サニア・ミルザ

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サニア・ミルザ
Sania Mirza - Citi Open (001).jpg
サニア・ミルザ
基本情報
ラテン文字名 Sania Mirza
国籍 インドの旗 インド
出身地 同・ムンバイ
生年月日 1986年11月15日(27歳)
身長 173cm
体重 57kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2003年
ツアー通算 20勝
シングルス 1勝
ダブルス 19勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(2005・08)
全仏 2回戦(2007・11)
全英 2回戦(2005・07-09)
全米 4回戦(2005)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト4(2012)
全仏 準優勝(2011)
全英 ベスト4(2011)
全米 ベスト4(2013)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 優勝(2009)
全仏 優勝(2012)
全英 ベスト8(2011・13)
全米 ベスト8(2007・12)
優勝回数 2(豪1・仏1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 27位(2007年8月27日)
ダブルス 7位(2012年1月30日)
2013年10月23日現在

サニア・ミルザSania Mirza, ثانیہ مرزا, ヒンディー語: सानिया मिर्ज़ा, 1986年11月15日 - )は、インドムンバイ出身の女子プロテニス選手。2009年全豪オープン2012年全仏オープン混合ダブルスで、同じインドの先輩選手マヘシュ・ブパシとペアを組んで優勝した。これまでにWTAツアーでシングルス1勝、ダブルス19勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス27位、ダブルス7位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。(日本語では、英語表記を単純にカタカナ読みした「サニア・ミルザ」という呼び方が最も普及しているが、現地語表記での長短母音の区別などを考慮した場合“サーニヤー・ミルザー”の読みが近くなる。)

来歴[編集]

ミルザはインドのイスラム教徒(ムスリム)の家に生まれ、6歳からテニスを始めた。2003年にプロ転向。2004年末の時点で、彼女のシングルス世界ランキングは206位であった。2005年2月、故国インド・ハイデラバード大会の決勝でアリョーナ・ボンダレンコウクライナ)を 6-4, 5-7, 6-3 で破り、インド人女性として最初のWTAツアー大会シングルス優勝を達成する。半年後の全米オープンで、ミルザはマリア・シャラポワとの4回戦まで進出した。現時点では、これが彼女の4大大会シングルス自己最高記録である。その後来日し、ジャパン・オープンでベスト4に入った。

その後の彼女は、シングルスよりもダブルスの分野で多くの好成績を出してきた。4大大会女子ダブルスの分野ではベサニー・マテックアメリカ)と組んで、2007年全米オープン2008年ウィンブルドンの女子ダブルス準々決勝に進出した。2008年北京五輪でオリンピックのインド代表選手に選ばれたが、シングルス1回戦・ダブルス2回戦敗退に終わる。2009年全豪オープン混合ダブルス部門で、サニア・ミルザはマヘシュ・ブパシとペアを組み、2007年全仏オープン混合ダブルスの優勝経験を持つアンディ・ラムイスラエル)&ナタリー・ドシーフランス)組を 6-3, 6-1 で破って初優勝を決めた。これはインド人女性による最初のグランドスラム・タイトルである。ミルザとブパシは前年の全豪オープン混合ダブルスで、ネナド・ジモニッチセルビア)&孫甜甜中国)組に敗れて準優勝になったが、2年連続の全豪混合ダブルス決勝でついにタイトルを手中に収めた。

2011年全仏オープンでミルザはエレーナ・ベスニナロシア)と組み初の4大大会女子ダブルスの決勝に進出した。決勝ではアンドレア・フラバーチコバ&ルーシー・ハラデツカ組(ともにチェコ)に 4–6, 3–6 で敗れ準優勝となった。2012年全仏オープンでは混合ダブルスでマヘシュ・ブパシと組み決勝に進出。決勝ではサンティアゴ・ゴンサレスメキシコ)&クラウディア・ヤンス=イグナシクポーランド)組を 7–6(3), 6–1 で破り2度目の4大大会混合ダブルスタイトルを獲得した。

