ビリー・ハッチャー

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ビリー・ハッチャー
Billy Hatcher
シンシナティ・レッズ 三塁コーチ #22
Billy Hatcher.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アリゾナ州ココニノ郡ウィリアムズ
生年月日 (1960-10-04) 1960年10月4日(57歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1981年 1月MLBドラフト6巡目(全体131位)でシカゴ・カブスから指名
初出場 1984年9月10日
最終出場 1995年5月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

ウィリアム・オーガスタス・ハッチャーWilliam Augustus Hatcher, 1960年10月4日 - )は、アメリカ合衆国アリゾナ州ココニノ郡ウィリアムズ出身の元プロ野球選手外野手)、野球指導者。右投右打。現在はMLBシンシナティ・レッズで三塁コーチを務める。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1979年MLBドラフト30巡目(全体738位)でモントリオール・エクスポズから指名されたが、この時は入団せずにヤバパイ短期大学英語版へ進学した。

1980年1月のMLB二次ドラフト2巡目(全体40位)でヒューストン・アストロズから指名されたが、この時も入団しなかった。

現役時代[編集]

1981年1月のMLBドラフト6巡目(全体131位)でシカゴ・カブスから指名され、プロ入り。

1984年9月10日フィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビュー。ヒューストン・アストロズへ移籍した1986年より中堅手のレギュラーとなり、この年は38盗塁を記録した。1987年は打率.296・11本塁打・53盗塁(ナショナルリーグ3位)を記録したが、9月1日のカブス戦で折れたバットからコルクが出てきて、この試合の退場、罰金、及び10試合の出場停止処分を課せられている[1]。ハッチャーは「自分のバットが全部折れたため、投手のデーブ・スミス英語版からバットを借りた。」と語っている[2]

1990年にはシンシナティ・レッズへ移籍し、ピッツバーグ・パイレーツとのリーグチャンピオンシップでは15打数5安打、オークランド・アスレチックスとのワールドシリーズでは7打数連続安打を含む12打数9安打4二塁打と大当たりで、同僚のバリー・ラーキンから「彼はスパーク・プラグだ」と称賛されるなど世界一に貢献した[3]

その後はボストン・レッドソックスとフィリーズを渡り歩き、テキサス・レンジャーズでプレーした1995年を最後に引退した。

引退後[編集]

引退後はタンパベイ・デビルレイズ1998年 - 2005年)、レッズ(2006年 - )でコーチを務めている[4]

詳細情報[編集]

表彰[編集]

背番号[編集]

  • 22(1984年 - 1985年、1990年 - 1994年途中、1998年 - 2002年、2008年 - )
  • 28(1986年- 1989年途中)
  • 29(1989年途中 - 同年終了)
  • 3(1994年途中 - 同年終了)
  • 14(1995年)
  • 2(2003年- 2004年)
  • 32(2006年- 2007年)

脚注[編集]

  1. ^ 出野哲也 『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』 言視舎、2013年、398頁。ISBN 978-4-905369-67-7
  2. ^ 「シカゴの記者からきいた不正バットの秘密 ハワード・ジョンソン[メッツ]は、狙われていた‼︎」『’87大リーグ総集編』 週刊ベースボール1988年1月16日増刊号 ベースボール・マガジン社 54-55頁
  3. ^ 「名門シンシナティ・レッズのすべて」『’90大リーグ総集編』 週刊ベースボール1991年1月4日増刊号 ベースボール・マガジン社 43頁
  4. ^ The Official Site of The Cincinnati Reds: Team: Manager and Coaches

関連項目[編集]

外部リンク[編集]