渡辺秀一 (実業家)

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渡辺 秀一(わたなべ しゅういち、1952年昭和27年)4月11日 - )は、日本の実業家メディパルホールディングス社長メディセオ会長

略歴[編集]

兵庫県洲本市出身。兵庫県立洲本高等学校を経て、1975年(昭和50年)に法政大学法学部を卒業し、三菱重工業に入社する。1979年(昭和54年)にクラヤ薬品に入社し、2004年平成16年)にメディセオホールディングス取締役2011年(平成23年)に同社副社長を経て、2012年(平成24年)に同社社長に就任する。

法政大学時代は野球部に所属、同級生に新井宏昌高浦美佐緒がいる。江川卓(作新学院)、金光興二佃正樹・楠原基(以上広島商業)、島本啓次郎(箕島高)、植松精一(静岡高)、袴田英利(静岡自動車工業)ら、後に東京六大学史上唯一となる全季勝ち点5の完全優勝での4連覇を達成する「花の49年組」が入学したときの主将。甲子園で怪物と騒がれた江川を特別扱いすることなく厳しく指導した[1]。最後となる4年秋のシーズンでは東京六大学野球リーグ戦優勝、明治神宮野球大会準優勝。このシーズンでは主に4番でファーストを務めた。渡辺は江川に対して後日「卓には感謝していますよ……。あいつのおかげで優勝できたんですからね」と述べている[2]

脚注[編集]

  1. ^ 『実録たかされ』2巻(文藝春秋、1998)
  2. ^ 同上

参考[編集]

外部リンク[編集]