ファビオ・フォニーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ファビオ・フォニーニ
Fabio Fognini
Tennis pictogram.svg
Fognini WM13 (9479307151).jpg
ファビオ・フォニーニ
基本情報
愛称 Absolutely Fabio-lous
Fogna
国籍 イタリアの旗 イタリア
出身地 同・サンレーモ
居住地 同・タッジャ
生年月日 (1987-05-24) 1987年5月24日(30歳)
身長 178cm
体重 74kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2004年
ツアー通算 9勝
シングルス 5勝
ダブルス 4勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2014)
全仏 ベスト8(2011)
全英 3回戦(2010・17)
全米 4回戦(2015)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2015)
全仏 ベスト4(2015)
全英 2回戦(2014)
全米 ベスト4(2011)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 2回戦(2013・16)
全英 2回戦(2012・13)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 13位(2014年3月31日)
ダブルス 7位(2015年7月20日)
2017年10月1日現在

ファビオ・フォニーニFabio Fognini, 1987年5月24日 - )は、イタリアサンレーモ出身の男子プロテニス選手。ATPランキング自己最高位はシングルス13位、ダブルス7位。これまでにATPツアーでシングルス5勝、ダブルス4勝を挙げている。身長178cm、体重74kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

2015年全豪オープン男子ダブルスで同じイタリアのシモーネ・ボレッリと組んで優勝、グランドスラム男子オープン化以降初となるイタリア人ペアでの優勝である。また2011年全仏オープン男子シングルスで、イタリア人男子として13年振りのグランドスラムシングルスベスト8進出を果たした選手である。

来歴〜ジュニア時代[編集]

会社経営者の父フルヴィオと主婦の母シルヴァナの間に2人兄妹の長男として生まれ、4歳からテニスを始めた[1]。当初は他のスポーツとしてサッカーもプレーしていたが14歳になるとテニス一本に絞り込み、以降本格的にテニスに取り組むようになる[2]。ジュニア時代には2004年全豪オープン2004年全仏オープンのジュニアシングルス部門で2度ベスト8に進出しており[3][4]、ITFジュニア世界ランキングでも最高8位を記録する等、早くから国際的に名の知られたトップジュニアの一人となっていた[5]

プロ転向後[編集]

2005年〜2007年[編集]

転向後暫くは下部大会での下積みが続いたフォニーニであったが、2007年から本格的にツアーレベルの大会に挑戦するようになり、2007年全仏オープン男子シングルスで予選を勝ち上がりグランドスラム大会初出場を果たす。1回戦では世界ランク35位のフアン・モナコと対戦、世界ランク191位のフォニーニは最初の2セットを奪う活躍を見せるも3セット目以降はモナコに逆転され、結局6-3, 6-2, 1-6, 2-6, 4-6のフルセットで惜敗した[6]。予選を勝ち上がり出場した7月のオーストリア・オープンシングルスでは1回戦でフアン・パブロ・ブジェジツキ英語版を6-4, 6-3のストレートで破りツアーシングルス初勝利を挙げ勢いに乗ると、2回戦では第16シードのヴェルナー・エシャウアー英語版を4-6, 6-4, 7-5のフルセットで下し、アンドレアス・セッピとの3回戦まで進出[7]。続いて予選を勝ち上がり出場したロジャーズ・カップでも2回戦で大会13シード、シングルス世界ランク14位のアンディ・マリーを6-2, 6-2のストレートで下す番狂わせを演じ[8]、世界ランク1位の第1シードロジャー・フェデラーとの3回戦まで進出した[9]。この年は他にも9月のキングフィッシャー航空テニス・オープンシングルスでも2回戦に進出した他[10]、下部ツアーのATPチャレンジャーツアーでもシングルスで3度の準優勝、ダブルスで1度の準優勝を挙げる活躍で、シングルス年度末ランクも前シーズン終了時の247位[11]から94位まで急上昇させ[12]、以降ツアーレベルに定着するようになる。またシーズン後半にはスペインの元プロテニス選手オスカー・セラーノ英語版と新たにフルタイムコーチ契約を結び、以降セラーノの指導を受けるようになる[13]

2008年[編集]

