グリゴール・ディミトロフ

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グリゴール・ディミトロフ
Grigor Dimitrov
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2022年モンテカルロ・マスターズでのグリゴール・ディミトロフ
基本情報
国籍  ブルガリア
出身地 同・ハスコヴォ
生年月日 (1991-05-16) 1991年5月16日(32歳)
身長 191cm
体重 81kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2008年
ツアー通算 8勝
シングルス 8勝
ダブルス 0勝
生涯獲得賞金 22,730,409 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2017)
全仏 4回戦(2020)
全英 ベスト4(2014)
全米 ベスト4(2019)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2013)
全仏 2回戦(2013)
全英 2回戦(2011・13)
全米 1回戦(2011)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 3回戦(2015)
ホップマン杯 ラウンドロビン(2012)
ATP杯 ラウンドロビン(2020)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2017年11月20日)
ダブルス 66位(2013年8月26日)
2023年6月4日現在

グリゴール・ディミトロフGrigor Dimitrov, ブルガリア語: Григо̀р Димитро̀в Димитро̀в, 1991年5月16日 - )は、ブルガリアハスコヴォ出身の男子プロテニス選手。これまでにATPツアーでシングルス8勝を挙げている。ATPランキング自己最高位はシングルス3位、ダブルス66位。身長191cm、体重81kg。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。

選手経歴[編集]

ジュニア時代[編集]

1991年にブルガリアハスコヴォで、テニスコーチの父ディミタルとスポーツ教師で元バレーボール選手の母マリアの下に生まれた。3歳のときに母からテニスラケットを貰い、初めてラケットを握った。

5歳から本格的にテニスを始めた。ジュニア初期には父親がコーチを務めていた。次第に人目を惹き、エミリオ・サンチェスとパトアルバレスの指導を受けることになった。

2009年3月からフランスパリに拠点を移し「パトリック・ムラトグルー」のテニスアカデミーに参加。2012年には当時のコーチであったパトリック・ムラトグルーと共にATPツアーを巡ることになる。

2008年 プロ転向[編集]

ジュニア時代には2008年ウィンブルドン選手権2008年全米オープンのジュニアシングルスで優勝している。2008年にプロに転向。この年からデビスカップブルガリア代表として出場。年間最終ランキングは493位。

2008年ウィンブルドン選手権ジュニアシングルス優勝時のグリゴール・ディミトロフ

2009年 グランドスラム初出場[編集]

2009年の ABNアムロ世界テニス・トーナメントでは主催者推薦での出場から1回戦で世界ランキング23位のトマーシュ・ベルディハを4-6, 6-3, 6-4で破る殊勲を挙げた。2回戦で当時世界1位のラファエル・ナダルに5-7, 6-3, 2-6で敗れたが第2セットを奪う健闘を見せた。ウィンブルドン選手権4大大会に初出場、1回戦でイーゴリ・クニツィンとの試合を6-3, 0-6, 0-3となったところで途中棄権した。年間最終ランキングは288位。

グリゴール・ディミトロフ(2010年)

2011年 トップ100入り[編集]

全豪オープンでは予選を勝ち上がり1回戦で世界ランキング38位アンドレイ・ゴルベフを6-1, 6-4, 6-2で破り、2回戦で第19シードのスタニスラス・ワウリンカに5-7, 3-6, 3-6で敗れた。この勝利で87位になり、初めてトップ100入りを果たした。

4月の全米男子クレーコート選手権で初のシードになった。BMWオープンマルコス・バグダティスを3-6, 7-6(6), 6-2で破り、世界ランキングを66位まで上げた。全仏オープン1回戦でジェレミー・シャルディーに2-6, 4-6, 4-6で敗退。

ウィンブルドンでは2回戦でジョー=ウィルフリード・ツォンガに7-6(4), 4-6, 4-6, 6-7(8)で第1セットを奪ったが敗れた。全米オープンでは1回戦でガエル・モンフィスに6-7(4), 3-6, 4-6 ストレートで敗退した。

