リセ・ルイ=ル=グラン

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リセ・ルイ=ル=グラン正面入り口
写真中央、サン・ジャック通りの右手にリセ・ルイ=ル=グランが位置する。左手にはソルボンヌ、右手にはパリ大学法学部旧校舎が位置する。

リセ・ルイ=ル=グラン: Lycée Louis-le-Grand, 略称LLG)は、フランスパリにある古い歴史をもつ高等教育機関である。ルイ=ル=グラン学院あるいはルイ大王学院とも訳す。

概要[編集]

後期中等教育課程を教えるリセとしては800人の生徒が在学しており、大学レベルのカリキュラムを教えるリセ附属グランゼコール準備学級(CPGE: Classes Préparatoires aux Grandes Écoles)には900人の生徒が学んでいる。バカロレアに加えてエコール・ポリテクニーク高等師範学校への合格率の高さで名高い。リセ・ルイ=ル=グランの生徒はマニョリュドヴィスィヤン(magnoludoviciens)と呼ばれている。

ルイ=ル=グランは1563年、パリの伝統的な学生街であるカルチェ・ラタンの中心に設立された。この地域にはパリ大学コレージュ・ド・フランス等があり、歴史、建築、文化に富んだ、フランスで最も古い名門教育機関が集中する地域である。

ルイ=ル=グランはフランスのエリート教育に主導的な役割を果たしている。卒業生に無数の政治家や外交官、高位聖職者、アカデミー・フランセーズ会員、文学者などを輩出している。「このパリのイエズス会学校は」と、1862年にエリ・ド・ボーモンが書いている─「永きにわたり、偉人をはぐくむ国家機関でありつづけてきた」。モリエールヴォルテールヴィクトル・ユゴーがこの学校から巣立ち、偉大な文学者となった。そしてジョルジュ・ポンピドゥーヴァレリー・ジスカール・デスタンジャック・シラクがこの学校で学んでいる。モンテネグロニコラ1世レオポール・セダール・サンゴールセネガル共和国初代大統領)などは、留学生としてルイ=ル=グランで学んだ。

ルイ=ル=グラン出身の生徒達[編集]

作家・哲学者[編集]


政治家[編集]

フランス革命期の政治家[編集]

フランスの大統領[編集]

その他の政治家[編集]


画家[編集]

科学者[編集]

その他の有名な出身者[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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