ミルザはそのルックスと実力から、インドの国民的なアイドルとなり、そのファンはマスコミから“サニア・マニア”と呼ばれている。そのファッションや発言も人気があり、アクセサリーの鼻輪がチャームポイントで、メッセージを表現したTシャツを着ることでも知られている。彼女は2005年度のタイム誌の「アジアのヒーローベスト50」に選ばれた。しかし、地元インドのイスラム法学者が、彼女のテニスウェア姿を「イスラム教徒らしくない、はしたない格好」だと非難し、それに関するファトワーを出したことで一時期騒がれた。2010年、ミルザはパキスタンのクリケット選手ショアイブ・マリク英語版と結婚した[1]

2013年からミルザはダブルスに専念している。

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 4回 (1勝3敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2005年2月12日 インドの旗 ハイデラバード ハード ウクライナの旗 アリョーナ・ボンダレンコ 6–4, 5–7, 6–3
準優勝 1. 2005年8月20日 アメリカ合衆国の旗 フォレストヒルズ ハード チェコの旗 ルーシー・サファロバ 6–3, 5–7, 4–6
準優勝 2. 2007年7月29日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード ロシアの旗 アンナ・チャクベタゼ 3–6, 2–6
準優勝 3. 2009年2月15日 タイの旗 パタヤ ハード ロシアの旗 ベラ・ズボナレワ 5–7, 1–6