ダブルスではエイゴン国際アンドレアス・セッピと組み初めてのツアー決勝に進出した。決勝でジョナサン・エルリック/アンディ・ラム組に3–6, 3–6で敗れ準優勝となった。年間最終ランキングは76位。

2012年 トップ50入り[編集]

全豪オープンでは1回戦でジェレミー・シャルディーを4-6, 6-3, 3-6, 6-4, 6-4で破ったが、2回戦はニコラス・アルマグロに6-4, 3-6, 7-6(4), 4-6, 0-6のフルセットで敗れた。

3月のソニー・エリクソン・オープンでは世界ランキング7位のトマーシュ・ベルディハを6-3, 2-6, 6-4で破った。エイゴン選手権スウェーデン・オープンクロアチア・オープンでベスト4に進出した。

7月のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。シングルス1回戦でポーランドルカシュ・クボットを6-3, 7-6(4)で破ったが2回戦でフランスジル・シモンに3-6, 3-6で敗れた。年間最終ランキングは48位。

2013年 ツアー初優勝[編集]

2013年ウィンブルドン選手権でのディミトロフ

開幕戦のブリスベン国際でツアー初の決勝に進出。アンディ・マリーに6–7(0), 4–6で敗れ準優勝となった。5月のマドリード・マスターズでは2回戦で世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチを7-6, 6-7, 6-3で破る殊勲を挙げた。10月のストックホルム・オープンでは2度目の決勝に進出しダビド・フェレールを2-6, 6-3, 6-4で破りツアー初優勝を果たした。年間最終ランキングは23位。

2014年 ウィンブルドンベスト4[編集]

全豪オープン3回戦ではミロシュ・ラオニッチにセットカウント3-1で勝利し、準々決勝で世界ランク1位のラファエル・ナダルに負けはしたが1セットを取る健闘を見せて、グランドスラムで自身初のベスト8進出を果たした。

2月末のメキシコ・オープンでは準決勝でアンディ・マリーに4-6, 7-6(5), 7-6(3)の接戦で初勝利をあげ、ツアー3度目の決勝に進出。ケビン・アンダーソン相手に7-6(1), 3-6, 7-6(5)の大熱戦を制してツアー2勝目を挙げると同時に自身初のATP500シリーズ制覇を果たした。

2014年アカプルコ・オープン優勝時のグリゴール・ディミトロフ

4月のBRDナスターゼ・ティリアク・トロフィーではルカシュ・ロソルを破って優勝。5月のBNLイタリア国際では準決勝に進出するが、全仏オープンでは1回戦でイボ・カルロビッチに敗れた。その後エイゴン選手権フェリシアーノ・ロペスを破って優勝。

ウィンブルドン選手権では準々決勝にて昨年優勝者のマリーを6-1, 7-6(4), 6-2のストレートで破りGS初のベスト4入り、続く準決勝では第2シードのノバク・ジョコビッチに4-6, 6-3, 6-7, 6-7で敗れた。そして7月7日付の世界ランキングで9位となり、自身、そしてブルガリア人初のトップ10入りを果たした。8月4日には自己最高の世界ランキング8位を記録。

ロジャーズ・カップでは2度目のマスターズ準決勝進出を果たすも、この大会で優勝したジョー=ウィルフリード・ツォンガに4-6, 3-6で敗れた。第7シードで出場した全米オープンでは4回戦でガエル・モンフィスに5-7, 6-7(6), 5-7で敗れた。

年間最終のレースランキングで11位であったためATPワールドツアー・ファイナルズ本戦の出場権は得られなかったものの、交代選手の2番手の権利を得た。しかしその権利を辞退した。年間最終ランキングは11位。

2015年 グランドスラム4回戦進出[編集]