シングルスではノーシードで出場した1月のモビスター・オープン1回戦で、第2シードのフアン・イグナシオ・チェラを7-6(0), 6-2のストレートで破る活躍でサンティアゴ・ベントゥーラ英語版との準々決勝まで進出すると[14]、続いてノーシードで出場したブラジル・オープンでは2回戦で第8シードのアルベルト・モンタニェスを7-5, 6-3のストレートで、準々決勝ではノーシードのイボ・ミナールをそれぞれ破り、初のツアーシングルス準決勝に進出。準決勝では第2シードのニコラス・アルマグロと対戦したが1-6, 1-6のストレートで完敗[15]。6月のオレンジ・ワルシャワ・オープン英語版でも準々決勝で第5シードのギリェルモ・カナスを7-5, 7-5のストレートで破り準決勝に進出。準決勝では世界ランク4位の第1シードニコライ・ダビデンコに挑戦したが、2-6, 3-6のストレートで敗退[16]。第7シードで出場した7月のクロアチア・オープンでは、3回戦で前年度優勝者の第3シードカルロス・モヤを6-4, 6-3のストレートで破る活躍で2ヶ月連続のツアーベスト4に進出[17]。準決勝では世界ランク15位の第1シードフェルナンド・ベルダスコと対戦したが、1-6, 3-6のストレートで破れた[18]。この年は他にもノーシードで出場した8月のパイロット・ペン・テニス2回戦で、第10シードのシモーネ・ボレリを6-2, 5-7, 6-4のフルセットで破り、第7シードのアンドレアス・セッピとの3回戦まで進出した他、ツアー下部のチャレンジャーシリーズでも2優勝を記録、ダブルスでもカルロス・ベルロクと組みノーシードで出場したクロアチア・オープンで準優勝した他[19][20]フィリッポ・ボランドリ英語版と組み出場したブラジル・オープンフアン・マルティン・デル・ポトロと組み出場した8月のカントリーワイド・クラシックでもそれぞれベスト4に進出する好成績を収めたが[21][22]シーズン終盤に左膝を負傷したことにより失速、10月のリヨン・グランプリダブルス1回戦で敗退したのを最後に前シーズンよりも早くツアーを切り上げ、同月30日に左膝の手術に踏み切った[1][23]。これにより前シーズン後半の獲得ポイントを防衛できなかった為シングルス年度末ランクは92位とわずかの上昇に留まったが[24]、ダブルスでは前年末の490位[25]から133位まで大幅に上昇した[26]。これらの活躍により同年9月のデビスカップヨーロッパ/アフリカゾーン グループ Iプレーオフ、対ラトビア戦でイタリア代表に初選出。、シングルスナンバー2選手として初日のシングルスで起用されたが、ラトビアのシングルスナンバー1選手エルネスツ・グルビスに 6-7(2), 1-6, 1-6 のストレートで敗れた[27]

2009年[編集]

シーズン序盤は前年末の左膝手術の影響もあり、シングルスでは1〜2回戦負けの続く低調な滑り出しで2月から4月にかけて一時シングルストップ100から陥落する等一時スランプに陥ったが、3月末に主催者推薦で出場したチャレンジャー大会のテニス・ナポリ・カップ英語版でベスト4に進出し復調のきっかけを掴むと[28]、予選を勝ち上がり出場した4月のモンテカルロ・マスターズ1回戦で世界ランク25位のトマーシュ・ベルディハを1-6, 6-3, 6-3の逆転で破り、2回戦では世界ランク18位の第14シードマリン・チリッチを6-2, 6-0と圧倒して3回戦に進出[29]。3回戦では世界ランク4位で第4シードのアンディ・マリーと対戦し6-7(11), 4-6のスコアで惜敗したが[30]、この活躍により翌週付けのシングルスランキングでトップ100に復帰。ノーシードで出場した7月のメルセデス・カップでは、1回戦で第7シードのファブリス・サントロを5-7, 7-6(3), 6-1のフルセットで破ると、2回戦ではポール=アンリ・マチューを6-4, 4-1としたところでマチューの途中棄権で勝利。3回戦では世界ランク11位の第2シードニコライ・ダビデンコを6-1, 3-6, 7-5のフルセットで下し今シーズン初のツアーベスト4に進出[31]。準決勝では第4シードのビクトル・ハネスクと対戦したが、3-6, 7-6(4), 2-6のフルセットで惜敗した[32]。この年はノーシードで出場した9月のBCRルーマニア・オープンでも、2回戦で第2シードのニコラス・アルマグロを 6-4, 7-6(3)のストレートで破り、第5シードのアルベルト・モンタニェスとの準々決勝まで進出した他[33]マドリード・マスターズ上海マスターズでも予選を勝ち上がり2回戦まで進出する等高グレード大会でも実績を残し、年度末ランキングも自身最高となる54位で終了した[34]。一方、今シーズンはシングルスに注力した為ダブルスにはグランドスラム大会を中心に計7大会しか出場せず、それらの出場大会も全て1〜2回戦負けに終わった事により年度末ランキングは211位まで下降した[35]

