トッド・ウッドブリッジ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
トッド・ウッドブリッジ
Todd Woodbridge
Tennis pictogram.svg
Woodbridge Wimbledon 2004.jpg
基本情報
フルネーム Todd Andrew Woodbridge
愛称 ウッディーズ
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・シドニー
生年月日 (1971-04-02) 1971年4月2日(46歳)
身長 177cm
体重 75kg
利き手
バックハンド 片手打ち
殿堂入り 2010年
ツアー経歴
デビュー年 1988年
引退年 2005年
ツアー通算 85勝
シングルス 2勝
ダブルス 83勝
生涯通算成績 1026勝496敗
シングルス 244勝236敗
ダブルス 782勝260敗
生涯獲得賞金 US$10,095,245
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(1991・98)
全仏 3回戦(1992・96・98)
全英 ベスト4(1997)
全米 3回戦(1991・94・95)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1992・97・2001)
全仏 優勝(2000)
全英 優勝(1993-97・2000・
02-04)
全米 優勝(1995・96・2003)
優勝回数 16(豪3・仏1・英9・米3)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 優勝(1993)
全仏 優勝(1992)
全英 優勝(1994)
全米 優勝(1990・93・2001)
優勝回数 6(豪1・仏1・英1・米3)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(1999・2003)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 19位
ダブルス 1位
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
1996 アトランタ ダブルス
2000 シドニー ダブルス

トッド・ウッドブリッジTodd Woodbridge, 1971年4月2日 - )は、オーストラリアシドニー市出身の男子プロテニス選手。身長177cm、体重75kg、右利き。フルネームは Todd Andrew Woodbridge (トッド・アンドリュー・ウッドブリッジ)。自己最高ランキングはシングルス19位、ダブルス1位。ATPツアーでシングルス2勝、ダブルス83勝。

長年にわたり、ダブルスの名手として活躍した。とりわけ、同じオーストラリアマーク・ウッドフォードとのペアで無敵の強さを発揮したが、この2人は姓がよく似ていることから「ウッディーズ」(Woodies)と呼ばれた。

グランドスラム合計優勝数23回は歴代3位タイ記録。グランドスラムダブルス優勝数16回は歴代2位タイ記録(オープン化以降1位タイ記録)。ペアでの優勝数11回は歴代3位記録(オープン化以降2位)。

ウッディーズ[編集]

1988年にプロ入り。最初期のウッドブリッジのダブルス・パートナーは、同じオーストラリアジェイソン・ストルテンバーグと組むことが多かったが、1991年から6歳年上のマーク・ウッドフォードと本格的にペアを組み、世界的な活動を始める。この年は日本の「サントリージャパン・オープン」男子ダブルスで、ステファン・エドベリとペアを組んだ優勝もあった。1992年にウッドフォードとのペアで全豪オープン男子ダブルスに初優勝を飾り、1993年から1997年までウィンブルドン男子ダブルス5連覇を達成した。この頃から、2人のペアは「ウッディーズ」と呼ばれるようになる。

2人はウィンブルドン5連覇の期間中に、1995年1996年全米オープン男子ダブルスで2連覇を飾り、1997年には地元の全豪オープンで5年ぶり2度目の優勝を果たす。また、1996年アトランタ五輪オーストラリア代表選手として、ウッドフォードとのペアで金メダルを獲得したが、この決勝ではイギリス代表のティム・ヘンマンとニール・ブロードの組を圧倒している。しかし、1998年のウィンブルドン・ダブルス決勝ではオランダの強豪ペア、ヤッコ・エルティンポール・ハーフースの組に「4時間5分」の激戦の末 6-2, 4-6, 6-7, 7-5, 8-10 で敗れ、6連覇はならなかった。

シングルスでのウッドブリッジは、1995年5月にアメリカフロリダ州コーラルスプリングス」大会の決勝でグレグ・ルーゼドスキーを破って初優勝を遂げた。それから1997年初頭のオーストラリア・男子ハードコート選手権で2勝目を挙げたが、彼のシングルス優勝はこの2つのみで、準優勝が7つあった。最後のシングルス決勝は、1997年2月にテネシー州メンフィスの大会の決勝でマイケル・チャンに敗れた準優勝である。この年はウィンブルドンの男子シングルスで自己最高のベスト4に入り、準決勝でピート・サンプラスに 2-6, 1-6, 6-7 のストレートで敗れた。これ以後、ウッドブリッジはシングルスでの活躍は少なかった。

2000年に入り、ウッドブリッジとウッドフォードの組は全仏オープン男子ダブルスで初優勝を飾り、これで男子ダブルスの同一ペアとして「キャリア・グランドスラム」を達成した。2人は全仏オープンはあまり得意ではなく、初めての決勝戦は1997年エフゲニー・カフェルニコフダニエル・バチェクチェコ)の組に敗れていた。この全仏優勝で、2人はペアとして通算「58勝目」に到達し、それまでジョン・マッケンロー&ピーター・フレミング組(ともにアメリカ)が持っていた「57勝」の歴代1位記録を更新した。続いてウィンブルドンでも3年ぶり2度目の優勝を果たし、オランダのハーフースとオーストラリアサンドン・ストール(往年の名選手フレッド・ストールの息子)の組を破った。しかし、この年に地元で開催されたシドニー五輪の男子ダブルス決勝で、2人はカナダ代表のダニエル・ネスターセバスチャン・ラルーの組に 7-5, 3-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2大会連続の金メダルを逃した。35歳になったウッドフォードは2000年のシーズンを最後に現役を引退したが、最後の年にも全仏オープンとウィンブルドンを含めて、ダブルスで年間8勝を記録している。

