マリン・チリッチ

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マリン・チリッチ Tennis pictogram.svg
Marin Cilic 03042011 2.jpg
マリン・チリッチ
基本情報
ラテン文字名 Marin Čilić
愛称 Mrnja(ムルニャ)
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
出身地 ボスニア・ヘルツェゴビナ
メジュゴリエ
居住地 モナコ・モンテカルロ
生年月日 1988年9月28日(26歳)
身長 198cm
体重 82kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2005年
ツアー通算 12勝
シングルス 12勝
ダブルス 0勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2010)
全仏 4回戦(2009・10)
全英 ベスト8(2014)
全米 優勝(2014)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 9位(2010年2月2日)
ダブルス 49位(2013年4月15日)
2014年6月6日現在

マリン・チリッチMarin Čilić, 1988年9月28日 - )は、ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)・メジュゴリエ出身のクロアチアの男子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス9位、ダブルス49位。これまでにATPツアーでシングルス11勝を挙げる。身長198cm、体重82kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

2014年グランドスラム4大大会全米オープン優勝者。

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

チリッチは7歳の時から、ドイツに住んでいた従兄弟と共にテニスを始めた。ジュニア時代の戦績は、2005年全仏オープン男子ジュニアシングルス部門優勝、同年の世界スーパージュニアテニス選手権大会単複優勝などがある。同2005年にプロ入り。この頃から、彼は同国の先輩選手ゴラン・イワニセビッチマリオ・アンチッチのコーチとしても知られたボブ・ブレットのコーチを受け始める。2006年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのクロアチア代表入りを果たす。この年はスイスグシュタード大会で早くもATPツアーベスト4に進出するなどの活躍があり、同年末にはランキングを100位台に乗せた。2007年にはチャイナ・オープンロシアサンクトペテルブルクの2大会で、当時世界ランキング4位につけていたニコライ・ダビデンコロシア)を倒す活躍があり、シングルスランキング71位でこのシーズンを終えた。

2008年 初タイトル[編集]

2008年は年初のチェンナイ・オープンでベスト4の好成績を収めた後、全豪オープン4大大会に初出場した。この大会では1回戦で第27シードのニコラス・アルマグロスペイン)を破って波に乗り、一気にジェームズ・ブレークアメリカ)との4回戦まで勝ち進んだ。この年はウィンブルドンでも4回戦に進出し、アルノー・クレマンフランス)に3-6, 5-7, 2-6 のスコアで敗れる。8月北京五輪にクロアチア代表として選出され、フェルナンド・ゴンサレスチリ)との2回戦まで進出した。翌週に行われた全米オープン最後の前哨戦「パイロット・ペン選手権」(アメリカニューヘイブン開催)で、チリッチは決勝で大会前年度準優勝者のマーディ・フィッシュアメリカ)を 6-4, 4-6, 6-2 で下し、ツアー初優勝を遂げた。これらの活躍により、全米オープンで初めて「第30シード」に選出され、ノバク・ジョコビッチセルビア)との3回戦まで進出した。

2009年 4大大会ベスト8[編集]

2009年は1月のチェンナイ・オープンと2月のPBZザグレブ・インドアでシングルス優勝を果たす。この年は全仏オープンで初の4回戦進出を果たした後、全米オープンのベスト8進出があった。4回戦で前年度準優勝者のアンディ・マレーイギリス)を 7-5, 6-2, 6-2 で破ったチリッチは、続く準々決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロアルゼンチン)に 6-4, 3-6, 2-6, 1-6 で敗れた。

2010年 4大大会ベスト4 世界10位入り[編集]