2010年[編集]

シングルスではノーシードで出場した2月のブラジル・オープンルカシュ・クボットとの準々決勝まで進出すると[36]、5月の全仏オープン2回戦では前年ベスト4の第13シードガエル・モンフィス相手に2-6, 4-6, 7-5, 6-4, 9-7のフルセット、雨天中断による日没順延の為2日間に渡った4時間16分の大熱戦を制し[37][38]、自身初のグランドスラムシングルス3回戦に進出[39][40]。3回戦では第20シードのスタニスラス・ワウリンカに挑戦したが、3-6, 4-6, 1-6のストレートで敗れた[41]。6月のウィンブルドン選手権1回戦では、世界ランク9位で第9シードのフェルナンド・ベルダスコを7-6(9), 6-2, 6-7(6), 6-4のスコアで破る活躍でジュリアン・ベネトーとの3回戦まで進出[42]。この年はノーシードで出場した7月のドイツ国際オープンアンドレアス・セッピとの3回戦まで進出した他[43]、予選から出場した8月のロジャース・カップ、10月のBNPパリバ・マスターズでも本戦2回戦に進出[44][45]。チャレンジャーツアーでも3大会で優勝し、ダブルスでもポティート・スタラーチェと組みノーシードで出場した2月のアビエルト・メキシコ・テルセルで準優勝する好成績を収めたが[46]、その反面ツアーシングルス1回戦負けが前シーズンの10回から16回に増加するなど好不調の波も激しく、シングルス年度末ランキングも55位と前年とほぼ変わらずの順位で終えるに留まった[47]。またシーズン終盤には従来のセラーノとのコーチング契約を終了し[48]、かつてカリム・アラミのコーチを務めた[49]スペイン人のパブロ・マルティンと新たにフルタイムコーチ契約を結んでいる[50]

2011年 全仏ベスト8[編集]

シングルスでは第7シードで出場した2月のモビスター・オープンで順当に準々決勝まで進出すると、準々決勝では前年度優勝者の第3シードトマス・ベルッシを1-6, 6-2, 7-6(0)のフルセットで破る活躍でトミー・ロブレドとの準決勝まで進出[51][52]。ノーシードで出場した5月の全仏オープンでは、1回戦でデニス・イストミンを6-4, 6-2, 6-2のストレートで、2回戦でステファン・ロベールを6-2, 6-1, 6-0のストレートでそれぞれ下し、2年連続の3回戦に進出。3回戦では第30シードのギリェルモ・ガルシア=ロペスを4-6, 6-3, 6-3, 6-1で破ると[53]、4回戦ではノーシードのアルベルト・モンタニェスと対戦。互いに初のグランドスラムシングルスベスト8進出を賭けたこの一戦は両者共一歩も引かない大熱戦となり、セットカウント2-2のファイナルセットまで縺れ込んだ。このファイナルセットではモンタニェスに先にブレークされ追いかける展開となり、5-3モンタニェスのサービスゲームで2本のマッチポイントを握られる所まで追い詰められた。しかしここからフォニーニが追い上げを見せたが、途中自身のサービスゲームで左足を負傷した為まともに足が動かなった。それでも最後は粘るモンタニェスを振りきり、結果4-6, 6-4, 3-6, 6-3, 11-9のフルセット、計4時間22分のロングマッチに勝利[54]。イタリア人男子の全仏オープンシングルスベスト8進出は、1995年全仏オープンでシングルスベスト8に進出したレンツォ・フルラン英語版以来16年振りの事であり[55]、グランドスラム全体でも1998年ウィンブルドン選手権でベスト8に進出したダビデ・サンギネッティ英語版以来13年振りとなる快挙であった[56][57]。しかしモンタニェスス戦終盤で痛めた左足付け根の状態では次戦を戦うことは叶わず、結局準々決勝の対ノバク・ジョコビッチ戦を棄権[58]。イタリア人男子として1978年全仏オープンコラド・バラズッティ英語版以来、33年振りとなるグランドスラムシングルスベスト4進出の偉業達成はならなかった[59]

