古賀茂明

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こが しげあき
古賀 茂明
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池袋にて(2016年)
生誕 1955年8月26日(60歳)
日本の旗 日本 長崎県
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部
職業 古賀茂明政策ラボ代表
元通商産業省(現・経済産業省)官僚
「改革はするが戦争はしない」プラットフォーム「フォーラム4」代表

古賀 茂明(こが しげあき、1955年(昭和30年)8月26日 - )は、日本の元通産経産官僚である。マクロ経済、産業政策に精通。エコノミスト。

「改革はするが戦争はしない」フォーラム4代表。古賀茂明政策ラボ代表。2015年外国特派員協会から「報道の自由の友」賞(Friend of the Free Press)受賞。

経産官僚時代から一貫して改革路線を貫き、既得権益と戦い続けた。経済政策に詳しいが、戦う姿勢に注目が集まり、「改革派官僚」「戦う官僚」と呼ばれた。

天下りを受け付けず退職後も、ぶれない姿勢で橋下前大阪市長や細川護煕元首相のブレーンとして政策面でのサポートを行ってきた。

来歴[編集]

長崎県佐世保市生まれ。その後東京に移り、麻布中学校・高等学校卒業[1]。高校の同期生に湯浅卓大西洋がいる。東京大学教養学部文科1類を経て東京大学法学部に進学[2]1980年(昭和55年)、東大法学部を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。[3]。同期入省に西山英彦石黒憲彦経済産業審議官)、立岡恒良経済産業事務次官)が、1期上に民進党江田憲司などがいる。

政策と行動力で頭角[編集]

外務省プレトリア日本国総領事館領事などを経て、通産省や後継の経産省では大臣官房会計課法令審査委員、経済産業政策局経済産業政策課長を歴任する。

プレトリア領事では、当時アパルトヘイト政策の中で、積極的に南ア最大の独立運動組織・アフリカ民族会議(ANC)の黒人活動家や黒人ビジネスマンとの関係構築に動き、その後、故ネルソン・マンデラ元大統領が釈放されANC副議長となった時に、日本大使館訪問を実現させた。

帰国後は、産業構造課課長補佐として、日米構造協議を取りまとめ、日本の不透明な行政指導や審議会の公開に道筋をつける。また、当時から、労働時間短縮、女性が子供を産んでも働き続けられる少子化問題の研究会を作った。

産業組織課長では、当時財閥の復活につながると反対一色で、実現不可能とされた「持株会社の解禁(当時禁止していたのは日本と韓国だけだった)」について、経営の選択肢が広がり、従業員の働き方も向上できるとして、故橋本元総理と組んで、実現にこぎつけた。後に著書で、「不可能が可能になることを知った」と書いている。

1993年(平成5年)大臣官房会計課の筆頭課長補佐、法令審査委員となる。大臣官房の総務課、会計課、秘書課の三法令審査委員は出世コースのど真ん中とされ、実際、同期の立岡恒良は、秘書課の法令審査委員で次官に就任、石黒憲彦は総務課の法令審査委員で、次官級の経産審議官となった。当時は、同期の出世頭だった。

1996年(平成8年)OECDに出向した際には、当時OECD内で進められていた電力自由化と発送電分離について、電力会社の独占が続く日本でも導入すべく、OECDに働きかけ、「電力自由化」勧告を日本に向けて出した。すでに、この時から、電力会社の独占状態を改革する動きに出ている。

その後、1999年(平成11年)に産業再生機構執行役員、経済産業政策課長としてカネボー、ダイエーの再生などを行う。再生機構では、不良債権の高値買い取りで損失を縮小させたい銀行の出向組から不良債権処理のプロにスタッフを入れ替え、公正な評価に基づく価格で買い取って、再生させた。最終的には、国民に負担を押し付けることなく、解散時には、400億円を国庫に戻した。