2010年、チェンナイ・オープン決勝でスタニスラス・ワウリンカスイス)を破って大会2連覇を達成。この後、チリッチは全豪オープンで初のベスト4進出を決めた。4回戦では、前年の全米準々決勝で敗れたフアン・マルティン・デル・ポトロを 5-7, 6-4, 7-5, 5-7, 6-3 のスコアで倒し、準々決勝では第7シードのアンディ・ロディックアメリカ)に 7-6(4), 6-3, 3-6, 2-6, 6-3 で勝って、上位シード選手を2人連破した。初進出の準決勝ではアンディ・マレーに 6-3, 4-6, 4-6, 2-6 で敗れ、決勝進出を逃した。全豪オープン終了後、チリッチは世界ランキング10位に入り、初の世界トップ10入りを果たした。

2011年-[編集]

2011年7月の地元ウマグ大会では単複で決勝に進出。シングルスではアレクサンドル・ドルゴポロフウクライナ)に 4–6, 6–3, 3–6 、ロブロ・ゾブコと組んだダブルスでもイタリアのシモーネ・ボレッリ&ファビオ・フォニーニ組に 3–6, 7–5, 7–10 で敗れともに準優勝となった。10月のチャイナ・オープンでも決勝に進出したが、トマーシュ・ベルディハに 6–3, 4–6, 1–6 で敗れた。10月末のサンクトペテルブルク大会の決勝でヤンコ・ティプサレビッチを 6–3, 3–6, 6–2 で破りツアー6勝目を挙げた。

2012年6月のエイゴン選手権ではダビド・ナルバンディアンの失格により7勝目を挙げた。地元ウマグ大会ではマルセル・グラノリェルスを 6–4, 6–2 で破り8勝目を挙げた。ロンドン五輪で2度目のオリンピックに出場した。シングルスでは2回戦でレイトン・ヒューイットに 4-6, 5-7 で敗れた。イワン・ドディグと組んだダブルスではベスト8に進出している。全米オープンでは3年ぶりのベスト8に進出した。準々決勝ではアンディ・マリーに 6–3, 6–7, 2–6, 0–6 で敗れた。

2013年5月のBMWオープンでのドーピング検査で禁止薬物に陽性反応を示した。9月に2014年1月末まで9ヶ月の出場停止処分を受けた[1]。チリッチはスポーツ仲裁裁判所に異議を申し立てて[2]、4ヶ月間に短縮され、11月のBNPパリバ・マスターズから復帰した。

2014年 グランドスラム優勝[編集]

2014年よりチリッチは母国の先輩ゴラン・イワニセビッチをコーチに迎えた。地元のPBZザグレブ・インドアデルレイビーチ国際テニス選手権で優勝し復調を見せた。ウィンブルドンで自身初のベスト8入りを果たすと、続く北米マスターズ2大会でも善戦し、第14シードで全米オープンを迎えた。全米オープンでは4回戦でジル・シモンに5-7,7-6,6-4,3-6,6-3で4時間13分の激闘の末勝利してベスト8進出を果たすと、準々決勝でトマシュ・ベルディフを6-2,6-4,7-6、準決勝でロジャー・フェデラーを6-3, 6-4, 6-4といずれもストレートで下し4大大会では自身初の決勝進出。決勝では、第5シードのラオニッチ、第3シードのワウリンカ、第1シードのジョコビッチを撃破してこちらも自身初めてグランドスラム決勝に進出した錦織圭とお互い初優勝をかけて対戦し、 6-3, 6-3, 6-3で破り、グランドスラム初優勝を果たした。

その後、調整の為、休養に入り、10月中旬から開催されたクレムリン・カップに出場。決勝まで順調に進出し、ロベルト・バウティスタ・アグトに6ー4,6ー4で破り、この年4勝目を挙げ、自身初のATPワールドツアー・ファイナルの切符を手に入れた。

人物・エピソード[編集]

プレースタイル[編集]

長身から放たれる高速サーブと安定したバックハンドショットが武器。サーブはこれまで体格の割にスピードが出ていなかったが、同じくサーブを武器としたゴラン・イワニセビッチをコーチに付けることにより威力が増加した。[4][5]

主要大会決勝[編集]

グランドスラム決勝[編集]

シングルス: 1 (1 タイトル)[編集]