2012年-2014年 マスターズベスト4・ツアー初優勝・デビスカップベスト4[編集]

2012年BRDナスターゼ・ティリアク・トロフィーで自身初のツアー決勝進出を果たすも、ジル・シモンに4–6, 3–6で敗れ、初優勝はならなかった。サンクトペテルブルク・オープン決勝でもマルティン・クリザンに敗れ、準優勝。

2013年4月のモンテカルロ・マスターズでは3回戦で世界ランク6位のトマーシュ・ベルディハを6–4, 6–2で、準々決勝で世界ランク9位のリシャール・ガスケを7–6(0), 6–2で破り、ベスト4進出。準決勝で世界ランク1位のノバク・ジョコビッチに2-6, 1-6で敗れた。7月のメルセデス・カップ決勝でフィリップ・コールシュライバーを5–7, 6–4, 6–4で破りATPシングルス初優勝を果たす。翌週のドイツ国際オープンでは世界ランク11位のトミー・ハースや16位のニコラス・アルマグロを破って決勝進出。決勝でフェデリコ・デルボニスに4–6, 7–6(8), 6–2で勝利し500シリーズ初優勝を果たした。

2014年2月のチリ・オープンでは決勝でレオナルド・マイエルを6–4, 6–2で破り優勝。デビスカップ2014準々決勝対イギリス戦では世界ランク8位のアンディ・マリーに6–3, 6–3, 6–4で勝利し、イタリアの準決勝進出に貢献した。

2015年 全豪ダブルス優勝・ナダルに3度の勝利[編集]

2015年全豪オープン男子ダブルスにてシモーネ・ボレリとペアを組みノーシードで出場。決勝でピエール=ユーグ・エルベール/ニコラ・マユ組を6–4, 6–4で破りグランドスラム初優勝を果たした。グランドスラム男子オープン化以降初となるイタリア人ペアでの優勝である。

リオ・オープン準決勝で世界ランク3位のラファエル・ナダルに1–6, 6–2, 7–5で勝利し決勝に進出するもダビド・フェレールに敗れ準優勝。バルセロナ・オープン3回戦にて再びラファエル・ナダルに6–4, 7–6(6)で同シーズン2度目の勝利。1シーズンで2度クレーコートでナダルに勝利したのは2011年のノバク・ジョコビッチ以来2人目。同年のドイツ国際オープンでは2度目の決勝で三度ラファエル・ナダルと対戦するも5-7, 5-7で敗れた。

全米オープンでは今季4度目のラファエル・ナダルとの対戦で3-6, 4-6, 6-4, 6-3, 6-4で勝利。ナダルには今季3度目、ハードでは初めて勝利した。全米では初めて4回戦進出。4回戦ではフェリシアーノ・ロペスに敗れた。

2016年-[編集]

2016年7月のクロアチア・オープン決勝でアンドレイ・マルティンを6–4, 6–1で破り2年ぶりの優勝を挙げた。

2017年[編集]

2017年BNPパリバ・オープンでは2回戦で世界ランク8位のジョー=ウィルフリード・ツォンガに7–6(4), 3–6, 6–4で勝利した。

2017年全米オープンの男子シングルス1回戦で、ステファノ・トラヴァーリャに敗戦。試合後、女性審判に対して侮辱発言を行ったため大会追放処分の上、2万4,000ドルの罰金を科せられた。後日、自身の暴言癖が欠点であることを自覚しており、メンタルトレーナーと訓練していた旨を発言している[60]

プレースタイル[編集]