一貫して経済改革に取り組んできたことで、省内で「改革派」と目されていた。

エリートコースの筆頭、産業政策課長に就任し、構造改革を行うために、消費税や社会保障問題破たんしているのではないかという試算や、農協・医師会が嫌がる農協改革、医療改革など既得権益に切り込もうとした。当時、経済動向のシミュレーションを一緒に行ったエコノミストの森永卓郎氏は、「10年に1人の逸材と言われる位知れ渡っていた」と後に語っている。(テリー伊藤との対談)

既得権益との闘いで次官・大臣と対立 天下り根絶目指す[編集]

ところが、、各省庁にまたがる権益にまで手を付ける改革だったため、当時の次官と対立。中枢ポストを外される。

2005年(平成17年)に外局中小企業庁部長、その後中小企業基盤整備機構出向となった。

2006年(平成18年)には大腸癌の手術を受け抗がん剤の投与を受けるようになる。

2007年(平成19年)には茨城県つくば市にある独立行政法人産業技術総合研究所に異動。

2008年(平成20年)、渡辺喜美行政改革担当相から乞われ、内閣官房に設置された国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に就任。渡辺喜美行政改革担当相の下で「年功序列人事の廃止」「天下り規制の強化」「事務次官廃止」などの急進的な公務員制度改革を進め「改革派の騎手」となる。

2009年に民主党政権が誕生し、公務員制度改革に意欲的だったはずの民主党だが、霞が関を仕切れず、当初仙谷由人行政刷新担当大臣から補佐官を要請されたが、財務省の激しい抵抗にあい、公務員制度改革推進本部事務局の幹部全員が更迭となった。

2009年(平成21年)12月、経済産業省の「経済産業省大臣官房付」に異動。この間に民主党が、仕事がないが給料は高い「専門スタッフ職」の新ポストを作ったり、現役官僚の各種団体や民間企業への出向、「現役出向」を拡大する「退職管理基本方針」を決め、当初の「脱官僚、天下り根絶」とは逆行するものだった。これに対して、現役官僚では異例だが、実名で、公務員制度改革案の題点を指摘する論文をいくつかの雑誌に発表、広く名前を知られるようになる。当時の心境を著書の中で、「メディアを通じて国民にもっと問題点を伝えていかなくてはと言う焦りから表立った指摘を行った」と述べている。

この雑誌発表がきっかけで、経産省内の風当たりが強くなり、民間企業への天下りを打診される。年収1500万円の大手民間企業の研究所だったが、公務員制度改革で「不正義」だと主張してきたことを自ら受けることは出来ないと断った。

そして、2010年10月の国会審議で、みんなの党の小野次郎参議院議員から「天下り根絶と言うスローガンが骨抜きになっている」として意見を述べるよう求められ、天下りの本質的な問題点や民主党が決めた「退職管理方針」によって天下り根絶とは逆行する政策が実施されていること明らかにした。

これに対して、この後、仙谷由人官房長官が小野次郎議員に、「こういうやり方ははなはだ彼を傷つけると思います。優秀な人だけに、大変残念に思います」と述べたことで、議場からは「恫喝だ!」と言う野次が飛び、騒然となった。発言の意図は脅しであり、明らかに恫喝であった。

原子力ムラとの闘い [編集]

2011年(平成23年)4月には日本ではじめて東京電力の破綻処理策を提起して原子力ムラと対決した。政府は電力会社を救うための原子力損害賠償支援機構を作って、電力料金で賠償と、事故処理を賄う形にしたため、結局は国民負担となることから、破たん処理をして、金融機関や株主にも応分の負担を取らせ、国民負担を最小限に抑えるのが筋としている。しかし、破たん処理を避けたい電力会社や、損をこうむりたくない金融機関の意向で、その案は採用されなかった。当時、枝野官房長官は、金融機関にも応分の負担をということを言ったが、何も実現されていない。