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2014年 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード 日本の旗 錦織圭 6-3, 6-3, 6–3

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 21回 (12勝9敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (1-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (0-3)
ATPワールドツアー・250シリーズ (11–6)
サーフェス別タイトル
ハード (10–5)
クレー (1-3)
芝 (1-1)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年8月23日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード アメリカ合衆国の旗 マーディ・フィッシュ 6–4, 4–6, 6–2
優勝 2. 2009年1月11日 インドの旗 チェンナイ ハード インドの旗 ソムデブ・デブバルマン 6–4, 7–6(3)
優勝 3. 2009年2月8日 クロアチアの旗 ザグレブ ハード (室内) クロアチアの旗 マリオ・アンチッチ 6–3, 6–4
準優勝 1. 2009年10月11日 中華人民共和国の旗 北京 ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 2–6, 6–7(4)
準優勝 2. 2009年11月1日 オーストリアの旗 ウィーン ハード (室内) オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 4–6, 3–6
優勝 4. 2010年1月10日 インドの旗 チェンナイ ハード スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 7–6(2), 7–6(3)
優勝 5. 2010年2月7日 クロアチアの旗 ザグレブ ハード (室内) ドイツの旗 ミヒャエル・ベラー 6–4, 6–7(5), 6–3
準優勝 3. 2010年5月9日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー ロシアの旗 ミハイル・ユージニー 3–6, 6–4, 4–6
準優勝 4. 2011年2月20日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) スウェーデンの旗 ロビン・セーデリング 7–6(8), 3–6, 3–6
準優勝 5. 2011年7月31日 クロアチアの旗 ウマグ クレー ウクライナの旗 アレクサンドル・ドルゴポロフ 4–6, 6–3, 3–6
準優勝 6. 2011年10月9日 中華人民共和国の旗 北京 ハード チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 6–3, 4–6, 1–6
優勝 6. 2011年10月30日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) セルビアの旗 ヤンコ・ティプサレビッチ 6–3, 3–6, 6–2
準優勝 7. 2012年5月6日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー ドイツの旗 フィリップ・コールシュライバー 6–7(8), 3–6
優勝 7. 2012年6月17日 イギリスの旗 ロンドン アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 6–7(3), 4–3 失格
優勝 8. 2012年7月15日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スペインの旗 マルセル・グラノリェルス 6–4, 6–2
優勝 9. 2013年2月10日 クロアチアの旗 ザグレブ ハード (室内) オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 6–3, 6–1
準優勝 8. 2013年6月16日 イギリスの旗 ロンドン イギリスの旗 アンディ・マリー 7-5, 5-7, 3-6
優勝 10. 2014年2月9日 クロアチアの旗 ザグレブ ハード (室内) ドイツの旗 トミー・ハース 6–3, 6–4
準優勝 9. 2014年2月16日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 4–6, 2–6
優勝 11. 2014年2月23日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ ハード 南アフリカ共和国の旗 ケビン・アンダーソン 7–6(6), 6–7(7), 6–4
優勝 12. 2014年9月8日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード 日本の旗 錦織圭 6-3, 6-3, 6–3

ダブルス: 1回 (0勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2011年7月30日 クロアチアの旗 ウマグ クレー クロアチアの旗 ロブロ・ゾブコ イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ
イタリアの旗 ファビオ・フォニーニ
3–6, 7–5, [7–10]


4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2014年 全米オープン 日本の旗 錦織圭 6-3, 6-3, 6-3

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 通算成績
全豪オープン A 1R 4R 4R SF 4R A 3R 2R A 17–7
全仏オープン A 1R 2R 4R 4R 1R 3R 3R 3R 4R 16–9
ウィンブルドン A 1R 4R 3R 1R 1R 4R 2R QF QF 17–8
全米オープン LQ LQ 3R QF 2R 3R QF A W 20–5

: 2013年ウィンブルドン2回戦の不戦敗は通算成績に含まない

脚注[編集]

外部リンク[編集]