特にクレーコートを得意としており、コートに突き刺さるようなクリーンなグラウンドストロークを武器にするカウンターパンチャータイプの選手である。またラケットタッチの巧みさにも定評があり、これを生かしたボレーやドロップショットのレベルも非常に高い[61]。その一方、2008年1月の時点で当時のコーチオスカー・セラーノは、試合中に突然集中力が途切れる事が頻繁にありそれによりサービスショットの精度が安定しなくなるという欠点を持つ他、試合中に自制心を失い自己中心的なプレーに走った事による自滅も多いとフォニーニを分析しており、これらの欠点を克服することが更なるレベル向上の鍵となっている[23]

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 14回 (5勝9敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (1-2)
ATPワールドツアー・250シリーズ (4–7)
サーフェス別タイトル
ハード (0–3)
クレー (5-6)
芝 (0-0)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2012年4月29日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー フランスの旗 ジル・シモン 4–6, 3–6
準優勝 2. 2012年9月23日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) スロバキアの旗 マルティン・クリザン 2–6, 3–6
優勝 1. 2013年7月14日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ドイツの旗 フィリップ・コールシュライバー 5–7, 6–4, 6–4
優勝 2. 2013年7月21日 ドイツの旗 ハンブルク クレー アルゼンチンの旗 フェデリコ・デルボニス 4–6, 7–6(10-8), 6–2
準優勝 3. 2013年7月28日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スペインの旗 トミー・ロブレド 0–6, 3–6
優勝 3. 2014年2月9日 チリの旗 ビニャ・デル・マール クレー アルゼンチンの旗 レオナルド・マイエル 6–4, 6–2
準優勝 4. 2014年2月23日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 4–6, 3–6
準優勝 5. 2014年5月4日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー スロバキアの旗 マルティン・クリザン 6–2, 1–6, 2–6
準優勝 6. 2015年2月16日 ブラジルの旗 リオデジャネイロ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 2–6, 3–6
準優勝 7. 2015年8月2日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 5–7, 5–7
優勝 4. 2016年7月24日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スロバキアの旗 アンドレイ・マルティン 6–4, 6–1
準優勝 8. 2016年10月23日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) スペインの旗 パブロ・カレーニョ・ブスタ 6–4, 3–6, 2–6
優勝 5. 2017年7月30日 スイスの旗 グシュタード クレー ドイツの旗 ヤニック・ハンフマン 6–4, 7–5
準優勝 9. 2017年9月24日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ダミル・ジュムール 6–3, 4–6, 2–6

ダブルス: 12回 (4勝8敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2008年7月14日 クロアチアの旗 ウマグ クレー アルゼンチンの旗 カルロス・ベルロク スロバキアの旗 ミハル・メルティナク
チェコの旗 ペトル・パラ
6–2, 3–6, [5–10]
準優勝 2. 2010年2月27日 メキシコの旗 アカプルコ クレー イタリアの旗 ポティート・スタラーチェ ポーランドの旗 ルカシュ・クボット
オーストリアの旗 オリバー・マラチ
0–6, 0–6
優勝 1. 2011年7月30日 クロアチアの旗 ウマグ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ クロアチアの旗 マリン・チリッチ
クロアチアの旗 ロブロ・ゾブコ
6–3, 5–7, [10–7]
準優勝 3. 2012年4月14日 モロッコの旗 カサブランカ クレー イタリアの旗 ダニエレ・ブラッッチャーリ ドイツの旗 ダスティン・ブラウン
オーストラリアの旗 ポール・ハンリー
5–7, 3–6
優勝 2. 2013年2月24日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ニコラス・モンロー
ドイツの旗 シモン・スタドラー
6–3, 6–2
準優勝 4. 2013年3月2日 メキシコの旗 アカプルコ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ ポーランドの旗 ルカシュ・クボット
スペインの旗 ダビド・マレーロ
5–7, 2–6
準優勝 5. 2013年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード イタリアの旗 アンドレアス・セッピ ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
ルーマニアの旗 ホリア・テカウ
4-6, 2-6
優勝 3. 2015年1月31日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ フランスの旗 ピエール=ユーグ・エルベール
フランスの旗 ニコラ・マユ
6–4, 6–4
準優勝 6. 2015年3月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ジャック・ソック
カナダの旗 バセク・ポスピシル
4–6, 7–6(7-3), [7-10]
準優勝 7. 2015年4月19日 モナコの旗 モンテカルロ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
6–7(3-7), 1-6
準優勝 8. 2015年10月18日 中華人民共和国の旗 上海 ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ ブラジルの旗 マルセロ・メロ
南アフリカ共和国の旗 レイベン・クラーセン
3-6, 3-6
優勝 4. 2016年10月2日 中華人民共和国の旗 深圳 ハード スウェーデンの旗 ロベルト・リンドステット オーストラリアの旗 オリバー・マラチ
フランスの旗 ファブリス・マルタン
7–6(4), 6–3

