ポール・クローデル

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外交官時代のポール・クローデル

ポール=ルイ=シャルル・クローデルクロデルPaul-Louis-Charles Claudel Claudelの発音例, 1868年8月6日 - 1955年2月23日)は、フランス劇作家詩人著作家外交官。女性彫刻家のカミーユ・クローデルは、姉にあたる。

生涯[編集]

1868年、北仏エーヌ県ヴィルヌーヴ=シュル=フェールVilleneuve-sur-Fère)村で、父ルイ・母ルイーズの4人の子の、末子に生まれた。収税官の父の転勤で幼時を転々としたのち、1881年パリルイ大王高等中学校に学んだ。1884年バカロレアに合格して哲学級へ進級し、級友のロマン・ロランとコンサートへ通い、また、文学に親しんだ。1885年パリ大学法学部へ進んだ。

1886年ランボーの『イリュミナシオン』と『地獄の季節』を読んだ。カトリシズムに回心し、また、1887年からマラルメの「火曜会」に出席するようになった。詩作し、戯曲を書いた。1890年、外交官試験に首席で合格し、本省商務部の専門職員となった。

1935年に退官するまでの、外交官としての経歴は次のとおりであった。在任中も、文筆を怠らなかった。

1890年パリノートルダム寺院聖体拝領に与った。彫刻家オーギュスト・ロダンの愛人であった姉に経済援助をしていたが、姉がロダンと別れて発狂して以降は上海勤務となり、姉に会う回数が激減したとされる。1898年上海勤務の休暇に、約1ヶ月日本を観光した。

1900年、一時帰国し、アンドレ・ジッドと交際し始めた。聖職者を志し、ソレーム修道院Solesmes Abbey)とリギュジェの聖マルティン修道院(Abbaye Saint-Martin de Ligugé)に籠もったが挫折した。福州へ帰任の途次、ベルギー人のロザリー・ヴェッチ夫人(Rosalie Vetch)を知り、1905年、彼女は一女をなした。この恋愛から、のちの戯曲『真昼に分かつ』、『繻子の靴』が生まれた。

一時帰国中の1906年、レーヌ・サント=マリー=ペラン(Reine Sainte-Marie-Perrin)と結婚した。5人の子をもうけた。

1917年、ブラジルへの赴任に、ダリウス・ミヨーを秘書として伴った。バレエ・リュスの旅興行を観て、トップ・ダンサーのヴァーツラフ・ニジンスキーと交渉を持ち、ミヨー作曲のバレエ『男と欲情』の台本を書いた。

1921年駐日フランス大使となり、フランス領インドシナを経て、11月横浜に着き、1927年2月まで在日した。(次項参照)

1927年イゼール県モレステルMorestel)のブラング城(Château de Brangues)を求め、そことパリとに住まった。1928年コロンビア大学名誉法学博士号を受けた。

1934年バレリーナイダ・ルビンシュタインへの作品をミヨーから頼まれ、『火刑台上のジャンヌ・ダルク』を書いた。1935年アカデミー・フランセーズ会員選挙に敗れた。6月、外交官を退官した。

1936年、心臓を病んだ。1939年、ローマ教皇ピウス12世の即位式の、フランス政府代表となった。同年、ケンブリッジ大学の名誉博士号を受けた。幼馴染みのロマン・ロランとの交友が復活した。

1940年ドイツ占領軍に監視され、著書『接触と環境』が出版後ただちに、廃棄処分にされた。1941年ナチスのユダヤ人迫害に抗議した。1942年アカデミー・フランセーズからの入会勧誘を、その対独汚染のゆえに拒否した。ジャン=ルイ・バローと『繻子の靴』上演を議し、1943年、短縮した上演台本を書き、11月25日からコメディ・フランセーズで上演した。以降、バローに頼られた。