そして、6月、7月15日までに辞職届を提出するよう海江田万里経済産業大臣及び松永和夫経済産業事務次官から通達されるが、これに応じなかった。同年7月には事実上の退職勧奨である民間出向の打診も受けたがこれも拒否した。しかし、枝野幸男経産相の就任後に同省の立岡恒良官房長から「枝野大臣は辞める手続きを進めてくれと言っている」と連絡があったため、9月26日付で辞職することを明らかにした。

ところが枝野経産相は「私が直接対応すべき事務次官級幹部官僚人事ではない。事務次官以下に任せる」との発言があったため、幹部官僚の人事は大臣自ら判断すべき事項だとする古賀は、「これは民主党が提言した党主導で行う官僚人事のひとつであり、官僚である事務次官以下で決めるのはおかしい。辞表を撤回して再度(枝野に)大臣としての判断を求める」としていたが、経産省の官房長から退職を促されたために、9月22日、同月26日付で辞職する内容の辞表を提出した。

官僚や体制についての著書も執筆し、2011年の年間ベストセラー総合書籍ランキング(オリコン調べ、集計期間2010年12月 - 2011年11月)では、「官僚の責任」(2011年7月出版)が約40万部売れ19位に、「日本中枢の崩壊」(同年5月出版)が約39万部売れ26位にランクインしている[4]。古賀は後に当時のことを「僕のときは全然、前例がなくて、役所の中で実名でめちゃくちゃ告発を始めたときに、向こうはこいつと思って、いろいろ封じ込めようと思ったんでしょうけれど、僕が常に彼らの想定外のことをやり続けて、どんどん向こうが墓穴を掘ってたって感じでしたね。『日本中枢の崩壊』も事前に秘書課と広報室に出したんですよ、それで内容を検閲してくださいって言った。ところが2週間ぐらいじっと時間がたっても、何も文句を言ってこれない。」と語っている[5]

天下り断り、政策ブレーンに [編集]

2011年11月、大阪市長に就任した橋下市長から、大阪府と大阪市による「大阪府市統合本部」の特別顧問の就任要請があり、引き受ける。大阪府市の行政改革に携わるとともに、「大阪府市エネルギー戦略会議」の委員にも就任、脱原発のエネルギー戦略に取り組む。脱原発を実現するために、原発コストや安全対策の開示など、様々な観点から不透明だった原発の実態について追及し、関西電力と対立した。

2014年東京都知事選挙に「脱原発」を主張する細川護熙のスタッフとして参加した。[6]細川の信頼は厚く、政策作りを任されるが、細川周辺が改革的な政策を警戒し、陣営の共通の政策として浸透しなかった。

細川は3位で落選した。細川陣営とは、後に決裂している。

『報道ステーション』を降板、『フォーラム4』立ち上げ[編集]

2011年から続いた報道ステーションの金曜コメンテーターを務め、古舘伊知郎のブレーン的な存在でもあったが、2015年 (平成27年) 3月 テレビ朝日の意向で降板させられる。

1月の放送の中で、ISILに拘束された後藤健二さんを救うために、自分達は、アメリカに追随して戦争ができる国にしたい安倍総理とは違うということを示すべきで、自分だったら、「I am not ABE」のプラカードを掲げて、日本人は違うということを伝えると発言したことで、官邸の怒りを買い、テレビ朝日にクレームが入った。

報道ステーションでは、3週間に一度の割合で出演し、他にもグローバルな視野の特集にたずさわり、被災地や大飯原発からの中継など、様々なテーマに切り込んだ。

同年3月に「改革はするが戦争はしない」プラットフォーム『フォーラム4』を立ち上げる。2015年5月、外国特派員協会から「報道の自由の友」賞(Friend of the Free Press)」受賞。

「停電テロ」発言[編集]

