兵庫県立洲本高等学校

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兵庫県立洲本高等学校
洲本高等学校正門
過去の名称 兵庫県立洲本中学校
兵庫県立淡路高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 兵庫県の旗 兵庫県
学区 第1学区
校訓 至誠、勤勉、自治、親和
設立年月日 1897年5月10日
創立記念日 5月10日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
所在地 656-0053
兵庫県洲本市上物部二丁目8番5号
外部リンク 全日制公式サイト
定時制公式サイト
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兵庫県立洲本高等学校(ひょうごけんりつ すもとこうとうがっこう)は、兵庫県洲本市上物部二丁目に位置する県立高等学校淡路島で最も歴史のある高校であり、また、兵庫県下でも5番目に古い伝統校である。

愛称・略称は「洲高」(すこう)[1]。定時制課程を併設しているほか、かつては島内に3つの分校があった。

設置学科[編集]

  • 全日制
    • 普通科
    英語コースは2003年(平成15年)より募集停止。
  • 定時制
    • 普通科

沿革[編集]

  • 1875年(明治8年)8月6日 - 徳島師範期成学校洲本支校が開校。
  • 1876年(明治9年) - 淡路島全島が兵庫県に編入。
  • 1877年(明治10年)7月 - 徳島師範期成学校洲本支校が廃校になり、神戸師範学校に編入される。
  • 1879年(明治12年)9月20日 - 旧師範学校の校舎を使用し公立洲本中学校が開校。(津名郡・三原郡全町村連合会)
  • 1885年(明治18年)2月 - 経営難のため公立洲本中学校閉校。(閉校後は津名郡役所となる。)

旧制洲本中学校[編集]

  • 1895年(明治28年)4月5日 - 同日開会の臨時県議会で県立尋常中学校3校(神戸豊岡・洲本)の設置が提案される。
    この時点では洲本の校区が他校より狭いため否決されるが、抗議運動が起こったため県は次期県議会での設置の提案を約束した。
  • 1895年(明治28年)12月 - 臨時県議会で県立尋常中学校2校(柏原・洲本)の設置が可決。
  • 1896年(明治29年)5月 - 校舎等建築開始。
  • 1897年(明治30年)5月10日 - 兵庫県洲本尋常中学校開校。(兵庫県では5番目)
  • 1899年(明治32年) - 兵庫県洲本中学校に改称。
  • 1901年(明治34年) - 兵庫県立洲本中学校に改称。
  • 1924年(大正13年)9月1日 - 現在地に移転。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 新学制にともない新制高等学校となる。
  • 1948年(昭和23年)9月 - 兵庫県立淡路高等学校[2]と統合。

旧制淡路高等女学校[編集]

  • 1902年(明治35年)9月29日 - 兵庫県津名郡・三原郡組合立淡路高等女学校を津名郡洲本町に設置し、翌年4月よりの開校を文部大臣が認可。
  • 1903年(明治36年)4月1日 - 開校。
  • 1905年(明治38年)7月 - 女学校としては全国初の海水浴を実施[3]
  • 1922年(大正11年)4月1日 - 郡制廃止に伴い県営移管、兵庫県立淡路高等女学校に改称。
  • 1910年(明治43年)9月 - 大浜公園西隣に移転。
  • 1924年(大正13年)11月 - 元洲本中学校校舎(現在は洲本市立洲本第二小学校)に移転[3]
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 新学制にともない兵庫県立淡路高等学校[2]となる。
  • 1948年(昭和23年)9月 - 兵庫県立洲本高等学校と統合。

洲本高等学校[編集]