ATPツアー主要大会全結果[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

シングルス[編集]

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 通算成績 勝率
グランドスラム
全豪オープン A Q1 1R 2R 1R 1R 1R 1R 4R 1R 1R 2R 5-10 33.3
全仏オープン A 1R A 1R 3R QF 3R 3R 3R 2R 1R 3R 15–9 62.5
ウィンブルドン A A 1R 2R 3R A 2R 1R 3R 2R 2R 3R 10–9 52.9
全米オープン A Q3 1R 1R 1R 2R 3R 1R 2R 4R 2R 1R 8–10 44.4
通算成績 0–0 0–1 0–3 2–4 4–4 5–2 5–4 2–4 8–4 5–4 2-4 5-4 38–38 50.0
デビスカップ
デビスカップ A A Z1 PO 1R PO PO QF SF 1R QF 10-4 71.42
ATPワールドツアー・マスターズ1000
インディアンウェルズ・マスターズ A Q2 2R 1R 2R 1R A 2R 4R 2R A 3R 7–8 46.67
マイアミ・マスターズ A A A Q1 1R 1R A 3R 4R 2R A SF 8–6 57.14
モンテカルロ・マスターズ A Q1 A 3R 1R 2R 2R SF 3R 2R 1R 11–8 61.11
マドリード・マスターズ A A 1R 2R 1R Q1 1R 1R 1R 2R 1R 2–8 20.00
ローマ・マスターズ 1R Q2 A 2R 1R 1R 2R 2R 1R 2R 2R 6–9 40.00
カナダ・マスターズ A 3R A A 2R 1R 2R 2R 2R 1R 2R 7–8 46.67
シンシナティ・マスターズ A A A A Q2 2R 1R 1R QF 1R 1R 4–6 40.00
上海マスターズ NM1000 2R A 1R 1R 3R 1R 2R 2R 5-7 41.67
パリ・マスターズ A A A A 2R 1R Q1 2R 2R 1R 1R 1–6 14.29
通算成績 0–1 2–1 1–2 5–5 3–7 2–8 3–6 10–9 10–9 5–9 3-5 45–65 40.91
キャリア通算成績
決勝進出結果 0–0 0–0 0–0 0–0 0–0 0–0 0–2 2–1 1-2 0-2 1-1 1-1 5–9 36.36%
年度末ランキング 257 95 88 54 55 48 45 16 20 21 49 $6,027,801

*NM1000 = マスターズ1000以外の格で開催 : 2011年全仏準々決勝の不戦敗は通算成績に含まない

ダブルス[編集]

大会 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 W–L
全豪オープン 2R 2R 2R 1R 2R SF 2R W 2R 1R 16–9
全仏オープン A 2R 1R 2R 1R 1R 2R SF 1R 7–8
ウィンブルドン A 1R 1R A 1R 1R 2R 1R 1R 1–7
全米オープン 1R 1R A SF 1R 2R 1R 1R 2R 6–8

ATPツアー獲得賞金[編集]

グランドスラム
シングルスタイトル
ATP
シングルスタイトル
合計 獲得賞金 (US$) 賞金ランキング
2004 0 0 0 3,773[62] 833[62]
2005 0 0 0 17,668[63] 417[63]
2006 0 0 0 52,110[64] 264[64]
2007 0 0 0 126,405[65] 169[65]
2008 0 0 0 284,518[66] 104[66]
2009 0 0 0 395,679[67] 76[67]
2010 0 0 0 424,469[68] 67[68]
2011 0 0 0 738,884[69] 41[69]
2012 0 0 0 533,149[70] 53[70]
2013 0 2 2 1,480,993[71] 18[71]
通算 0 2 2 *4,058,171[72] *139[72]
* 2013年シーズン終了現在

