エレーナ・ボビナ
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![]() エレーナ・ボビナ | ||||
| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Elena Olegovna Bovina | |||
| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 居住地 |
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| 生年月日 | 1983年3月10日(43歳) | |||
| 身長 | 189cm | |||
| 体重 | 72kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| デビュー年 | 1998年 | |||
| 生涯獲得賞金 | 1,997,443 アメリカ合衆国ドル | |||
| ツアー経歴・シングルス | ||||
| ツアー通算 | 3勝 | |||
| 自己最高ランキング | 14位(2005年4月4日) | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪オープン | 4回戦(2003) | |||
| 全仏オープン | 4回戦(2005) | |||
| ウィンブルドン | 2回戦(2001-04) | |||
| 全米オープン | ベスト8(2002) | |||
| ツアー経歴・ダブルス | ||||
| ツアー通算 | 5勝 | |||
| 自己最高ランキング | 14位(2003年2月3日) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪オープン | 3回戦(2003) | |||
| 全仏オープン | ベスト8(2003) | |||
| ウィンブルドン | 1回戦(2002) | |||
| 全米オープン | ベスト8(2003) | |||
| 4大大会最高成績・混合ダブルス | ||||
| 全豪オープン | 優勝(2004) | |||
| 全仏オープン | 準優勝(2002) | |||
| ウィンブルドン | ベスト8(2003) | |||
| 全米オープン | ベスト8(2002) | |||
| 優勝回数 | 1(豪1) | |||
| 2017年8月16日現在 | ||||
エレーナ・ボビナ(Elena Bovina, ロシア語: Елена Олеговна Бовина, 1983年3月10日 - )は、ロシア・モスクワ出身の女子プロテニス選手。2004年の全豪オープン混合ダブルス優勝者である。自己最高ランキングはシングルス14位、ダブルス14位。WTAツアーでシングルス3勝、ダブルス5勝を挙げた。長身から繰り出すサービスとフォアハンド・ストロークを武器にする選手。身長189cm、体重72kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
来歴
[編集]ボビナは1998年から競技経歴を始め、2000年の全仏オープンから4大大会にデビューした。2001年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのロシア代表選手となる。この年は全仏オープンで3回戦に進出した後、10月末にダブルスで2週連続優勝を果たした。2002年、エレーナ・ボビナはシングルスとダブルスでそれぞれ年間2勝ずつを挙げ、全仏オープンの混合ダブルス部門でマーク・ノールズ(バハマ)と組んで準優勝し、全米オープンでベスト8に進出した。全仏の混合決勝では、ボビナとノールズはジンバブエのウェイン・ブラック&カーラ・ブラック組に 3-6, 3-6 で敗れた。全米オープンでのボビナは、2回戦で第5シードのエレナ・ドキッチに快勝して波に乗ったが、初めての準々決勝で第4シードのリンゼイ・ダベンポートに 6-3, 0-6, 2-6 の逆転で敗れた。
2003年、ボビナは年頭の全豪オープンで初めての4回戦進出を果たした後、日本の「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」のダブルス部門でレネ・スタブス(オーストラリア)とペアを組んで優勝した。2004年の全豪オープンで、エレーナ・ボビナは混合ダブルスでネナド・ジモニッチ(当時セルビア・モンテネグロ国籍)とペアを組み、リーンダー・パエス&マルチナ・ナブラチロワ組を 6-1, 7-6 で破り、初めての4大大会タイトルを獲得した。この年は8月に、アメリカ・コネチカット州ニューヘブンの「パイロット・ペン選手権」で女子ツアーのシングルス3勝目を挙げている。2005年4月4日付で、ボビナはシングルスの自己最高ランキング「14位」をマークし、全仏オープンで4回戦に進出したが、同じロシアのナディア・ペトロワに 5-7, 6-3, 4-6 のフルセットで敗れた。
ところが、2005年全仏オープン終了後からボビナは右肩の故障のためトーナメントに出場できなくなり、1年以上のブランクを余儀なくされた。2006年10月、故郷のロシア・モスクワで行われた「クレムリン・カップ」で1年4ヶ月ぶりに試合復帰を果たしたが、1回戦でイスラエルのシャハー・ピアーに 0-6, 2-6 で敗れた。
近年はランキングが下がり、女子ツアー下部大会でプレーしている。
WTAツアー決勝進出結果
[編集]シングルス: 6回 (3勝3敗)
[編集]| 大会グレード |
|---|
| グランドスラム (0–0) |
| ティア I (0–0) |
| ティア II (1–1) |
| ティア III (2–1) |
| ティア IV & V (0–1) |
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2001年4月7日 | クレー | 6–3, 3–6, 2–6 | ||
| 優勝 | 1. | 2002年5月12日 | クレー | 6–3, 6–1 | ||
| 優勝 | 2. | 2002年9月22日 | ハード (室内) | 6–3, 6–4 | ||
| 優勝 | 3. | 2004年8月28日 | ハード | 6–2, 2–6, 7–5 | ||
| 準優勝 | 2. | 2004年10月3日 | ハード (室内) | 6–0, 0–6, 4–6 | ||
| 準優勝 | 3. | 2004年10月31日 | ハード (室内) | 2–6, 0–6 |
ダブルス: 8回 (5勝3敗)
[編集]| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2001年10月21日 | ハード (室内) | 6–3, 6–4 | |||
| 優勝 | 2. | 2001年10月28日 | ハード (室内) | 6–3, 6–3 | |||
| 優勝 | 3. | 2002年4月14日 | クレー | 6–3, 6–1 | |||
| 準優勝 | 1. | 2002年4月21日 | クレー | 6–4, 3–6, 3–6 | |||
| 準優勝 | 2. | 2002年5月5日 | クレー | 5–7, 6–3, 4–6 | |||
| 優勝 | 4. | 2002年10月20日 | カーペット (室内) | 6–2, 7–6(2) | |||
| 優勝 | 5. | 2003年2月2日 | カーペット (室内) | 6–3, 6–4 | |||
| 準優勝 | 3. | 2003年8月10日 | ハード | 3–6, 3–6 |
4大大会シングルス成績
[編集]- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | Z# | PO | G | S | B | NMS | P | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
| 大会 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | A | 1R | 1R | 4R | 2R | A | A | 1R | A | LQ | LQ | LQ | A | 4–5 |
| 全仏オープン | 1R | 3R | 1R | 2R | 3R | 4R | A | A | A | LQ | LQ | A | A | 8–6 |
| ウィンブルドン | LQ | 2R | 2R | 2R | 2R | A | A | A | A | A | LQ | A | A | 4–3 |
| 全米オープン | LQ | 1R | QF | 1R | 3R | A | A | A | LQ | LQ | LQ | A | LQ | 6–4 |
※: 2004年ウィンブルドンの不戦敗は通算成績に含まない