1944年、解放後、ド・ゴールと交わった。1946年フランソワ・モーリアックの呼びかけとドゴールの後押しを受け、アカデミー・フランセーズ会員となった。

1947年、心臓発作を起こした。1948年、ド・ゴールの依頼により、国家評議会の会員となった。

1951年10月17日、レジョン・ドヌール大十字勲章を受けた。ロザリー・ヴェッチ夫人が没した。募る衰弱のなかで、執筆・旅行・演劇などの活動を続けた。

1955年2月23日パリの自宅で没、86歳。その4日前まで「マリアへのお告げ」のコメディ・フランセーズ上演に関わった。2月28日、パリノートルダム寺院で国葬が執り行われ、同年9月4日、ブラング城の一角に埋葬された。

その後も、著作・著作集の出版が続けられた。

物故直後の1955年7月、ジャン・ヴィラールアヴィニョン演劇祭で、「都市」第2稿が初演された。遺作の上演は、なお、続いている。その中には、1987年のアヴィニョン演劇祭における、アントワーヌ・ヴィテーズ(Antoine Vitez)演出の、「繻子の靴」完全版の初演、という話題もあった。

毎年の夏、ブラング城で、ポール・クローデル協会による、故人を偲ぶ催しが開かれている。

駐日大使時代[編集]

クローデルの駐日大使時代、相い争う案件は日仏間に少なかった。東アジアの利権拡大に協力する英米から孤立してゆく日本に、同情的で、日本の対中国の、フランスの対インドシナの権益拡大を、認め合おうとする姿勢であった。ワシントン会議で主力軍艦を制限された日本は、航空戦力を増強するだろうと、フランスの飛行機の売り込みをはかる、国際的商才もあった。

姉カミーユのジャポニスムの感化で、日本を好いていた彼は、公務を縫って、日本を積極的に見聞した。

東京・京都・大阪・福岡で、学生を相手に講演した。

春庭花』『納曽利』などの舞楽、文楽、『仮名手本忠臣蔵』『石切梶原』などの歌舞伎、『道成寺』『』『角田川』『』などのを観劇した。大徳寺大覚寺龍安寺長谷寺二条城三千院名古屋城などを巡り、狩野派の襖絵を鑑賞した。画家の冨田溪仙山元春挙竹内栖鳳、歌舞伎役者の五代目中村福助長唄の四世杵屋佐吉らと、親しくした。

雑誌改造へ2度、新潮へ1度、仏文の記事を日本語訳付きで寄稿した。日本の書店から、仏文の詩集『聖女ジュヌヴィエーヴ』、富田渓仙画の詩画集『四風帖』、その第2版の『雉橋集』、第3版の『百扇帖』、を出版した。舞踊詩劇『女と影』を書き、それは帝国劇場で、七代目松本幸四郎、五代目中村福助らによって上演された。

関東大震災に罹災しながら、救助活動を指揮し、病院と託児所とを仮設した。

1924年(大正13年)3月7日、渋沢栄一と協力して日仏会館を発足させた。1925年、大作「繻子の靴」を書きあげた。1926年、稲畑勝太郎とともに関西日仏学館の設立を推進したが、それが開館した1927年10月22日は、次の任地アメリカへ向かう船上にあった。

主な著作[編集]

訳書を原著の下に記す。

戯曲[編集]