脚注[編集]

  1. ^ a b Tennis - ATP World Tour - Tennis Players – Fabio Fognini”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  2. ^ Scoop Malinowski (2011年5月27日). “Biofile with Fabio Fognini”. Tennis-Prose.com. 2011年6月6日閲覧。
  3. ^ Australian Open Junior Championships 2004”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  4. ^ Roland Garros 2004 2004”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  5. ^ ITF Tennis - Juniors - Player Biography”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  6. ^ French Open 2007”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  7. ^ Austrian Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  8. ^ Recovering Murray may rest wrist until U.S. Open”. ロイター (2007年8月8日). 2011年6月6日閲覧。
  9. ^ Coupe Rogers présentée par Banque Nationale”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  10. ^ Kingfisher Airlines Open - Mumbai”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  11. ^ Tennis - ATP World Tour - Tennis Rankings and Statistics”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  12. ^ Tennis - ATP World Tour - Tennis Rankings and Statistics”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  13. ^ Lavoro e disciplina: la filosofia di Oscar Serrano.”. ファビオ・フォニーニ公式サイト (2008年1月9日). 2011年6月6日閲覧。
  14. ^ Movistar Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  15. ^ Brasil Open 2008”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  16. ^ Orange Warsaw Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  17. ^ ATP Staff (2008年7月18日). “VERDASCO, ANDREEV REACH SEMIFINALS; FOGNINI UPSETS MOYA”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  18. ^ ATP Studena Croatia Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  19. ^ ATP Studena Croatia Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  20. ^ ATP Staff (2008年7月20日). “Mertinak, Pala Seal First Team Trophy”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  21. ^ Brasil Open 2008”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  22. ^ COUNTRYWIDE CLASSIC”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  23. ^ a b Lavoro e disciplina: la filosofia di Oscar Serrano.” (2008年1月9日). 2011年6月6日閲覧。
  24. ^ Tennis - ATP World Tour - Tennis Rankings and Statistics”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  25. ^ ATP Individual Doubles Rankings For 11/19/07”. Steve G Tennis. 2011年6月6日閲覧。
  26. ^ ATP Individual Doubles Rankings For 11/17/08”. Steve G Tennis. 2011年6月6日閲覧。
  27. ^ Davis Cup - Tie details - 2008 - Italy v Latvia”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  28. ^ Tennis Napoli Cup”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  29. ^ ATP Staff (2009年4月15日). “NADAL BEGINS QUEST FOR FIFTH TITLE IN STYLE”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  30. ^ ATP Staff (2009年4月17日). “Nadal Completes Double Duty To Book SF Spot”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  31. ^ ATP Staff (2009年7月17日). “HANESCU REACHES FIRST SEMI-FINAL OF SEASON; FOGNINI OUSTS DAVYDENKO”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  32. ^ ATP Staff (2009年7月18日). “HANESCU ADVANCES TO THIRD ATP WORLD TOUR FINAL; CHARDY WINS TWO MATCHES IN A DAY”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  33. ^ ATP Staff (2009年9月23日). “FOGNINI UPSETS ALMAGRO; PAVEL PLAYS LAST SINGLES MATCH”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  34. ^ South African Airways ATP Rankings - Singles”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  35. ^ ATP Individual Doubles Rankings For 12/7/09”. Steve G Tennis. 2011年6月6日閲覧。
  36. ^ ATP Staff (2010年2月12日). “ANDREEV, FERRERO WIN; BELLUCCI OUSTED IN COSTA DO SAUIPE”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  37. ^ Kevin Mitchell (2010年5月26日). “Andy Murray waits as Roger Federer storms into French Open third round”. ガーディアン. 2011年6月6日閲覧。
