メノ・オースティング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
メノ・オースティング
Menno Oosting
Tennis pictogram.svg
Menno Oosting.jpg
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
出身地 同・ソーネンブレウヘル
生年月日 (1964-05-17) 1964年5月17日
没年月日 (1999-02-22) 1999年2月22日(34歳没)
死没地 ベルギー・トゥルンハウト
身長 180cm
体重 73kg
利き手
ツアー経歴
デビュー年 1983年
引退年 1999年(自動車事故死)
ツアー通算 7勝
シングルス 0勝
ダブルス 7勝
生涯通算成績 265勝293敗
シングルス 26勝36敗
ダブルス 239勝257敗
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(1988)
全仏 1回戦(1986・88)
全英 3回戦(1988)
全米 2回戦(1988)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト8(1991)
全仏 3回戦(1997)
全英 3回戦(1995)
全米 3回戦(1996)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全仏 優勝(1994)
優勝回数 1(仏1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 72位
ダブルス 20位

メノ・オースティングMenno Oosting, 1964年5月17日 - 1999年2月22日)は、オランダ北ブラバント州ソーネンブレウヘル出身の男子プロテニス選手。1994年全仏オープン混合ダブルス部門で、同じオランダのクリスティ・ボーグルトとペアを組んで優勝した選手である。キャリアを通じてダブルスを活動の重点に置いたが、1999年2月22日に自動車事故で死去した。自己最高ランキングはシングルス72位、ダブルス20位。ATPツアーでシングルスの優勝はなかったが、ダブルスで7勝を挙げた。

オースティングは7歳から家族とともにテニスを始め、16歳まではサッカーフィールドホッケーもプレーした。1983年にプロ入り。1985年に男子テニス国別対抗戦・デビスカップオランダ代表選手に初選出され、同年の全豪オープン4大大会に初出場する。1988年が彼のテニス経歴を通じて、シングルス成績が最も好調だった年であり、全豪オープン4回戦・ウィンブルドン3回戦進出などを記録した。全豪オープン4回戦で、オースティングはトッド・ウィッツケンアメリカ)に 1-6, 2-6, 2-6 で敗れ、ウィンブルドン3回戦では第2シードのマッツ・ビランデルに 1-6, 4-6, 4-6 で敗れた。彼は1989年全豪オープンの1回戦敗退を最後に、4大大会の男子シングルスから遠ざかり、1991年夏以後はシングルスを断念して、ダブルスに専念するようになった。

オースティングは1991年全豪オープン男子ダブルスでベスト8に入り、同年9月のギリシャアテネ大会で初めてのツアー決勝進出を決めた。1992年4月の「シチズンカップ」(ドイツミュンヘン開催)男子ダブルスで、デビッド・アダムズ南アフリカ)と組んでツアー初優勝を果たす。1994年、メノ・オースティングは全仏オープン混合ダブルスで同じオランダのクリスティ・ボーグルトとペアを組み、決勝でアンドレイ・オルホフスキーロシア)&ラリサ・ネーランドラトビア)組を 7-5, 3-6, 7-5 で破って優勝した。この年は男子ツアーのダブルスでも3勝を挙げ、パートナーはそれぞれ違う選手と組んだ。

その後、オースティングは1996年に男子ツアーで7大会のダブルス決勝戦に進んだが、優勝1度・準優勝6度の結果に終わった。1998年3月のデンマークコペンハーゲン大会が、彼の最後の優勝になった(通算7勝)。

1999年2月8日-14日にかけて行われたロシアサンクトペテルブルク大会のダブルスで、オースティングはアンドレイ・パベルルーマニア)とペアを組み、決勝でジェフ・タランゴアメリカ)&ダニエル・バチェクチェコ)組に 6-3, 3-6, 5-7 で敗れた[1]。同年2月22日、彼はフランスシェルブールで開催された下部大会「シェルブール・チャレンジャー」に出場した。ダブルスの第1シードだったオースティングとサンダー・グローン(ドイツ)の組は、1回戦で地元フランスのアルノー・クレマン&オリビエ・ムティス組に 4-6, 4-6 で敗退した[2]。この試合に敗れた後、オースティングはシェルブールから自動車で帰途についた。1人で車を運転していた彼は、故郷のソーネンブレウヘルまで30分ほどの位置にあるベルギートゥルンハウトで、悪天候のため車を操縦できなくなり、柱に激突して39歳で死去した。

脚注[編集]

  1. ^ [1][リンク切れ]
  2. ^ [2][リンク切れ]

参考文献[編集]

  • ATPツアー発行「プレーヤーズ・ガイド」1995年版 (ツアーの公式ガイドブック。サイト内の“Career Highlights/Bio”欄から伝記情報が消滅したため)

外部リンク[編集]