  • 黄金の頭(Tête d'or):初稿1890年刊、二稿1901年刊-1924年初演(芸術と行動グループ(Groupe Art et Action))、1959年上演(コメディ・フランセーズジャン=ルイ・バロー演出)
  • 都市(La Ville):初稿1893年刊、二稿1901年刊-1955年初演(アヴィニョン演劇祭、ジャン・ヴィラール演出)
  • 乙女ヴィオレーヌ(La Jeune Fille Violaine):初稿1892年刊、二稿1901年刊、-1959初演
  • 交換(L'Échange):初稿1901年刊- 1914年初演(ヴィユ・コロンビエ劇場ジャック・コポー演出)、二稿1951年作、同年初演(ルノー=バロー劇団、マリニー座、バロー演出)-1954年刊
  • 七日目の休日(Le Repos du septième jour):1901年刊、1928年ワルシャワ初演、1965年フランス初演
  • 真昼に分かつ(Partage de midi):1906年刊-1921年初演(芸術と行動グループ)、台本初稿1948年-同年初演(ルノー=バロー劇団、マリニー座、バロー演出)、1949年台本二稿- 1961年初演(オデオン座フランス劇場)
  • 人質(L'Otage):1911年刊-1914年初演(「制作座」(Théâtre de l'Œuvre)、リュニェ=ポー(Lugne Poe)演出)
    • 渡辺守章訳、「白水社 現代世界演劇4(1971)」の中の一篇
  • 堅いパン(Le Pain dur):1918年刊-1925年ドイツ初演-1949年フランス初演(バルザック座、リュニェ・ポー演出、ピエール・ルノワール主演)
  • マリアへのお告げ(L'Annonce faite à Marie)(「乙女ヴィオレーヌ」の改作):初稿1912年刊-同年初演(「制作座」、マラコフ劇場、リュニェ=ポー演出)、二稿1940年刊- リヨンで上演、三稿1948刊-同年初演(エベルト座)
    • 木村太郎訳、甲鳥書林 現代カトリック文芸叢書(1943)/鈴木力衛・山本功訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • アガメムノンアイスキュロスオレステイア三部作の翻訳)(ミヨー作曲):1896年刊-1963年初演
  • 供養する女たち(Les Choéphores d'Escyle)(同上)(同上):1920年刊-1935年初演(ブリュッセルイダ・ルビンシュタイン主演)
  • 慈しみの女神たち(Les Euménides d'Escyle)(同上)(同上):1920年刊-1963年ベルリン初演
    • アイスキュロスの「オレステイア」、渡辺守章訳、「筑摩世界文学大系4(2000)ISBN 4480206043」中の一篇
  • 辱しめられた神父(Le Père humilié):1920年刊-1928年ドイツ初演)、1945年改訂版刊-1946年初演(シャンゼリゼ劇場、ジャン・ヴァルクール演出)
  • プロテウス(Protée)(ミヨー作曲):1914年刊、二稿1926年刊-1929年オランダ初演-1937年フランス初演(アンフィヨン劇団)
  • 1914年のクリスマスの夜(La Nuit de Noël 1914):1915年刊-1917年初演
  • 熊と月(L'Ours et la Lune)(人形劇)(ミヨー作曲):1919年刊-1948年アルジェリア初演-1951年フランス初演(セルジュ・リジエ劇団)
  • 男とその欲望(L'Homme et son Désir)(ミヨー作曲):1917年刊-1921年初演(スウェーデン・バレエ、シャンゼリゼ劇場、ボーリン(Jean Börlin)振付)
  • 女と影(La Femme et son Ombre)(杵屋佐吉作曲):初稿1922年、二稿1923年-同年初演(帝国劇場)(「朝日の中の黒い鳥」に収録)、1948年パリ初演(ローラン・プティのバレエ団、マリニー座)
    • 女とその影、長谷川善雄訳、「講談社 日本現代文学全集15(1969)」中の一篇
  • 繻子の靴(Le Soulier de satin):(1925年-1929年)刊、上演台本1943年作-同年初演(コメディ・フランセーズジャン=ルイ・バロー演出、オネゲル作曲)-1944年刊、1987年完全版初演(アントワーヌ・ヴィテーズ演出、アヴィニョン演劇祭)
    • 中村真一郎訳、人文書院(1968)/渡辺守章訳、岩波文庫 上下(2006)
  • クリストファ・コロンブスの書物(Le Livre de Christophe Colomb)(マックス・ラインハルトの依頼)(ミヨー作曲):1929年刊-1930年ベルリン国立歌劇場初演、1953年上演(ボルドー市立劇場)(パリ、ルノー=バロー劇団)
    • 鈴木力衛・山本功訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • ロアール=エ=シェール県での会話(Conversations dans le Loir-et-Cher):1935年刊-1973年パリで上演
  • 火刑台上のジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc au bûcher)(オネゲル作曲):1939年刊-同年初演(オルレアン市立劇場、イダ・ルビンシュタイン主演)
  • 知恵の司、または饗宴の寓話(La Sagesse ou la Parabole du destin)(「能」の翻案)(ミヨー作曲):1926年刊-1950年イタリア初演-1969年パリ上演
  • トビーとサラの物語(L'Histoire de Tobie et de Sara)初稿1942年刊、二稿1953年刊-同年チューリッヒ初演(独語版)-1967年上演(アヴィニョン演劇祭(ヴィラール演出))