2012年5月17日、古賀はテレビ朝日モーニングバード』において大飯原発の再稼働を批判し、その中で「火力発電所でわざと事故を起こす、あるいは事故が起きたときにしばらく動かさないようにして、電力が大幅に足りないという状況を作り出してパニックをおこすことにより、原子力を再稼動させるしかないという、いわば停電テロという状態にもっていこうとしているとしか思えない」と発言した[7][8]が、関西電力は「当社として、そのような事を検討している事実は一切ありません。」と公式に発表した[8]。2012年5月29日、古賀は発言の主旨について「経産省と関電が去年の夏から今年の春にかけて、電力確保のためにほとんど何もやっていなかったのではないか、ということを言いたかった」と釈明した[9]

「I am not ABE」[編集]

2015年1月13日に報道ステーションでコメンテーターとして生出演していた古賀は、ISILによる日本人拘束事件について、「安倍総理はカイロの演説で、ISILと戦う国には支援を行うと発言したが、すでに誘拐されていることが分かっていたのに、誘拐犯と戦う人を支援すると言ったら、誘拐犯を刺激する。日本は、アメリカやイギリスと同じような戦争をする国だと思われつつある。私達は、後藤さんのような人こそ助けなくてはいけないと思っていて、安倍さんとは違うんだということを、私だったら、『I am not ABE』と言うプラカードを掲げて、日本人は違いますよと、戦後ずっと戦争をしていませんよと。憲法では、日本のことを攻めてこないような人たちのことを一方的に敵だなんて絶対に言いませんよと伝える。」と発言した。この発言の真意について、古賀は、神奈川新聞のインタビューで「首相によって、日本のイメージが根本的に変えられようとしていて、今止めなければ取り返しのつかないことになると考えました。安倍首相のやろうとしていることは日本人の気持ちではない、と考えた上での発言です。」と説明している[10]

報道ステーション騒動[編集]

2015年3月27日に報道ステーションでコメンテーターとして生出演していた古賀は、「テレビ朝日の早河洋会長と古舘プロジェクトの会長の意向で今日が最後ということになりました」「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんにはバッシングを受けてきた」と話し、「I am not ABE」と書かれたフリップを提示し、「官邸からまたいろんな批判が来るかもしれないが、陰で言わないでほしい。直接私のところに文句を言ってきて」と発言した。[11][12]

古賀は官邸からバッシングを受けた証拠として、独立系ニュースメディアからのインタビューで、菅官房長官がISILによる日本人拘束事件に関する報道に関して「いや、誰とは言わないけどね。ひどかったよね、本人はあたかもその地に行ったかのようなことを言って、事実と全然違うことを延々としゃべってる。放送法から見て大丈夫なのかと思った。放送法がある以上、事実に反する放送をしちゃいけない。本当に頭にきた。俺なら放送法に違反してるって言ってやるところだけど。」と書かれている報道関係者のオフレコのメモがあることを根拠にしており[13][14][15][16][17][18]、現在の日本で何が起きているか、みんなに考えてもらうための一石を投じたかったと発言の理由について説明している。

早河会長は、4月の番組改編に合わせ「報道ステーション」を含む各ニュース・情報番組の内容強化を現場に指示はしているが、古賀に限らず個別で降板を指示したことはないと否定している[19][20]。3月30日、菅官房長官は記者会見で古賀の発言について「全くの事実無根。言論や表現の自由は大事だが、事実に反するコメントを公共の電波を使って報道したことは、極めて不適切だ」と番組を批判し、「放送法という法律がある。まずテレビ局がどのような対応をするか、しばらく見守りたい」とテレビ朝日に対応を迫る発言をした。[21]。同日、報道ステーションで古舘キャスターが「古賀さんがニュースと関係ない部分でコメントしたことは残念」「テレ朝としては、こうした事態を防げなかったことはテレビをご覧の皆さまにおわびしないといけない」と謝罪し[22]、31日には早河会長が記者会見で、「出演をめぐる私的なやり取りが番組内で行われたことは、あってはならない。ああした事態に至ったことは反省しており、皆さまにおわびしたい」と関係者に陳謝した。[20][23]

