |
新宿西口バス放火事件 | 6 | 路上生活をしていた建設作業員が通行人に腹を立てたため、バスを放火して6人を殺害した。神経衰弱のため無期懲役が確定し、千葉刑務所で首吊り自殺をした。 | |
夕張保険金殺人事件 | 6 | 1984年 | 首謀者の暴力団組長夫婦が実行犯(自首が認定され死刑求刑に対し無期懲役判決)に放火を指示して犯行に及んだ。主犯夫婦は死刑判決を受け控訴するも、昭和天皇の崩御による恩赦減刑を期待し自ら取り下げ確定。しかしその期待に反して恩赦は行われず、1997年に戦後初めて夫婦2人ともに対して死刑執行された。 |
長崎屋火災 | 15 | 1990年 | 放火として捜査されたが、既に時効が成立している。 |
北九州市6人死亡放火事件 | 6 | 1994年 | 放火により、2家族6人が焼死。男子中学生(15)が自白し現住建造物等放火で逮捕されたが、証拠が乏しいこと、自白が信用できないこと、秘密の暴露がないことなどから、放火については福岡家裁の審判で不処分(無罪)となった[36]。公訴時効成立。 |
松本サリン事件 | 7 | ||
地下鉄サリン事件 | 12 | 1995年 | |
横浜・麻雀店放火事件 | 6 | 1999年 | 麻雀店の経営者と店長が喧嘩し、店長が放火したため経営者と客ら6人が死亡し自身も焼死した。 |
宇都宮宝石店放火殺人事件 | 6 | 2000年 | ギャンブルによる多額の借金を抱え返済に行き詰っていた男が貴金属類を奪い従業員らを焼殺した。 |
附属池田小事件 | 8 | 2001年 | 小学校で発生した刃物による無差別殺傷事件。犯人はその他多くの傷害事件を日常的に起こしていた。 |
歌舞伎町ビル火災 | 44 | 2001年 | 日本で発生した火災としては戦後5番目の被害であり、多くの死傷者を出した原因は、ビル内の避難通路の確保が不十分であったためとされる。出火原因は放火とみられているが、2023年現在も未確定である。 |
加古川7人殺害事件 | 7 | 2004年 | 近隣に住む親類らに恨みを抱いていた男が親類の2家族7人を殺害し、1人に重傷を負わせた。 |
知多市一家6人心中殺人事件 | 6 | 2005年 | 生き残った兄が5人の殺人と弟に対する嘱託殺人で起訴され、検察は情状酌量の余地があるとして無期懲役を求刑、裁判所は無期懲役を言渡した。 |
秋葉原通り魔事件 | 7 | 2008年 | 電子掲示板荒らしに対する抗議の表明として元自動車工場派遣社員が東京・秋葉原の繁華街にトラックで突っ込み、通行人らをナイフで殺傷した。2015年に死刑判決が下され、2022年に死刑が執行された。 |
大阪個室ビデオ店放火事件 | 16 | 会社をリストラされた男が「生きていくのが嫌になった」として大阪・難波の雑居ビル1階の個室ビデオ店に放火し16人を殺害。2014年に死刑が確定するも、2022年時点で再審請求中。 | |
川崎市簡易宿泊所火災 | 11 | 2015年 | 報告書において放火であると結論付けられた。 |
熊谷連続殺人事件 | 6 | ペルー史上最悪の大量殺人鬼を兄に持つペルー人の男が熊谷市内の住宅街で次々と住宅に侵入し住民6人を殺害した。 | |
相模原障害者施設殺傷事件[37] | 19 | 2016年 | 知的障害者福祉施設に元施設職員の男が侵入し、入所者19人を刺殺した。 |
北九州市簡易宿泊所放火事件 | 6 | 2017年 | 捜査中。2022年に出火原因を放火と断定[38]。 |
日立妻子6人殺害事件 | 6 | 茨城県日立市で父親が妻子6人を殺害し、自宅に放火した。 | |
高千穂6人殺害事件 | 6 | 2018年 | 宮崎県西臼杵郡高千穂町の民家にて小学生の子供含む一家5人と知人男性の計6人の遺体が発見。犯人の次男は橋から飛び降り自殺。 |
京都アニメーション放火殺人事件 | 36 | 2019年 | 京都府京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオに男が侵入し、ガソリンを撒き放火した。 |
大阪北新地ビル放火殺人事件 | 26 | 2021年 | 大阪府大阪市北区の堂島北ビルで、男がガソリンを撒いて放火した。容疑者の男も重体で病院に搬送されるが後に死亡した。 |
関連書籍[編集]
- 大量殺人者(タイム・ライフ編、北代晋一訳、同朋舎出版、1994年)ISBN 4810420981
- 快楽殺人の心理 : FBI心理分析官のノートより(ロバート・K.レスラーほか著、狩野秀之訳、講談社、1995年)ISBN 4062073714、ISBN 4062562715(文庫版)
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ 越智 2013, p. 27.
- ^ 村野薫 2002, p. 3.