  • 1948年(昭和23年)9月1日 - 兵庫県立洲本高等学校、兵庫県立淡路高等学校[2]を統合し、兵庫県立洲本高等学校と校名変更。
  • 1948年(昭和23年)10月15日 - 定時制課程設置許可。洲本に夜間定時制課程(普通科)、三原郡賀集村に賀集分校(普通科)、松帆村に御原分校(普通科)、広田村に広田分校(家庭科)の昼間定時制課程を設置。
  • 1949年(昭和24年)4月1日 - 学区制が導入され、全日制の学区は洲本市、津名郡中川原村安乎村由良町鮎原村都志村広石村鳥飼村、三原郡広田村、堺村(現在の洲本市全域と南あわじ市広田、中条、山添)となる。
  • 1950年(昭和25年)7月1日 - 賀集村立家政学院と賀集分校が合併。
  • 1953年(昭和28年)4月6日 - 第25回選抜高等学校野球大会で全国優勝(沖縄県を除くと離島では唯一の高校野球優勝校)。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 賀集分校が南淡分校に改称。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 御原分校が西淡分校に改称。
  • 1960年(昭和35年)4月1日 - 広田分校が緑分校に改称。
  • 1957年(昭和32年)4月6日 - 西淡分校の独立校舎が完成。
  • 1958年(昭和33年)2月6日 - 南淡分校の独立校舎が完成。
  • 1961年(昭和36年)1月1日 - 緑分校の独立校舎が完成。
  • 1962年(昭和37年)12月26日 - 校舎全面改築工事着工(現在の運動場に旧校舎があった)
  • 1964年(昭和39年)4月1日 - 学区が淡路島全島になる。
  • 1967年(昭和42年)5月 - 頭髪自由化。
  • 1967年(昭和42年)10月 - 創立70周年記念式・校舎改築完工式挙行
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 西淡・南淡・緑の各分校が全日制に移行。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 西淡・南淡・緑の各分校が三原西分校に統合。
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 三原西分校が兵庫県立志知高等学校として独立。
  • 1975年(昭和50年)4月 - 制服自由化。
  • 1988年(昭和63年)8月 - この年をもって強歩大会が休止となる。
  • 1997年(平成9年)10月10日 - 創立100周年記念館竣工式。
  • 2007年(平成19年) - 耐震補強工事完了
  • 2008年(平成20年) - 創立110周年

校風[編集]

  • 文武両道かつ自由な校風である[1]
  • 校訓は「至誠、勤勉、自治、親和」。「至誠」「自治」は旧制洲本中学以来の校訓である[1]
  • 1975年(昭和50年)より制服が自由化され、それまでの制服は「標準服」となり、式典・全校集会など特に指定しない日(文化祭など生徒が中心となってする行事など)は私服で登校してもよいことになっている。
  • おまあや洲高連として淡路島まつりに参加するなど、地域との交流活動は盛んである。
  • 特色選抜の「総合探究類型」が設置されている。

学校行事[編集]

  • 4月 入学式、新入生歓迎登山(三熊山)
  • 5月 創立記念式典・記念講演
  • 6月 文化祭、遠足(3年生)、生徒総会
  • 7月 球技大会
  • 9月 体育会
  • 10月 遠足(1年生)
  • 11月 芸術鑑賞(文化教育活動推進事業)
  • 12月 生徒総会、献血
  • 1月 ニューイヤー・コンサート、コーラス大会、校内持久走
  • 2月 修学旅行(2年生、行き先は生徒自身で決められるがスキー実習が多い)、卒業式(毎年2月の最終週の金曜日に行われている)

部活動[編集]

文武両道をモットーにしており、野球部が甲子園に4回(3回、1回)出場している(うち前述の通り第25回選抜高等学校野球大会では初出場初優勝)他、2008年(平成20年)の西兵庫大会をはじめ地区大会準優勝も数回ある(うち1回は1983年(昭和58年)、池山隆寛(元・ヤクルトスワローズ)擁する市尼崎と兵庫予選決勝で対戦した)。2011年(平成23年)の秋季兵庫県大会では準決勝で報徳学園に完封負け、近畿大会出場が掛かる3位決定戦では育英にコールド負けを喫し、近畿大会出場を逃すも21世紀枠で2012年(平成24年)春のセンバツに出場した。近畿大会で兵庫勢は出場3チームがすべて初戦敗退を喫しており一般枠では30年振りに出場校ゼロとなっていた。

かつてボート部はナックルフォアで全国レベルであったが同種目の縮小・廃止後は低迷している。ボート部の艇庫は大浜公園の千畳敷にある。

文化部の活動も盛んであり、放送部は2012年に第59回NHK杯全国高校放送コンテストテレビドラマ部門において優勝を果たしている。

アクセス[編集]

  • 南あわじ市、洲本市五色町鳥飼・広石・堺、神戸市(淡路3市の他、神戸市・芦屋市が第1学区)方面より
    上下線でバス停の位置がかなりずれているため、登校時は富士見橋バス停で下車し、下校時は宇山バス停から乗車する。
  • 淡路市、洲本市由良、神戸市方面より
    • 淡路交通 縦貫線・鳥飼線・長田線・都志線 築地町バス停より徒歩20分
    • 洲本バスセンターより徒歩25分、タクシー10分

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 『名門高校の校風と人脈260 洲本高校(兵庫県立・洲本市)』週刊エコノミスト(2017年10月17日)pp.42-43
  2. ^ a b c 現存する兵庫県立淡路高等学校とは無関係
  3. ^ a b c d e 神戸新聞社編 『学校人脈 洲中・淡路女~洲本高』 神戸新聞出版センター、1979年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]