全豪オープンでは4回戦でアンディ・マリーに4-6, 7-6(5), 3-6, 5-7で敗れる。3月のマイアミ・オープンまで出場したすべての大会で2回戦で敗れている。モンテカルロ・マスターズマドリード・マスターズではともに3回戦でスタン・ワウリンカを破り準々決勝に進出したが、モンテカルロ・マスターズではガエル・モンフィスに、マドリード・オープンではラファエル・ナダルにそれぞれ敗れた。

全仏オープンでは1回戦でジャック・ソックに敗れ2年連続1回戦敗退となった。前回ベスト4したウィンブルドン選手権では3回戦でリシャール・ガスケに3-6, 4-6, 4-6で敗れた。 全米オープンでは2回戦でミハイル・ククシュキンに3-6, 6-7(2), 6-2, 6-4, 4-6で敗れた。この年はツアー準決勝進出が1度だけなど不調に陥り、年間最終ランキングは28位。

2016年 グランドスラム4回戦進出[編集]

年初のブリスベン国際ではジル・シモンビクトル・トロイツキに勝利してロジャー・フェデラーとの準々決勝まで進出して敗退。翌週のシドニー国際では決勝に進出してビクトル・トロイツキに6-2, 1-6, 6-7(7)で逆転負けをして準優勝。

全豪オープンでは3回戦でフェデラーに4-6, 6-3, 1-6, 4-6で敗れた。マイアミ・オープンでは3回戦でアンディ・マリーに6-7(1), 6-4, 6-3で勝利。4回戦でガエル・モンフィスに敗れた。

4月のイスタンブール・オープンでは決勝に進出。決勝でディエゴ・シュワルツマンと対戦。第1セットを7-6(5)で先取するも、第2セットを6-7(4)で取られる。そしてファイナルセットで痙攣もあり、0-5とされてしまう。最終的に第6ゲームでラケットを3本破壊しゲームペナルティを取られて敗れた[1][2]

全仏オープンでは1回戦でビクトル・トロイツキに6-2, 3-6, 7-5, 5-7, 3-6で敗れ、3年連続1回戦敗退となった。さらにメルセデス・カップエイゴン選手権で初戦敗退を喫し5連敗を喫する。そんな中迎えたウィンブルドン選手権では2回戦で昨年ベスト8のジル・シモンに勝利するも、3回戦でスティーブ・ジョンソンに敗れた。このように連敗が続いた結果、一時は世界ランキング40位まで落ちてしまった。

しかし、ロジャーズ・カップでは準々決勝に進出。準々決勝で錦織圭に敗れたものの復調の兆しを見せると、リオ五輪シングルスでは1回戦でマリン・チリッチに敗退するも、翌週のシンシナティ・マスターズでは3回戦で第2シードのスタン・ワウリンカに、準々決勝でスティーブ・ジョンソンに勝利し、2年ぶりのマスターズ1000ベスト4に進出。準決勝でチリッチに6-4, 3-6, 5-7で敗れた。

全米オープンでは2年ぶりに4回戦進出。4回戦でマリーに1-6, 2-6, 2-6で敗れた。チャイナ・オープンでは準々決勝でラファエル・ナダルを6-2, 6-4で破り、準決勝で対戦相手のミロシュ・ラオニッチが棄権したため決勝に進出するも、マリーに4-6, 6-7(2)で敗れて、準優勝。BNPパリバ・マスターズでは3回戦でノバク・ジョコビッチに6-4, 2-6, 3-6で敗れた。年間最終ランキングは17位。

2017年 全豪ベスト4 マスターズ初優勝 ATPファイナルズ初優勝 世界3位[編集]

ブリスベン国際では準々決勝で世界ランク8位のドミニク・ティームに、準決勝で世界ランク3位のミロシュ・ラオニッチに勝利し決勝に進出。決勝で世界ランク5位の錦織圭を6-2, 2-6, 6-3で破り、3年ぶりのツアー優勝を果たした。