[編集]

  • 嫡流の詩(Vers d'Exil):1905年刊
    • 渡辺守章訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • 詩神讃歌(Ode : Les Muses):1905年刊
    • 渡辺守章訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • 東方所観(Connaissance de l'Est):初版1900年刊、改訂版1907年刊、増補版1952年刊
    • (抄)、山内義雄訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • 五大讃歌 付 新世紀を祝ぐ行列歌(Cinq Grandes Odes, suivies d'un Processionnal pour saluer le Siécle nouveau):1910年刊
    • 五つの大讃歌、長谷川善雄訳、石井柏亭挿画、立命館出版部(1937)
    • 第4讃歌 聖寵であるミューズ(La Muse qui est la Grâce)、渡辺守章訳、「筑摩世界文学大系56 (1976)(ISBN 4480206566)」中の一篇
  • 三声による頌歌(La Cantate à trois voix):1913年刊
    • 三つの声、長谷川善雄訳、立命館出版部(1935)
  • 彼方のミサ(付)時の奉献(La Messe là-bas, L'offande du Temps):1919年刊
  • 戦争詩歌(Poèmes de guerre):1922年刊
  • 聖女ジュヌヴィエーヴ(Sainte Geneviève):新潮社刊、富田渓仙画
  • 聖者詩符(Feuilles de Saints):1925年刊
    • 江戸城内濠に寄せて、山内義雄訳、「講談社 日本現代文学全集15(1969)」の中の一篇(「聖者詩符」所載「聖女ジュヌヴィエーヴの裏を飾る詩-宮城内堀十二景」(Poèmes au verso de Sainte Geneviève))
  • 四風帖(Souffle des quatre souffles)(俳諧的詩集):1926年刊、山濤書院、富田渓仙画
  • 雉橋集(Poèmes du Pont-des-Faisans)(俳諧的詩集):1926年刊、山濤書院、富田渓仙画
  • 百扇帖(Cent phrases pour éventails)(俳諧的詩集):1927年刊、メゾン小柴、富田渓仙画、有島生馬書/1942年フランス版刊
  • 都々逸(Dodoitsu):1945年刊

評論・紀行[編集]

  • 詩法(Art poétique; Développement de l'Eglise):1907年刊
  • アルチュウル・ランボオ著作集の序(Préface aux Œuvres D'Arthur Rimbaud):1912年作
  • 立場と提言 Ⅰ(Positions et propositions, tome I)(詩論・作家論):1928年刊、巻中の「フランス詩に関する省察と提言(Réflextions et Propositions sur le vers français(1925))」は、
    • 渡辺守章訳、「筑摩書房 世界批評大系3(1975)」中の一篇/「書物の哲学」三嶋睦子訳、法政大学出版局(1983)、ISBN 9784588020988
  • 朝日の中の黒い鳥(L'Oiseau noir dans le soleil levant)(日本印象記):1927年刊(藤田嗣治画)、普及版1929年、(「クロイトリ」≒「クローデル」)
    • 内藤高訳、講談社学術文庫(1988)、ISBN 4061588508/「天皇国見聞記」 樋口裕一訳、新人物往来社(1989)、ISBN 4404016239
  • オランダ絵画序説(L'Introduction à la peinture hollandaise):1935年刊
    • 「闇を熔かして訪れる影-オランダ絵画序説」 渡辺守章訳、朝日出版社(1980)、ISBN 9784255800462
  • 立場と提言Ⅱ(Positions et propositions, tome II)(詩論・作家論):1934年刊
  • 形象と寓話(Figures et paraboles):1936年刊
    • 「前兆と寓話」 長谷川善雄訳、立命館出版部(1939)
  • 接触と環境(Contacts et circonstances):1940年刊(ドイツ軍により廃棄処分)、1947年刊
  • 目は聴く(L'Œil écoute)(絵画論):1946年刊
  • ポール・クローデル「雅歌」に問う(聖書注解):1948年刊
  • エンマウス(Emmaüs)(聖書注解):1949年刊
  • イザヤ福音書(L'Évangile d'Isaïe)(聖書注解):1951年刊
  • ポール・クローデル「黙示録」に問う(聖書注解):1952年刊
  • 青龍の徴の下で(Sous le signe du dragon)(中国論):1948年刊