「ウッディーズ」のダブルスは、ほぼ10年間に及んだ活動期間中に男子ツアー大会のダブルスで「61勝」(うち4大大会男子ダブルス通算11勝)を挙げ、同一ペアによる男子ダブルス優勝の1位記録であったが、2010年にボブマイクのブライアン兄弟に更新されている。

男子テニス国別対抗戦・デビスカップでも、2人はデ杯オーストラリア・チームの「ダブルス最多勝利ペア」(Best Doubles Team)の記録を残している。

その後[編集]

ウッドフォードの引退後、ウッドブリッジはスウェーデンヨナス・ビョルクマンとペアを組み、直ちに2001年全豪オープン男子ダブルスで優勝する。これはウッドブリッジにとって4年ぶり3度目の全豪優勝であった。2002年から2004年にかけて、今度はビョルクマンとのペアで再びウィンブルドン男子ダブルス3連覇を成し遂げ、ウッドブリッジのウィンブルドン・ダブルス優勝は「9勝」となった。このペアは2003年全米オープンでも優勝し、ウッドブリッジには7年ぶり3度目の全米ダブルス優勝となる。ビョルクマンとのペアでは4大大会男子ダブルスで「5勝」を挙げ、こうしてウッドブリッジは4大大会ダブルスで総計「16勝」の記録を残した。(ウッドフォードと11勝、ビョルクマンと5勝)

しかし2005年に入ると、ウッドブリッジはインドマヘシュ・ブパシとペアを組みながらも早期敗退が多くなる。ブパシと組んだ2005年ウィンブルドンで、2回戦でステファン・フースオーストラリア)とウェスリー・ムーディ南アフリカ)の組に 3-6, 6-7, 3-6 のストレートで敗れ、同選手権で10度目の優勝を逃す。この試合を最後に、ウッドブリッジは34歳で現役を引退した。

2010年、ウッドブリッジはウッドフォードと一緒に国際テニス殿堂入りを果たした。

ダブルス: 114 (83タイトル–31準優勝)[編集]

グレード
グランドスラム(16–4)
テニス・マスターズ・カップ (2–2)
オリンピック (1–0)
ATPマスターズ・シリーズ (18–8)
ATPチャンピオンシップシリーズ (12–2)
ATPツアー (34–15)
サーフェス
ハード (43–19)
クレー (13–5)
芝 (15–4)
カーペット (12–3)

4大大会ダブルス優勝[編集]

  • 全豪オープン 男子ダブルス:3勝(1992年・1997年 → 2001年)/混合ダブルス:1勝(1993年)
  • 全仏オープン 男子ダブルス:1勝(2000年)/混合ダブルス:1勝(1992年)
  • ウィンブルドン 男子ダブルス:9勝(1993年-1997年・2000年 → 2002年-2004年)/混合ダブルス:1勝(1994年) [大会5連覇と3連覇を含む]
  • 全米オープン 男子ダブルス:3勝(1995年・1996年 → 2003年)/混合ダブルス:3勝(1990年・1993年・2001年)

男子ダブルスの4冠達成ペア[編集]

ダブルス成績[編集]

マーク・ウッドフォードとのペアの成績はウッディーズを参照。

グランドスラム[編集]

大会 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 SR W–L
全豪オープン 1R 1R 3R SF W 1R QF 3R 1R W F SF SF W 2R QF SF QF 3 / 18 53–14
全仏オープン 3R A QF 3R 3R SF QF 1R SF F 3R 1R W QF QF 2R 3R 1R 1 / 17 42–16
ウィンブルドン 1R LQ QF QF SF W W W W W F QF W 3R W W W 2R 9 / 17 73–8
全米オープン 1R 1R 2R SF SF 3R F W W 1R 3R QF 2R 3R SF W 3R A 3 / 17 47–14
勝-負 2–4 0–2 9–3 13–4 16–3 12–3 16–3 14–2 16–2 17–2 14–4 9–4 17–2 13–3 14–3 15–2 14–3 4–3 16 / 69 215–52

年間最終戦[編集]

大会 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 SR W–L
テニス・マスターズ・カップ A A A SF W F F SF W RR RR SF A A NH RR SF A 2 / 11 29–16

オリンピック[編集]

大会 1992 1996 2000 2004 SR W–L
オリンピック 2R W F 2R 1 / 4 10–3

マスターズ・シリーズ[編集]

大会 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 SR W–L
インディアンウェルズ Not

MS Events

Before 1990
A A QF A QF SF W SF 2R 2R QF F SF SF 1R 1R 1 / 13 20–12
マイアミ A A A A 3R W W W 2R 3R W F 2R QF F QF 4 / 12 34–8
モンテカルロ A A A A A A A A F A A W W 2R QF A 2 / 5 14–3
ローマ A 1R 1R A A A A 1R 1R A A A A A SF SF 0 / 6 3–6
ハンブルク A A A A A A A A A A W W F QF SF QF 2 / 6 17–4
カナダ A A A A 1R A QF A A 1R A 2R A F A A 0 / 5 5–5
シンシナティ QF 1R W A SF W QF W QF F W SF A QF F A 4 / 13 33–9
マドリード 1R 1R W W W SF QF W QF SF A A SF QF A A 4 / 12 22–8
パリ QF QF 2R QF SF SF SF 2R QF QF A QF SF SF W A 1 / 14 21–13
Win–Loss N/A 4–3 1–4 9–3 5–1 9–5 13–3 14–4 15–3 6–7 8–6 17–1 22–5 15–5 12–8 15–6 4–4 18 / 86 169–68

最終ランキング[編集]

1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
順位 89 181 25 7 2 3 5 1 1 1 5 8 2 2 5 5 6 39

外部リンク[編集]