人物[編集]

  • twitterで日本のメディアに対して「独裁と戦争へ向かうホップ、ステップ、ジャンプ」という言葉で、ホップをマスコミのトップと総理が会食したり、官邸からクレームが入る報道の自由への抑圧、ステップをクレーム対応や取材への支障を恐れた報道機関が何も言われなくても圧力無しで自ら報道の自粛を開始し国民を洗脳する体制迎合、ジャンプを選挙による独裁政権の誕生と考えたとき、現在の日本は第2段階のステップまできているとつぶやいている。[24][25][26][27][28][29][30][31][32][33][34][35][36]
  • 2010年(平成22年)10月15日の参議院予算委員会に古賀はみんなの党の参考人招致を受けて出席し、政府の天下り対策や公務員制度改革を批判した。それに対し、内閣官房長官仙谷由人が「上司として一言…こういうやり方ははなはだ彼の将来を傷つけると思います」と発言し、「恫喝」であるとして話題になった[37]
  • 2011年(平成23年)9月8日、大阪維新の会大阪府知事選挙出馬要請するも、辞退[38]
  • 2011年(平成23年)12月13日、大阪新市長に橋下徹、大阪府新知事に松井一郎が当選就任したことに伴い、「府市統合本部」顧問就任の要請があり、古賀はこれを快諾した。後に橋下陣営とは袂(たもと)を分かつこととなった。

政策[編集]

  • フォーラム4提唱者。フォーラム4の基本理念は『改革はするが、戦争はしない』『改革』とは『格差を縮小し、働く人々と真の弱者のための改革』。より具体的には、以下のような基本理念を掲げている。『子どもの未来と国民の命を最も優先する。政治の透明化を徹底的に進める。民間でできることは民間に任せる。地方にできることは地方が行なう。電力会社、医師会、農協などの既得権グループの利権をなくし、私たち市民に還元する。』『自由主義と資本主義を基本とする。グローバリゼーションを否定せず、市民のために活用する。公正な競争は促進するが、普通に頑張れば普通に幸せな暮らしができる社会を目指す。成長のための改革を実施するが、大量生産大量消費をやめて、市民生活の質を重視する。』『自然とともに、自然を生かし、自然に生かされる生き方を基本とする。地方再生の柱に自然エネルギーを位置づける。原発は再稼動せず、世界一の自然エネルギー大国を目指す。』『軍事偏重の「積極的軍事主義」ではなく、真の平和主義に立脚した外交・安全保障政策を実施する。集団的自衛権の行使は違憲であるとの立場を堅持し、認めない。戦後の日本が70年かけて築いた平和な暮らしを誇りとし、これを守るために憲法9条改正に反対する(ただし、平和主義をより厳格に規定するために憲法改正について議論することを否定しない)。海外で米国と一緒に戦う日本というイメージを払拭し、武器を使わず人道支援しかしない日本の平和ブランドを取り戻す。』『情報公開を徹底的に進め、表現の自由、報道の自由を回復する。』[39]