全豪オープンではグランドスラム2度目のベスト4に進出。準決勝でナダルに3-6, 7-5, 6-7(5), 7-6(4), 4-6で敗れた。2月の地元ブルガリアでのソフィア・オープンに初出場すると、決勝でダビド・ゴファンに7-5, 6-4で勝利し、地元優勝を果たした。

2017年シンシナシティ・オープンでのグリゴール・ディミトロフ

8月のウエスタン・アンド・サザン・オープンで再復活。3回戦でこれまで1度も勝てていなかったフアン・マルティン・デル・ポトロに6-3, 7-5で初めて勝利する。準々決勝では杉田祐一を6-2, 6-1で圧倒、準決勝ではジョン・イスナーを7-6(4), 7-6(10)で破り初の決勝進出、決勝でニック・キリオスに6-3, 7-5で勝利しマスターズ1000初優勝を果たした。

第7シードで迎えた全米オープンは2回戦でアンドレイ・ルブレフに5-7, 6-7(3), 3-6で敗れた。チャイナ・オープンでは準決勝で、上海マスターズでは準々決勝でいずれもナダルに敗退するが、この時点で年間獲得ポイント8位以内が確定し、レースランキング6位で初のATPファイナルズ出場を決めた。

2017年Nitto ATPファイナルズではラウンドロビンを3戦全勝で突破し、準決勝でジャック・ソックに4-6, 6-0, 6-3で勝利し決勝進出。決勝はダビド・ゴファンに7-5, 4-6, 6-3で勝利し、ファイナルズ初出場で初優勝を果たした。年間最終ランキングは自己最高の3位を記録した。

2018年 トップ10陥落[編集]

2018年全豪オープンでのグリゴール・ディミトロフ

全豪オープンでは第3シードとして出場。4回戦で第17シードニック・キリオスに勝利してベスト8に残るも、準々決勝でカイル・エドマンドに敗退。ABNアムロ世界テニス・トーナメントでは準決勝の対戦相手であるダビド・ゴファンの棄権により決勝に進出したものの、世界ランキング1位復帰を確定させたフェデラーに2-6, 2-6で完敗を喫した。BNPパリバ・オープンでは初戦でフェルナンド・ベルダスコに、マイアミ・オープンでは3回戦でジェレミー・シャルディーに敗れた。

モンテカルロ・マスターズでは準々決勝でダビド・ゴファンに勝利するも、準決勝でラファエル・ナダルに完敗。バルセロナ・オープンでは準々決勝でパブロ・カレーニョ・ブスタに敗戦。ムチュア・マドリード・オープンではミロシュ・ラオニッチに、BNLイタリア国際では錦織圭に2回戦敗退。

2018年ウィンブルドン選手権でのグリゴール・ディミトロフ

全仏オープンは3回戦でフェルナンド・ベルダスコに6-7(4), 2-6, 4-6のストレートで敗退して、またしても全仏オープン3回戦の壁を破ることができなかった。ウィンブルドン全米オープンは1回戦でいずれもスタン・ワウリンカに敗れた[3]

レーバーカップでは欧州選抜としてチーム・ヨーロッパに参戦。シングルスではフランシス・ティアフォーに勝利し、ダブルスではダビド・ゴファンと組み、ニック・キリオス/ジャック・ソック組に敗れたが、欧州選抜の優勝に貢献した。パリ・マスターズでは3回戦でマリン・チリッチに6-7(5), 4-6で敗れた。アンドレ・アガシをコーチに招聘して挑んだパリ・マスターズでも2回戦でマリン・チリッチに敗れた。

ATPツアーでの決勝進出も一度だけで、グランドスラム2大会連続で元世界ランキング3位のワウリンカと当たり、初戦敗退したことも影響してランキングが下降。年間最終ランキングは19位。

2019年 全米ベスト4[編集]