- ^ 影山 2010, p. 163.
- ^ 影山 2010, p. 164.
- ^ 影山 2010, pp. 164–165.
- ^ 影山 2010, p. 165.
- ^ a b c 越智 & 木戸 2010, p. 114.
- ^ “Serial Murder - Federal Bureau of Investigation”. Fbi.gov. 2009年12月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月25日閲覧。
- ^ 越智 2013, pp. 27–28.
- ^ 越智 2013, p. 28.
- ^ 越智 2013, pp. 31–32.
- ^ 越智 2013, pp. 33–34.
- ^ 越智 2013, p. 34.
- ^ Walsh, Anthony (2009). Race and Crime: A Biosocial Analysis. Nova Science Publishers. ISBN 9781604566895
- ^ C・R・バートル, A・M・バートル 著、羽生和紀 訳『犯罪心理学 行動科学のアプローチ』北大路書房、2006年。ISBN 4762824798。
- ^ 法務省法務総合研究所 (2013). 無差別殺傷事犯に関する研究 (Report) .
- ^ 「FBI、ラスベガス銃乱射の捜査終了 動機は特定されず」『CNN』ワーナー・メディア・ニュース・スポーツ、2019年1月30日。2020年2月16日閲覧。オリジナルの2020年2月16日時点におけるアーカイブ。「そうした気質が今回の大量殺人に…」
- ^ “米テキサスの小学校乱射事件 その日、何が起きたのか”. BBC (2022年5月26日). 2022年5月26日閲覧。
- ^ 村野薫 2002, p. 72.
- ^ 村野薫 2002, pp. 72–73.
- ^ 村野薫 2002, p. 93-95.
- ^ 村野薫 2002, p. 95.
- ^ 下総の七人殺し時効『毎日新聞』昭和37年(1962年)5月5日朝刊千葉版
- ^ 斎藤充功 2014, p. 104.
- ^ 斎藤充功 2014, pp. 105–106.
- ^ 斎藤充功 2014, p. 108.
- ^ 斎藤充功 2014, p. 103.
- ^ 斎藤充功 2014, p. 109.
- ^ 斎藤充功 2014, pp. 109–110.
- ^ a b c 最高裁判所事務総局判例調査会『高等裁判所刑事判例集』第11巻第4号、最高裁判所事務総局、1958年、169-187頁。 - 青森県新和村一家7人殺害事件の被告人に対し宣告された仙台高等裁判所秋田支部判決(1958年3月26日)および、その原判決(青森地方裁判所弘前支部:4月5日宣告)を収録。
- ^ 遺産数億円 骨肉の憎悪 キリシタンの町 島原の射殺事件 猟銃を車に次々と犯行『朝日新聞』1970年(昭和45年)2月2日朝刊 12版 15面
- ^ a b 昭和以降の大規模火災:2000年代の半数は放火
- ^ "特異火災事例 両毛病院" 消防防災博物館 一般財団法人 消防防災科学センター
- ^ 宇都宮地方裁判所足利支部 昭和45年(わ)89号 判決
- ^ "特異火災事例 三沢ビル(らくらく酒場)" 消防防災博物館 一般財団法人 消防防災科学センター
- ^ 6人焼死事件 中3少年の放火は「無罪」 長時間聴取で自白も/福岡家裁審判『読売新聞』平成7年(1995年)2月11日東京朝刊31頁
- ^ 曽田晋太郎「<傍聴記>「皆さまにおわび」誰に 相模原事件・地裁初公判」『東京新聞』中日新聞社、2020年1月9日、朝刊。2020年2月16日閲覧。オリジナルの2020年2月16日時点におけるアーカイブ。「優生思想を背景とした戦後類を見ない大量殺人事件」
- ^ “6人死亡のアパート火災を放火と断定 発生から5年、福岡県警”. 朝日新聞. 2023年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月25日閲覧。
参考文献[編集]
- 越智啓太『ケースで学ぶ犯罪心理学』(初)北大路書房、2013年9月20日。ISBN 978-4-7628-2815-7。
- 越智啓太; 木戸麻由美「大量殺傷犯人の属性と犯行パターン(1)日本における大量殺傷事件の類型」(pdf)『法政大学文学部紀要』第62巻、法政大学文学部、2010年 。
- 影山任佐『犯罪精神病理学 : 実践と展開』金剛出版、2010年8月。ISBN 978-4-7724-1154-7。 NCID BB03242415。
- 村野薫『日本の大量殺人総覧』新潮社、2002年12月20日。ISBN 978-4104552153。 NCID BA61864222。
- 斎藤充功 著、中園努(編集人) 編『ザ・歴史ノンフィクション 戦後日本の大量猟奇殺人 教科書には載せられない悪魔の事件簿 その”黒い霧”に隠されたタブーの正体』41号(初版第1刷発行)、ミリオン出版(発行所)・大洋図書(発売元)〈X-BOOK ミリオンムック〉、2014年12月10日。ISBN 978-4813071419。