  • 安全保障における主張の中には「戦争国家への11本の矢」というものがあり、集団的自衛権や特定秘密保護法、武器輸出解禁など、少しずつ小出しに進んでいく変化の中で、徴兵制につながる恐れがあることを指摘している。[40][41]中でも、少人数の閣僚だけで重要な決定ができてしまう日本版NSC、誰の責任かを隠し通すことができ、判断を誤らせかねない秘密保護法、日本が直接関係ない戦争に参加する恐れが出る集団的自衛権を恐怖の3点セットと語り、1つ1つを切り離して見るのではなく、セットとして考えたときにどういう意図が隠されているかを注視するべきだとtwitterでつぶやいている。[42]
  • 経済については、経産省を辞めた頃、2011年ごろから一貫して、「改革なき増税はギリシャへの道」、「増税とバラマキのスパイラルになってしまう」という言葉を用いて、ギリシャも増税していたのに財政の危機を迎えたこと、このままでは増税とバラマキを繰り返しながら一向に財政は改善せず、10%に増税してもすぐに15%の話が出てくる未来が予測できることと、財政の悪化を防ぐためには、ただ増税するだけでなく、農業、医療、エネルギーの分野で改革をすることが必要であると主張しており、2013年9月にはツイッターで「私が2年前に経産省を辞めた直後から言っていたことが、現実のものに。10%にしても全く焼け石に水。すぐに15%の話が出ます。そして経済対策の名目でまたバラマキ。さらに20%へ。ギリシャやスペインと同じ道です。」と語っている。[43][44]
  • ISILによる日本人人質事件においては、動画が公開された2015年1月よりも以前の、2014年11月の段階で、後藤健二さんの妻宛に犯人側からメールが届き、すでに水面下では交渉が行われ、外務省も把握していたことが明らかにされたことを受け、官僚として働いていた経験から、官僚はリスクを嫌うので、上司に報告して自分の責任を免れるという観点から、外務省の官僚が事実を知れば、それは省内では大臣まで、官邸にもほぼリアルタイムで報告され、直ちに総理や官房長官の知るところとなったであろうこと、官僚なら、中東に行く前に官房機密費などで人質を解放してもらおうという案も考えたであろうことを挙げ、日本人に危険が迫っていることをあらかじめ知っていた上で中東に行き、エジプトのスピーチをしたとすれば、本当に人命を最優先で考えていたのかという点に疑問を投げかけ、屈しない姿勢をアメリカに認めてもらいたかったのではないかという指摘をした。[45][46]
  • マイナンバーを政治資金監視のために使うべきだと提案している。[47]
  • 古賀は各種報道媒体で公務員改革の主張や東京電力批判などをするようになってからは、川崎市の自宅玄関前に血を流したハクビシンの死体が置かれるなどの嫌がらせを受けたと述べている。[48]