開幕戦のブリスベン国際では準々決勝で錦織圭に5-7, 5-7で敗れた。全豪オープンでは4回戦でフランシス・ティアフォーに5-7, 6-7(5), 7-6(1), 5-7の接戦で敗れた。BNPパリバ・オープンは肩の故障で1回戦を棄権した。クレーシーズンは全体的に成績を残せず、5月には2016年からコーチを務めていたダニ・ヴァルヴェドゥとの関係を解消した[4]

2019年全仏オープンでのグリゴール・ディミトロフ

全仏オープンではヤンコ・ティプサレビッチマリン・チリッチをフルセットの死闘の末下したが、3回戦でスタン・ワウリンカにストレートで敗れた。ウィンブルドン選手権では2年連続1回戦敗退。ロジャーズ・カップでは1回戦でワウリンカと対戦し、ストレートで敗れた。続くウエスタン・アンド・サザン・オープンでも1回戦でワウリンカと対戦し、7-5, 4-6, 6-7(4)で敗れた。

2019年パリ・マスターズでのグリゴール・ディミトロフ

しかし、ノーシードで挑んだ全米オープンでは準々決勝でフェデラーに3-6, 6-4, 3-6, 6-4, 6-2のフルセットで勝利。過去7戦して全て敗れていたフェデラーに初めて勝つとともに、グランドスラムで2年ぶりのベスト4入りを決めた。準決勝で第5シードのダニール・メドベージェフに6-7(5), 4-6, 3-6のストレートで敗れたが、この大活躍により、78位まで降下したランキングを25位まで回復させた。パリ・マスターズでも初のベスト4まで進出。年間最終ランキングは20位。[5]

2020年 グランドスラム4回戦進出[編集]

全豪オープンでは2回戦でアメリカの若手選手トミー・ポールに4-6, 6-7, 6-3, 7-6, 6-7(3)のスーパータイブレークまで及ぶ接戦で敗れた。

その後は新型コロナウィルスの蔓延のためツアーが中断され、大会数が制限された。昨年ベスト4入りをした全米オープンでは1回戦で全豪オープンで対戦したポールにリベンジを果たしたが、2回戦ではマートン・フチョビッチに7-6, 6-7, 6-3, 4-6, 1-6のフルセットの末に惜敗した。

全仏オープンでは初の4回戦まで進出した。初のベスト8入りをかけてステファノス・チチパスと対戦したが3-6, 6-7, 2-6のストレートで敗退した。年間最終ランキングは19位。

2021年 マスターズ100勝[編集]

2021年から錦織圭の元コーチのダンテ・ボッティーニ氏を新コーチに迎えた。

全豪オープンには今大会第18シードとして出場し、1回戦でマリン・チリッチを破り、3回戦ではパブロ・カレーニョ・ブスタと対戦したが相手が途中棄権したため、そのまま4回戦進出。4回戦では昨年準優勝したドミニク・ティームを圧倒。すべてストレートで勝ち上がり、2018年ぶりにベスト8に進出したが、予選から勝ち上がってきたロシアのアスラン・カラツェフに背中の痙攣もあり、6-2, 4-6, 1-6, 2-6で敗退。

ATPツアー・マスターズ1000などでも早期敗退が続いた。全仏オープンは1回戦で怪我により途中棄権。ウィンブルドン選手権では1回戦でフェルナンド・ベルダスコに勝利したが、2回戦でアレクサンダー・ブブリクに敗退。2021年全米オープンでも2回戦でアレクセイ・ポピリン戦で足の怪我のため途中棄権。グランドスラムでも怪我による早期敗退が続いた。