ダブルス: 28回 (19勝9敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2004年2月22日 インドの旗 ハイデラバード ハード 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー 中華人民共和国の旗 李婷
中華人民共和国の旗 孫甜甜
7–6, 6–4
優勝 2. 2006年2月19日 インドの旗 バンガロール ハード 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー ロシアの旗 アナスタシア・ロディオノワ
ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ
6–3, 6–3
準優勝 1. 2006年4月9日 アメリカ合衆国の旗 アメリアアイランド クレー 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー 日本の旗 浅越しのぶ
スロベニアの旗 カタリナ・スレボトニク
2–6, 4–6
準優勝 2. 2006年5月27日 トルコの旗 イスタンブール クレー オーストラリアの旗 アリシア・モリク ベラルーシの旗 アナスタシア・ヤキモワ
ウクライナの旗 アリョーナ・ボンダレンコ
2–6, 4–6
準優勝 3. 2006年7月23日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード ポーランドの旗 マルタ・ドマホフスカ アルゼンチンの旗 ヒセラ・ドゥルコ
イタリアの旗 マリア・エレナ・カメリン
4–6, 6–3, 2–6
優勝 3. 2006年9月24日 インドの旗 コルカタ ハード
(室内)
南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー ウクライナの旗 ユリア・ベイゲルジマー
ウクライナの旗 ユリアナ・フェダク
6–4, 6–0
優勝 4. 2007年5月14日 モロッコの旗 フェズ クレー アメリカ合衆国の旗 バニア・キング ルーマニアの旗 アンドレア・エリット=ヴァンク
ロシアの旗 アナスタシア・ロディオノワ
6–1, 6–2
準優勝 4. 2007年5月21日 トルコの旗 イスタンブール クレー チャイニーズタイペイの旗 詹詠然 ポーランドの旗 アグニエシュカ・ラドワンスカ
ポーランドの旗 ウルシュラ・ラドワンスカ
1–6, 3–6
優勝 5. 2007年7月22日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック ロシアの旗 アリーナ・イドコワ
ベラルーシの旗 タチアナ・ポウチェク
7–6(4), 7–5
優勝 6. 2007年7月29日 アメリカ合衆国の旗 スタンフォード ハード イスラエルの旗 シャハー・ピアー ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ
ロシアの旗 アンナ・チャクベタゼ
6–4, 7–6(5)
優勝 7. 2007年8月25日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード イタリアの旗 マラ・サンタンジェロ ジンバブエの旗 カーラ・ブラック
南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー
6–1, 6–2
優勝 8. 2009年4月12日 アメリカ合衆国の旗 ポンテベドラビーチ クレー チャイニーズタイペイの旗 荘佳容 チェコの旗 クベタ・ペシュケ
アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド
6–3, 4–6, [10–7]
優勝 9. 2010年9月19日 中華人民共和国の旗 広州 ハード ルーマニアの旗 エディナ・ガロビッツ 中華人民共和国の旗 韓馨蘊
中華人民共和国の旗 劉婉婷
7–5, 6–3
優勝 10. 2011年3月19日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ
アメリカ合衆国の旗 メガン・ショーネシー
6–0, 7–5
優勝 11. 2011年4月9日 アメリカ合衆国の旗 チャールストン クレー ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ
アメリカ合衆国の旗 メガン・ショーネシー
6–4, 6–4
準優勝 5. 2011年6月3日 フランスの旗 全仏オープン クレー ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ チェコの旗 アンドレア・フラバーチコバ
チェコの旗 ルーシー・ハラデツカ
4–6, 3–6
優勝 12. 2011年7月31日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード カザフスタンの旗 ヤロスラワ・シュウェドワ ベラルーシの旗 オリガ・ゴボルツォワ
ロシアの旗 アーラ・クドゥリャフツェワ
6–3, 6–3
優勝 13. 2012年2月12日 タイの旗 パタヤ ハード オーストラリアの旗 アナスタシア・ロディオノワ チャイニーズタイペイの旗 詹詠然
チャイニーズタイペイの旗 詹皓晴
3–6, 6–1, [10–8]
準優勝 6. 2012年2月25日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ アメリカ合衆国の旗 リーゼル・フーバー
アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド
2–6, 1–6
準優勝 7. 2012年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ アメリカ合衆国の旗 リーゼル・フーバー
アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド
2–6, 3–6
優勝 14. 2012年5月26日 ベルギーの旗 ブリュッセル クレー アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ ポーランドの旗 アリシア・ロソルスカ
中華人民共和国の旗 鄭潔
6–3, 6–2
準優勝 8. 2012年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード スペインの旗 ヌリア・リャゴステラ・ビベス ロシアの旗 エカテリーナ・マカロワ
ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ
5–7, 5–7
優勝 15. 2013年1月5日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ ドイツの旗 アンナ=レナ・グローネフェルド
チェコの旗 クベタ・ペシュケ
4–6, 6–4, [10–7]
優勝 16. 2013年2月23日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ ロシアの旗 ナディア・ペトロワ
スロベニアの旗 カタリナ・スレボトニク
6–4, 2–6, [10–7]
準優勝 9. 2013年4月28日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー アメリカ合衆国の旗 ベサニー・マテック=サンズ ドイツの旗 モナ・バルテル
ドイツの旗 ザビーネ・リシキ
4–6, 5–7
優勝 17. 2013年8月24日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード 中華人民共和国の旗 鄭潔 スペインの旗 アナベル・メディナ・ガリゲス
スロベニアの旗 カタリナ・スレボトニク
6–3, 6–4
優勝 18. 2013年9月28日 日本の旗 東京 ハード ジンバブエの旗 カーラ・ブラック チャイニーズタイペイの旗 詹皓晴
アメリカ合衆国の旗 リーゼル・フーバー
4-6, 6-0, [11-9]
優勝 19. 2013年10月5日 中華人民共和国の旗 北京 ハード ジンバブエの旗 カーラ・ブラック ロシアの旗 ベラ・ドゥシェビナ
スペインの旗 アランチャ・パラ・サントンハ
6–2, 6–2

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 通算成績
全豪オープン 3R 2R 2R 3R 2R 1R 1R 1R 9–8
全仏オープン 1R 1R 2R A 1R A 2R A 3–5
ウィンブルドン 2R 1R 2R 2R 2R 1R 1R A 4–6
全米オープン 4R 2R 3R A 2R 2R 1R A 11–6

脚注[編集]

外部リンク[編集]