経歴[編集]

一貫して、いかなる組織にも所属せず、個人として活動を続けている。古賀茂明政策ラボ代表

テレビ番組[編集]

連載記事[編集]

  • 週刊現代「官々愕々」
  • 週刊プレイボーイ「古賀茂明政経塾」
  • 週刊エコノミスト「闘論席」

メルマガ[編集]

  • 現代ビジネス 古賀茂明「改革はするが戦争はしない」フォーラム4(https://mall.ismedia.jp/ )

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 古賀茂明「原発震災を防げなかった本当の理由とは」ビデオニュース・ドットコム2011年6月18日
  2. ^ 古賀茂明『官僚の責任』PHP新書。
  3. ^ 古賀茂明『官僚の責任』PHP新書。
  4. ^ 日本経済新聞 2012/2/20 7:00 [1]
  5. ^ 『東京ブラックアウト』若杉冽×古賀茂明 告発対談 前編
  6. ^ 古賀茂明「日本再生に挑む」官々愕々 成長戦略としての「原発即ゼロ」[2]
  7. ^ “「関電が停電テロ狙うかも」 大阪市顧問・古賀氏発言”. 朝日新聞. (2012年5月19日). http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201205190013.html 
  8. ^ a b 本日のテレビ朝日「モーニングバード」での、今夏の電力需給に関する報道内容についての当社からのお知らせ”. 関西電力 (2012年5月17日). 2012年9月9日閲覧。
  9. ^ “「停電テロ」発言で釈明=大阪府・市特別顧問の古賀氏”. 時事通信. (2012年5月29日). http://jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012052900516 
  10. ^ 2015/03/05 11:53 【神奈川新聞】 時代の正体<72>「イスラム国」は問う 古賀茂明さんに聞く(上) 不戦国へ立ち返れ
  11. ^ 毎日新聞 2015年03月28日 10時40分 報道ステーション:番組降板の古賀氏、古舘氏とハプニング
  12. ^ 毎日新聞 2015年03月28日 11時57分
  13. ^ 菅官房長官が古賀茂明を攻撃していた「オフレコメモ」を入手1
  14. ^ 菅官房長官が古賀茂明を攻撃していた「オフレコメモ」を入手2
  15. ^ 古賀茂明氏、その後単独インタビュー ~官邸編~
  16. ^ 古賀茂明氏、その後単独インタビュー ~テレビ朝日編~
  17. ^ 「報道ステーション」終了直後の古賀茂明氏に岩上安身が緊急直撃インタビュー!
  18. ^ 元経産官僚・古賀茂明氏インタビュー
  19. ^ 出演が無くなる経緯
  20. ^ a b 産経新聞 2015.3.31 16:12「報ステ」不規則発言でテレ朝会長陳謝 番組への「圧力めいたもの一切ない」[3]
  21. ^ 「官邸がバッシング」 菅氏「事実無根」 「報ステ」元官僚発言に反論 - 東京新聞2015年3月31日
  22. ^ 共同通信 2015年3月30日 23時16分 古賀氏発言、古舘さん「残念」 報ステ番組で
  23. ^ 読売新聞2015年3月30日13版38面、31日13S版37面、4月1日13S版38面
  24. ^ 独裁と戦争へ向かうホップ、ステップ、ジャンプ
  25. ^ ホップ、ステップ、ジャンプ
  26. ^ 大手メディアで働く記者の悩みの声「子供がまだ小さいので」「社内の立場が」
  27. ^ テレビ朝日:衆院選前、自民が中立要請 アベノミクスで (毎日新聞)
  28. ^ 自民党の圧力文書(誰の視点から見た公平中立なのか)
  29. ^ 自民から在京キー局に送られた圧力文書の画像
  30. ^ 圧力文書を受けたテレビ局の驚きの対応
  31. ^ 古舘VS古賀やテレ朝の内紛で片づけられるのは官邸の思うつぼ このままでは独裁に
  32. ^ 日本政府からのクレーム 海外特派員の証言 朝日新聞記事
  33. ^ 海外特派員の証言 内田樹氏による全文翻訳
  34. ^ NYタイムズ東京支局長「変わったのは日本のメディア」
  35. ^ 英経済誌エコノミスト特派員「日本のメディアが機能していない」
  36. ^ NYタイムズ 日本の主要報道機関が自己規制を行い、権力の監視が不十分
  37. ^ “APEC吹っ飛ぶ発言で、仙谷長官問責も”. 産経新聞. (2010年10月23日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110107/plc11010720160143-n1.htm 2015年2月17日閲覧。 
  38. ^ 大阪維新の会:府知事選出馬、官房付の古賀茂明氏に要請”. 毎日新聞 (2011年9月8日). 2011年9月9日閲覧。
  39. ^ [4]
  40. ^ 戦争国家への「11本の矢」
  41. ^ 徴兵制の可能性を指摘する理由
  42. ^ 恐怖の3点セット
  43. ^ 増税とバラマキのスパイラル 改革なき増税はギリシャへの道
  44. ^ 悪夢の増税&バラマキスパイラル
  45. ^ 古賀茂明氏が語る「I am not Abe」発言の真意
  46. ^ I am KenjiとI am not Abe
  47. ^ マイナンバーと「政治とカネ」『週刊現代』官々愕々より
  48. ^ “クビ官僚”に闇の圧力!玄関に血まみれ死体の恐怖 - 政治・社会 - ZAKZAK 5月上旬の朝、古賀氏が川崎市内にある自宅の玄関を開けると、ハクビシンが頭と口から血を流して死んでいた。近所には林もあり、野生のハクビシンはいるが、その状況は尋常ではなかった。死体の硬さなど、そこで死んだとは思えなかった。

外部リンク[編集]