しかし、BNPパリバ・オープンでは3回戦でライリー・オペルカ、4回戦で第1シードのダニール・メドベージェフを4-6, 6-4, 6-3で下して、大会初のベスト8入りを決めた。準々決勝では第8シードのホベルト・ホルカシュを3-6, 6-4, 7-6(2)の逆転で勝利し、ベスト4入りを決めた。この勝利でマスターズ1000で100勝を達成。準決勝ではキャメロン・ノリーに2-6, 4-6のストレートで敗れた。パリ・マスターズではリシャール・ガスケカレン・ハチャノフを下して3回戦進出。3回戦ではアレクサンダー・ズベレフに敗退してシーズン終了。年間最終ランキングは28位。

2022年 ツアー通算350勝[編集]

2022年モンテカルロ・マスターズでのグリゴール・ディミトロフ

年始のアデレード国際ではベスト4入り。ダブルスではダビド・ゴファンと組み、2回戦敗退。全豪オープンでは第26シードとして出場して、2回戦でブノワ・ペールに4-6, 4-6, 7-6(4), 6-7(2)で敗退。デルレイビーチ・オープンではベスト8入りしたことでツアー350勝を達成した。

2022年全仏オープンでのグリゴール・ディミトロフ

クレーシーズンに入り、モンテカルロ・マスターズでは3回戦でキャスパー・ルードを6-3, 7-5で下すと、準々決勝でホベルト・ホルカシュを6-4, 3-6, 7-6(2)で破り、2018年以来となるベスト4入り。準決勝ではアレハンドロ・ダビドビッチ・フォキナに4-3, 7-6(2), 3-6のフルセットの末に敗れ、決勝進出を逃した。マドリード・オープンBNLイタリア国際ではステファノス・チチパスに敗退した。第18シードで迎えた全仏オープンでは3回戦で第15シードのディエゴ・シュワルツマンに3-6, 1-6, 2-6のストレートで敗れた。ウィンブルドン選手権では1回戦のスティーブ・ジョンソン (テニス選手) 戦で6-4, 2-5の時点で左足の負傷により途中棄権を余儀なくされた。

全米オープンでは第17シードとして出場し、1回戦で前述のジョンソンを6-3, 6-2, 6-2のストレートで下して、再戦にてリベンジをするも、2回戦でブランドン・ナカシマに6-7(5), 5-7, 3-6のストレートで敗退した。エルステ・バンク・オープンではベスト4入り。準決勝でダニール・メドベージェフに4-6, 2-6で敗れた。パリ・マスターズでは3回戦で世界ランキング1位のカルロス・アルカラスに1-6, 3-6のストレートで敗れて、シーズン終了。年間最終ランキングは28位と、10年連続で30位圏内キープを記録した。

2023年 ユナイテッド杯初出場[編集]

1月、ユナイテッド・カップではブルガリア代表のキャプテンとして初出場。結果はラウンドロビン敗退。全豪オープンでは第27シードとして出場。1回戦では2021年の準々決勝で敗れたアスラン・カラツェフを7-6(3), 7-5, 6-2のストレートで下してリベンジをする。2回戦のラスロ・ジェレ戦も6-3, 6-2, 6-0で圧倒する。3回戦では第4シードのノバク・ジョコビッチに6-7(7), 3-6, 4-6のストレートで敗れた。

2月、ABNアムロ・オープンの1回戦でもカラツェフを6-1, 6-3、2回戦でホベルト・ホルカシュを7-6(4), 7-6(5)、準々決勝でアレックス・デミノーを6-3, 3-6, 7-6(6)で破り、ベスト4入り。

3月、BNPパリバ・オープン2回戦でのジェイソン・クブラー戦では6-2, 6-7(5), 0-3の時点で途中棄権。マイアミ・オープンでは2回戦でヤン=レナード・ストルフを4-6, 7-6(5), 6-4の逆転で破るも、3回戦でヤニック・シナーに6-3, 6-4のストレートで敗退した。

