七草

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七草(ななくさ)は、人日節句1月7日)のに、7種の野菜が入ったを食べる風習のこと。

元々の「七草」は秋の七草を指し、小正月1月15日のものは「七種」と書く。この七種も「ななくさ」と読み、一般には7日正月のものを七草と書くなど、現在では元々の意味がわからなくなり、風習だけが形式として残った。これらの事から、人日の風習と小正月の風習が混ざり、1月7日に「七草粥」が食べられるようになったと考えられる。

目次

春の七種 [編集]

の七種とは以下の7種類の植物である。

春の七種
七草がゆ
画像 よみ
名称
現在の名称 英名 科名
W seri4081.jpg せり
セリ Water dropwort セリ科
Capsela bursa-pastoris Enfoque 2010 3 14 DehesaBoyalPuertollano.jpg なずな
ナズナ(ぺんぺん草) Shepherd's Purse アブラナ科
Gnaphalium affine2.jpg ごぎょう
御形
ハハコグサ(母子草) Cudweed キク科
Chickweed (aka).jpg はこべら
繁縷
ハコベ(蘩蔞) chickweed ナデシコ科
Lapsana apogonoides konitb01.jpg ほとけのざ
仏の座
コオニタビラコ(小鬼田平子) Nipplewort キク科
Kabu.Japan.JPG すずな
カブ(蕪) Turnip アブラナ科
Leaves of Japanese Radish.jpg すずしろ
蘿蔔
ダイコン(大根) Radish アブラナ科

(「仏の座」は、シソ科ホトケノザとは別のもの)

この7種の野菜を刻んで入れたかゆ七草がゆといい、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。

七種は、前日の夜にまな板に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種がゆの行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられている。歌の歌詞は「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」など地方により多少の違いがある。

七種の行事は「子(ね)の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習があった。『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。

歴史 [編集]

古代より日本では、年初に雪の間から芽を出した草を摘む「若菜摘み」という風習があり、これが七草の原点とされる。また六朝時代の中国の「荊楚歳時記」に「人日」(人を殺さない日)である旧暦1月7日に、「七種菜羹」という7種類の野菜を入れた羹(あつもの、とろみのある汁物)を食べて無病を祈る習慣が記載されており、「四季物語」には「七種のみくさ集むること人日菜羹を和すれば一歳の病患を逃るると申ためし古き文に侍るとかや」とある。このことから今日行われている七草粥の風習は、中国の「七種菜羹」が日本において日本文化・日本の植生と習合することで生まれたものと考えられている。

日本では古くから七草を食す習慣が行われていたものの、特に古代において「七草」の詳細については記録によって違いが大きい。『延喜式』には餅がゆ望がゆ)という名称で「七種粥」が登場し、かゆに入れていたのは(きび)・(ひえ)・みの・胡麻小豆の七種の穀物で、これとは別に一般官人には、米に小豆を入れただけの「御粥」が振舞われていた。この餅がゆは毎年1月15日に行われ、これを食すれば邪気を払えると考えられていた。なお、餅がゆの由来については不明な点が多いが、『小野宮年中行事』には弘仁主水式に既に記載されていたと記され、宇多天皇は自らが寛平年間に民間の風習を取り入れて宮中に導入したと記している(『宇多天皇宸記』寛平2年2月30日条)。この風習は『土佐日記』・『枕草子』にも登場する。

その後、旧暦の正月(現在の1月~2月初旬ころ)に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説あり、また地方によっても異なっていた。現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう)』(四辻善成による『源氏物語』の注釈書)の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が初見とされる(ただし、歌の作者は不詳とされている)。これらは水田雑草ないし畑に出現するものばかりであり、今日における七種類の定義は日本の米作文化が遠因となっている。

江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として、将軍以下全ての武士が七種がゆを食べる儀礼を行っていた。

秋の七草 [編集]

伊勢神宮(外宮)の観月会に供えられた秋の七草。

の七草は以下の7種の野草のことである。

画像 よみ
名称
科名
Patrinia scabiosifolia1.jpg おみなえし
女郎花
オミナエシ科
Susuki01s3200.jpg おばな
尾花(ススキのこと)
イネ科
Platycodon grandiflorum ja01.jpg ききょう
桔梗
キキョウ科
Dianthus superbus var. longicalycinus in Mount Ibuki 2011-08-28.JPG なでしこ
撫子
ナデシコ科
Eupatorium japonicum flower.jpg ふじばかま
藤袴
キク科
Starr 021012-0015 Pueraria montana var. lobata.jpg くず
マメ科
Lespedeza ja02.jpg はぎ
マメ科

山上憶良が詠んだ以下の2首の歌がその由来とされている(2首目は旋頭歌)。

  • 秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花(万葉集・巻八 1537)
  • 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)

「朝貌の花」が何を指すかについては、朝顔木槿(むくげ)、桔梗昼顔など諸説あるが、桔梗とする説が最も有力である。

春の七種と違い、秋の七草に直接何かをする行事は特にない。秋の、野の花が咲き乱れる野原を「花野」(はなの)といい、花野を散策して短歌俳句を詠むことが、古来より行われていた。秋の七草は、それを摘んだり食べたりするものではなく、眺めて楽しむものである。

覚え方 [編集]

  • “おすきなふくは”
  • “おきなはすくふ”(「沖縄救う」の旧仮名遣い表記)

昔の七草 [編集]

昔の七草とは、これ以下の「春の七種(はるのななくさ)」や「秋の七種(あきのななくさ)」と異なることを指す。

キビヒエゴマ小豆・蓑米(葟・ムツオレグサ[1]

夏の七草 [編集]

1945年6月、日本学術振興会学術部・野生植物活用研究小委員会が、戦時中の食糧難の時節にも食べられる植物として、以下の7種類を「夏の七草」に選定している。

アカザイノコヅチヒユスベリヒユシロツメクサヒメジョオンツユクサ

脚注 [編集]

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  1. ^ 本来はくさかんむりに皇(「葟」)で“みの”と読む。七種中、唯一の野生植物であり、七種粥の衰微後にその実名すら不詳となった。小野蘭山大槻文彦金沢庄三郎らはこれを当時「蓑米」と呼ばれていた植物にこれを当てはめたが、牧野富太郎は当時「蓑米」と呼ばれている植物が食用にならない事実を指摘して、七種の「蓑米」と別種であるとして替わりにムツオレグサを七種の「蓑米」に比定して、これまで「蓑米」と呼ばれていた植物にカズノコグサの和名を与えた。(鋳方貞亮『日本古代穀物史の研究』(吉川弘文館、1977年 ISBN 978-4-642-02059-6))

参考文献 [編集]

  • 有岡利幸『秋の七草』ものと人間の文化史145、法政大学出版局、2008年(平成20年)10月10日。 ISBN 978-4-588-21451-6
  • 有岡利幸『春の七草』ものと人間の文化史146、法政大学出版局、2008年(平成20年)12月5日。 ISBN 978-4-588-21461-5

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]