スタン・スミス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
スタン・スミス
Stan Smith
Tennis pictogram.svg
Stan Smith 1972.jpg
スタン・スミス
基本情報
フルネーム Stanley Roger Smith
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 同・カリフォルニア州パサデナ
生年月日 (1946-12-14) 1946年12月14日(70歳)
身長 193cm
体重 84kg
利き手
バックハンド 片手打ち
殿堂入り 1987年
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(1970・75・7712月
全仏 ベスト8(1971・74)
全英 優勝(1972)
全米 優勝(1971)
優勝回数 2(英1・米1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1970)
全仏 準優勝(1971・74)
全英 準優勝(1972・74・80・81)
全米 優勝(1968・74・78・80)
優勝回数 5(豪1・米4)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全米 準優勝(1967)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(1968-72・78・79)

スタン・スミスStan Smith, 1946年12月14日 - )は、アメリカカリフォルニア州パサデナ出身の男子テニス選手。フルネームは Stanley Roger Smith (スタンレー・ロジャー・スミス)という。1960年代後半から1970年代前半にかけて、アメリカを代表する選手として活躍した。男子テニス国別対抗戦・デビスカップでアメリカ・チームに「7勝」をもたらした選手としてよく知られ、当時のアメリカの国民的英雄でもあった。プロテニス選手としてシングルス39勝、ダブルス61勝を挙げ、通算「100勝」を記録した。優れたテニスコーチとしても有名である。

来歴[編集]

スミスは学生時代に南カリフォルニア大学のエースとして、1968年に「全米学生テニス選手権」の男子シングルスで優勝した。この大会では1967年1968年にダブルス2連覇もあるが、この頃から組んでいたダブルス・パートナーのボブ・ルッツとのペアは、後に4大大会で「5勝」を挙げるほどの名コンビになった。1968年からデビスカップのアメリカ代表選手に選ばれ、同年から1972年までアメリカ・チームのデ杯「5連覇」に貢献した。

1968年にテニス界は「オープン化」という措置を取り、4大大会にプロテニス選手の出場を解禁した。この年からテニスの歴史は「オープン化時代」(Open Era)へと移行する。この過渡期には、テニスのトーナメントにも多くの暫定的な変化があったが、1968年1969年の2年間、アメリカニューヨークのクイーンズ区・フォレストヒルズ(Forest Hills)で行われてきた全米テニス選手権はその最たる例であった。9月に行われた「全米オープン選手権」が“オープン化時代のグランドスラム”(Open Era Grand Slam)と呼ばれるが、この2年間に限っては12月に「全米選手権大会」(US National Champs)が別途に開催され、年間で2度開かれた。公式優勝記録表には、1回目の「全米オープン選手権」優勝者の名前が記載される。1969年の「全米オープン選手権」優勝者となったオーストラリアロッド・レーバーは、この勝利で自身2度目の「年間グランドスラム」を達成した。スタン・スミスは12月に別途開催された、2回目の「全米選手権大会」(US National Champs)で優勝したが、これは全米オープン選手権大会の公式優勝記録には数えられない。(全米オープン男子シングルス優勝者一覧も参照のこと。)

1971年、スタン・スミスはウィンブルドンで初めての決勝進出を果たす。相手は大会前年優勝者のジョン・ニューカムであったが、この時は2時間50分の試合時間の末に 3-6, 7-5, 6-2, 4-6, 4-6 のフルセットでニューカムに敗れた。続く全米オープンで、スミスはついに正式な優勝を飾る。この決勝戦では、1970年1971年全仏オープンで2連覇を達成したチェコスロバキアヤン・コデシュを 3-6, 6-3, 6-2, 7-6 で破った。1972年ウィンブルドンで、スミスは2年連続の決勝に進出し、今度はルーマニアの名選手イリ・ナスターゼを2時間41分の試合時間で退け、4-6, 6-3, 6-3, 4-6, 7-5 のフルセットでナスターゼを破ってウィンブルドン初優勝を飾った。ルーマニアとはデビスカップでも宿敵の間柄で、1968年から1972年までの大会5連覇の間に、1969年1971年1972年の3度ルーマニア・チームと決勝を戦っている。

アディダス スタン・スミス

スタン・スミスはダブルスでも、学生時代からパートナーを組んでいたボブ・ルッツとのペアで抜群の強さを発揮した。スミスとルッツの組は、全米オープンの男子ダブルスで4勝、全豪オープンでは1勝(1970年)を挙げた。スミスはシングルス選手としての全盛期が過ぎた後も、1978年1979年のデビスカップではルッツとのダブルスで2度の優勝に貢献した。こうしてスミスは、デビスカップで史上最多の「7勝」を挙げた選手としてテニスの歴史に名前を残すことになった。1987年国際テニス殿堂入りを果たしている。

アディダスがスタン・スミスの名前を付けたシューズ「スタン・スミス」(Adidas Stan Smith)を発売している。

4大大会優勝[編集]

  • 全豪オープン 男子ダブルス:1勝(1970年)
  • ウィンブルドン 男子シングルス:1勝(1972年)
  • 全米オープン 男子シングルス:2勝(1969年、1971年)/男子ダブルス:4勝(1968年、1974年、1978年、1980年) [1969年は暫定開催の「全米選手権大会」で優勝、公式優勝記録に数えられない]
大会 対戦相手 試合結果
1971年 全米オープン チェコの旗 ヤン・コデシュ 3-6, 6-3, 6-2, 7-6
1972年 ウィンブルドン ルーマニアの旗 イリ・ナスターゼ 4-6, 6-3, 6-3, 4-6, 7-5

外部リンク[編集]