4月、モンテカルロ・マスターズでは2回戦でイジー・レヘチカに6-7(4), 4-6のストレートで敗れた。 5月、マドリード・マスターズでは3回戦でカルロス・アルカラスに2-6, 5-7のストレートで敗れた。ローマ・マスターズでは3回戦でノバク・ジョコビッチに3-6, 6-4, 1-6のフルセットで敗退。しかし、同月末のジュネーブ・オープンでは準決勝でテイラー・フリッツに3-6, 7-5, 7-6(2)の逆転で勝利、2018年以来約5年ぶりのツアー決勝進出。決勝ではニコラス・ジャリーに6-7(1), 1-6のストレートで敗れ、惜しくも準優勝。

6月、NIKEからラコステとウェアの3年契約を締結した。全仏オープンでは第28シードとして出場。1回戦ではチモフェイ・スカトフ 英語版を6-0, 6-3, 6-2、 2回戦でエーミル・ルースヴオリを7-6(4), 6-3, 6-4でそれぞれストレートで勝利。3回戦では2回戦で第8シードのヤニック・シナーをフルセットで破ったダニエル・アルトマイアーを6-4, 6-3, 6-1のストレートで下し、2020年以来、3年ぶりの大会4回戦進出をする。

プレースタイル[編集]

攻撃的なオールラウンダー。完成度の高い綺麗なフォームから繰り出されるストロークに定評がある。片手バックハンドのフォロースルーが背中についてしまいそうなくらい柔軟であり、武器のひとつでもある。スライスを多用して守備する。体も柔軟で足も速く、フットワークも機敏である。サーブは233 km/h (145 mph) 以上放つことができる。

弱点としては劣勢になると格下の選手に負けそうになるメンタル面の弱さとフィジカル面でも試合中に痙攣を起こすこともある。芝とハードコートが得意。一方でクレーコートが苦手としている。

人物[編集]

ブルガリア人として初めてのATPツアー優勝とトップ10入りをした最も成功したブルガリア人テニス選手。2014年と2017年にブルガリアでのスポーツパーソン・オブ・ザ・イヤー (スポーツ・イラストレイテッド)を受賞した。

ロシア出身の元世界ランキング1位である女性テニス選手マリア・シャラポアと2012年の後半から交際をしていた。2013年のマドリード・オープンブルガリア人として初めて男子世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチを破った後にその関係を発表した。しかし、2015年にその関係が破局。2015年末にはアメリカ人歌手ニコール・シャージンガーとこっそりと交際を始めた。

母国語のブルガリア語英語を話す。スポーツコンピュータ腕時計などに強い関心がある。

コート上でのスタイリッシュなプレースタイルやウェアとシューズがナイキとラケットがウィルソンなどロジャー・フェデラーとの共通点が多い。

主要大会決勝[編集]

ATPファイナルズ[編集]

シングルス: 1 (1タイトル)[編集]

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2017年 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) ベルギーの旗 ダビド・ゴファン 7-5, 4-6, 6-3

ATPマスターズ1000[編集]

シングルス: 1 (1タイトル)[編集]

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2017年 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード オーストラリアの旗 ニック・キリオス 6-3, 7-5

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 16回 (8勝8敗)[編集]

