小林寛 (野球)

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小林 寛
横浜DeNAベイスターズ #12
20130317 Hirosi Kobayasi, pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2013年3月17日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県福山市
生年月日 1989年1月21日(25歳)
身長
体重
180 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト4位
初出場 2011年6月8日
年俸 1,350万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小林 寛(こばやし ひろし、1989年1月21日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

広島県福山市出身。福山市立西深津小学校2年からソフトボールを始め[1]大阪市立生魂小学校3年から天王寺リトル[1]堺市立浜寺小学校6年からは浜寺ボーイズでプレーする[1]堺市立浜寺南中学校では高石ボーイズに所属[1]。ちなみに、2011年横浜ベイスターズの情報番組『Love BayStars』(TBSテレビ)でMCを務めた杉本有美は、小学校時代の同級生に当たる[2]

江の川高校に進学後は、2年春からベンチ入り。2年夏に控え投手として第87回全国高等学校野球選手権大会甲子園出場を果たすと、初戦(1回戦)の静清工業高校戦に救援で登板した。

大阪学院大学に進学後は、硬式野球部に入部すると、1年春から関西六大学野球のリーグ戦に登板。秋には3勝を挙げ平古場賞を受賞。2年は春秋あわせて96。3年の春はリーグトップの6勝を挙げ、チームの2位躍進に貢献し最優秀投手賞を獲得し大学日本代表候補にも選出された。 4年春はリーグ記録タイの9勝を挙げリーグ新の112奪三振をマーク。龍谷大学戦ではノーヒットノーランを達成した。18季ぶりチームの優勝に貢献し最優秀投手賞とMVPを獲得。大学選手権では1回戦の金沢学院大学戦で先発登板するが9奪三振をマークするも11安打を打たれて敗れた。

なお、関西六大学リーグ戦では、通算63試合に登板。35勝21敗、防御率1.46の成績を残した。完投数(47)と完封勝利数(15)は、いずれも通算成績でリーグ歴代1位。勝利数(35勝)・奪三振数(390)は、オリックス・バファローズ投手の平野佳寿京都産業大学時代に残した記録(36勝・404奪三振)に次ぐ歴代2位である。

プロ入り後[編集]

2010年10月28日のプロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから4位に指名。11月22日に契約金4500万円、年俸1000万円で契約した[3]

入団1年目の2011年には、同年入団の新人5投手では最も早く、春季キャンプ期間中に一軍へ昇格した[4]。開幕一軍は逃したものの、6月8日には、対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)の救援で一軍公式戦にデビュー。シーズン終了までに6試合登板した。9月20日の対中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム[5]でプロ初先発を果たしたが、5回を2本塁打3失点で敗戦投手になっている。

2012年には、イースタン・リーグの公式戦に15試合登板。2勝3敗、防御率4.50の成績を残した。

2013年には、4月30日に出場選手登録を果たすと、救援登板の4試合でいずれも無失点を記録した[6]。5試合目の5月15日の対楽天戦(横浜)で2年振りの先発登板(3回3失点で敗戦投手)を果たすと[7]7月10日の対広島東洋カープ戦(横浜)に4回表から救援で登板。2回を投げて2安打1失点を喫したが、代打を送られた5回裏にチームが逆転して試合にも勝利したため、一軍で初めての勝利投手になった[8]。この登板以降は、チーム事情に応じて、先発やロングリリーフで一軍公式戦での登板を重ねていた。シーズン最終戦になった10月8日の対阪神タイガース戦(横浜)では、救援登板で2勝目を記録。24試合登板、2勝1敗、防御率2.76という成績でシーズンを終えた。

プレースタイル・人物[編集]

最速148km/hのストレートと切れの良いスライダーカーブフォークボールチェンジアップといった多彩な変化球を投げる[9]。制球力には自信をもっており[9]、大学通算の与四球率は2.16と優秀な数値をマークしている。

大学通算で投球回数500イニング超を投げ切り、55試合に先発し47完投(15完封)をマーク。4年春には延長19回完投を含む117回を投げ、6勝(うち4勝はノーヒットノーランを含む完封)を挙げたスタミナも持ち味。

投球フォームは、左腕投手であった江夏豊の現役時代を手本にしている[9]。また、入団2年目の2012年からは、春季キャンプの前にチームメートの三浦大輔国吉佑樹などと合同で自主トレーニングを敢行している[10]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 横浜
DeNA
6 3 0 0 0 0 2 0 0 .000 88 19.1 21 2 9 0 0 9 0 0 12 11 5.12 1.55
2013 24 5 0 0 0 2 1 0 0 .667 256 58.2 60 1 29 0 3 38 2 0 19 18 2.76 1.52
通算:2年 30 8 0 0 0 2 3 0 0 .400 344 78.0 81 3 38 0 3 47 2 0 31 29 3.35 1.53
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 12 (2011年 - )

脚注[編集]

  1. ^ a b c d スポーツニッポン、2010年10月24日5面。
  2. ^ 2011年6月15日付で更新の杉本の公式ブログや、同年8月7日・21日放送分の『Love BayStars』より。8月21日の同番組では、取材の一環でベイスターズの独身寮を訪れた杉本と、独身寮に住む小林との間で小学校時代の思い出話を大阪弁で語り合うシーンも放送された。また、小林の初先発試合では、杉本が始球式を務めている。
  3. ^ 横浜 ドラフト4位の小林と契約スポーツニッポン2010年11月22日配信
  4. ^ 【横浜】小林寛、新人の1軍合流一番乗り日刊スポーツ2011年2月22日配信
  5. ^ ドラ4小林寛、初先発も2発に沈む「弱い部分出た」スポーツニッポン2011年9月20日配信
  6. ^ 日刊スポーツスコア速報 2013年5月11日DeNA対巨人戦(HARD OFF ECOスタジアム新潟)の投手成績欄を参照。
  7. ^ 試合結果2013年5月15日DeNA球団公式サイト
  8. ^ a b 小林寛 3年目でプロ初勝利も「悔い残っています」スポーツニッポン2013年7月10日配信
  9. ^ a b c 運命の日を前に ドラフト候補インタビュー『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、94-95項。
  10. ^ 横浜DeNA:三浦が自主トレ、小林・国吉も泊まり込みで(「カナロコ2012年1月15日付記事)横浜DeNA:三浦、厚木で自主トレ公開 国吉ら若手と汗(「カナロコ」2013年1月14日付記事)などを参照。
  11. ^ 神奈川新聞、2011年6月9日。
  12. ^ 神奈川新聞、2011年6月15日。
  13. ^ 神奈川新聞、2011年9月21日。

関連リンク[編集]

関連項目[編集]