その他[編集]

  • ジャック・リヴィエールとの往復書簡集:1926年刊
    • 信仰への苦悶、木村太郎訳、甲鳥書林(1942)/ヴェリタス書院(1957)/「平凡社 世界教養選集3(1975)」中の一篇
    • 文学と信仰のはざまで クローデルとの往復書簡 1907-1914、「リヴィエール選集3」 山崎庸一郎・中条忍訳、弥生書房(1982)
  • アンドレ・ジッドとの往復書簡集(1899-1926):1949年刊
    • 愛と信仰について、河上徹太郎(クローデル分)・吉田健一(ジッド分)共訳、ダヴィッド社(1954)
  • アンドレ・シュアレス(André Suarès)との往復書簡集(1904-1938):1951年刊
  • ガブリエル・フリゾー(Gabriel Frizeau)およびフランシス・ジャム(Francis Jammes)との往復書簡(1897-1938):1952年刊
  • 外交官書簡集 東京(1921-1927)(Correspondance diplomatique. Tokyo (1921-1927)):1995年刊
    • 孤独な帝国 日本の一九二〇年代、奈良道子訳、草思社(1999)ISBN 4794208987
  • 外交官書簡集 アメリカ(1927-1932)(Correspondance diplomatique. ) 
    • 大恐慌のアメリカ ポール・クローデル外交書簡 1927-1932年、宇京頼三訳、法政大学出版局(2010)  
  • 1904年--1955年の日記(Journal)2巻が、没後出版されている。

日本の上演記録[編集]

  • 火刑台上のジャンヌ・ダルク、草笛光子(ジャンヌ・ダルク)他、日比谷公会堂 (1959.11.3/5/7/9)本邦初演
  • クリストファ・コロンブスの書物、ルノー/バロー劇団、産経ホール(1960.5.4)
  • 男と欲情、スターダンサーズ・バレエ団、東京厚生年金会館大ホール(1968.11.30)
  • バレアル諸島の風の下で、ルノー/バロー劇団、国立劇場(1977.5.17)
  • 繻子の靴、ルノー/バロー劇団、国立劇場(1977.5.17)
  • 真昼に分かつ、演劇集団円、Parcoスペースパート3(1988.10.5)、ピッコロシアター(1988.10.14)、府中けやきホール(1988.10.17)
  • 女と影、楽劇コースケ事務所、日枝神社(1986.8.5)
  • 火刑台上のジャンヌ・ダルク、日生劇場、日生劇場(1996.11.3)
  • 火刑台上のジャンヌ・ダルク、グリーン・エコー、愛知県芸術劇場大ホール(1997.11.30)
  • クリストファ・コロンブスの書物、かながわ舞台芸術工房[アスク]、相鉄本多劇場(2001.11.10)

参考文献[編集]

  • 山内義雄「クローデルのその日ごろ」(『世界文学』1948.5)
  • 『筑摩世界文学大系56』(1976)巻末の、渡邊守章:クローデル年譜
  • 江上卓ほか編『新潮世界文学辞典』(1990)ISBN 4107302091
  • 篠田一士ほか編『集英社世界文学事典』(2002) ISBN 4081430071
  • 中條忍監修『日本におけるポール・クローデル』(2011)ISBN 9784877335625

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


前任:
ルイ・ジレ
アカデミー・フランセーズ
席次13

第17代:1946年 - 1955年
後任:
ヴラディミール・ドルメソン