大会カテゴリ
グランドスラム (0–0)
ATPファイナルズ (1–0)
ATPツアー・マスターズ1000 (1–0)
ATPツアー500 (1–2)
ATPツアー250 (5–6)
サーフェス別タイトル
ハード (6–6)
クレー (1–2)
芝 (1–0)
カーペット (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2013年1月6日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード イギリスの旗 アンディ・マリー 6-7(0-7), 4-6
優勝 1. 2013年10月20日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) スペインの旗 ダビド・フェレール 2-6, 6-3, 6-4
優勝 2. 2014年3月1日 メキシコの旗 アカプルコ ハード 南アフリカ共和国の旗 ケビン・アンダーソン 7-6(7-1), 3-6, 7-6(7-5)
優勝 3. 2014年4月27日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー チェコの旗 ルカシュ・ロソル 7-6(7-2), 6-1
優勝 4. 2014年6月15日 イギリスの旗 ロンドン スペインの旗 フェリシアーノ・ロペス 6-7(8-10), 7-6(7-1), 7-6(8-6)
準優勝 2. 2014年10月19日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 7-5, 4-6, 4-6
準優勝 3. 2016年1月16日 オーストラリアの旗 シドニー ハード セルビアの旗 ビクトル・トロイツキ 6-2, 1-6, 6-7(7-9)
準優勝 4. 2016年5月1日 トルコの旗 イスタンブール クレー アルゼンチンの旗 ディエゴ・シュワルツマン 7-6(7-5), 6-7(4-7), 0-6
準優勝 5. 2016年10月9日 中華人民共和国の旗 北京 ハード イギリスの旗 アンディ・マリー 4-6, 6-7(2-7)
優勝 5. 2017年1月8日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード 日本の旗 錦織圭 6-2, 2-6, 6-3
優勝 6. 2017年2月12日 ブルガリアの旗 ソフィア ハード (室内) ベルギーの旗 ダビド・ゴファン 7-5, 6-4
優勝 7. 2017年8月20日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード オーストラリアの旗 ニック・キリオス 6-3, 7-5
準優勝 6. 2017年10月22日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 4-6, 2-6
優勝 8. 2017年11月19日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) ベルギーの旗 ダビド・ゴファン 7-5, 4-6, 6-3
準優勝 7. 2018年2月18日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 2-6, 2-6
準優勝 8. 2023年5月27日 スイスの旗 ジュネーヴ クレー チリの旗 ニコラス・ジャリー 6-7(1-7), 1-6

ダブルス: 1回 (0勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2011年6月16日 イギリスの旗 イーストボーン イタリアの旗 アンドレアス・セッピ イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
イスラエルの旗 アンディ・ラム
3-6, 3-6

成績[編集]

略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

シングルス[編集]

グランドスラム大会[編集]

大会 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 通算成績
全豪オープン A A Q1 2R 2R 1R QF 4R 3R SF QF 4R 2R QF 2R 31-13
全仏オープン A A A 1R 2R 3R 1R 1R 1R 3R 3R 3R 4R 1R 3R 14–12
ウィンブルドン選手権 A 1R A 2R 2R 2R SF 3R 3R 4R 1R 1R NH 2R 1R 16–12
全米オープン A Q2 A 1R 1R 1R 4R 2R 4R 2R 1R SF 2R 2R 2R 15-12

※不戦勝は通算成績に含まない[7]

大会最高成績[編集]

大会 成績
ATPファイナルズ W 2017
インディアンウェルズ SF 2021
マイアミ 4R 2012, 2016
モンテカルロ SF 2018, 2022
マドリード QF 2015
ローマ SF 2014
カナダ SF 2014
シンシナティ W 2017
上海 QF 2017
パリ SF 2019
オリンピック 2R 2012
デビスカップ 3R 2015
ATPカップ RR 2020

脚注[編集]

  1. ^ Grigor Dimitrov smashes three racquets to concede Istanbul Open title to Diego Schwartzman”. ABCニュース. 2016年5月5日閲覧。
  2. ^ Diego Schwartzman wins in Istanbul as Grigor Dimitrov melts down”. ESPN. 2016年5月5日閲覧。
  3. ^ ワウリンカが2回戦進出。「ウィンブルドン」に続きディミトロフに連勝で復調を印象付ける[全米オープン]”. THE TENNIS DAILY (2018年8月28日). 2018年9月1日閲覧。
  4. ^ コーチと関係解消 別々の道へ”. tennis365.net. 2020年2月12日閲覧。
  5. ^ Grigor Dimitrov - Rankings History”. atptour.com. 2020年2月12日閲覧。
  6. ^ Activity” (英語). ATPTour.com. ATP Tour. 2022年5月8日閲覧。
  7. ^ 2019年全米2回戦[6]

外部リンク[編集]