  38. ^ MATCH FACTS”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  39. ^ 27時間半かかった勝利「ボールがよく見えなかったがそれもテニス」”. スポーツニッポン (2010年5月28日). 2011年6月6日閲覧。
  40. ^ Julien Pretot (2010年5月27日). “Monfils blinks first as Fognini wins Parisian shootout”. ロイター. 2011年6月6日閲覧。
  41. ^ ATP Staff (2010年5月28日). “FEDERER JOINS 700 MATCH WINS CLUB”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  42. ^ Kate Flory (2010年6月22日). “THE CHAMPIONSHIPS - DAY TWO DIARY”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  43. ^ Kate Flory (2010年7月22日). “GOLUBEV CELEBRATES BIRTHDAY WITH TOP 10 WIN; FERRERO KEEPS ALIVE TITLE BID”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  44. ^ Rogers Cup presented by National Bank”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  45. ^ BNP PARIBAS MASTERS”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  46. ^ Abierto Mexicano telcel”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  47. ^ South African Airways ATP Rankings - Singles”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  48. ^ Alessandro Nizegorodcew (2010年9月28日). “IO VADO PER LA MIA STRADA”. Tennis.it. 2011年6月6日閲覧。
  49. ^ Tennis - ATP World Tour - Tennis Players – Karim Alami”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  50. ^ Marco Caldara (2010年11月30日). “PRONTO PER ESPLODERE?”. Tennis.it. 2011年6月6日閲覧。
  51. ^ ATP Staff (2011年2月4日). “Giraldo Maintains Fine Form; Fognini Escapes 'Ugly' Situation”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  52. ^ ATP Staff (2011年2月5日). “GIRALDO FIGHTS PAST STARACE TO REACH FIRST FINAL”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  53. ^ ATP Staff (2011年5月27日). “FERRER SETS MONFILS CLASH”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
  54. ^ ジョコビッチ、フェデラーが貫禄の8強進出、フェデラーは記録更新も/全仏オープン男子8日目”. Tennis-Navi (2011年5月30日). 2011年6月6日閲覧。
  55. ^ Luca Marianantoni (2011年5月29日). “Heroic Fognini wins 11-9 in the 5th Super Schiavone headed to quarters”. ガゼッタ・デロ・スポルト. 2011年6月6日閲覧。
  56. ^ Antonio De Florio (2011年5月29日). “Tennis, Roland Garros Fognini e Schiavone ai quarti di finale”. イル・メッサッジェーロ英語版. 2011年6月6日閲覧。
  57. ^ HOWARD FENDRICH (2011年5月29日). “Italy's Fognini beats Spain's Montanes in 5 sets”. AP通信. 2011年6月6日閲覧。
  58. ^ フォニーニが棄権 ジョコビッチは4強入り”. スポーツニッポン (2011年5月30日). 2011年6月6日閲覧。
  59. ^ Mario Viggiani (2011年5月30日). “Roland Garros, l'Italia da record Schiavone e Fognini nei quarti (Clerici, Azzolini, Viggiani, Semeraro, De Martino, Giorni), Fabio finalmente è maturo. Vince le partite possibili (Tommasi)”. UBITENNIS. 2011年6月6日閲覧。
  60. ^ 暴言で全米追放のフォニーニ、全豪で出場禁止の可能性も AFP(2017年9月7日)2017年10月22日閲覧
  61. ^ Tom Perrotta (2011年5月29日). “Beware the Wounded Tennis Player”. ウォールストリート・ジャーナル. 2011年6月6日閲覧。
  62. ^ a b ATP Prize Money for 12/13/04”. Steve G Tennis. 2012年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  63. ^ a b ATP Prize Money for 12/19/05”. Steve G Tennis. 2012年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  64. ^ a b ATP Prize Money for 12/18/06”. Steve G Tennis. 2012年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  65. ^ a b ATP Prize Money for 12/24/07”. Steve G Tennis. 2012年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  66. ^ a b ATP Prize Money for 12/29/08”. Steve G Tennis. 2012年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  67. ^ a b ATP Prize Money for 12/28/09”. Steve G Tennis. 2012年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月6日閲覧。
  68. ^ a b ATP Prize Money for 12/27/10”. Steve G Tennis. 2011年6月6日閲覧。
  69. ^ a b ATP Top 200 Prize Money Leaders for 12/26/2011”. Steve G Tennis. 2011年6月7日閲覧。
  70. ^ a b ATP Prize Money Leaders for December 24, 2012”. Steve G Tennis. 2011年6月7日閲覧。
  71. ^ a b ATP Prize Money Leaders (US$)”. Steve G Tennis. 2013年11月18日閲覧。
  72. ^ a b ATP Prize Money Leaders (US$)”. ATP. 2013年11月18日閲覧。

外部リンク[編集]