スバル・トラヴィック
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| スバル・トラヴィック | |
|---|---|
| メーカー | {{{メーカー}}} |
| 親会社 | {{{親会社}}} |
| 製造国 | {{{製造国}}} |
| 製造期間 | 2001年 – 2004年 |
| 設計統括 | {{{設計統括}}} |
| デザイナー | {{{デザイナー}}} |
| 乗車定員 | 7人 |
| ボディタイプ | 5ドア ミニバン |
| ハイブリッド | |
| エンジン | 水冷直列4気筒DOHC2198cc 最大出力147ps/5800rpm 最大トルク20.7kg-m/4000rpm (Aパッケージ車:水冷直列4気筒DOHC1795cc 最大出力125ps/5600rpm 最大トルク17.3kg-m/3800rpm) |
| モーター | |
| 最高出力/トルク | {{{最高出力/トルク}}} |
| 最高出力 | {{{最高出力}}} |
| 最大トルク | {{{最大トルク}}} |
| 変速機 | 4速AT(Nコントロール付き) |
| 駆動方式 | FF |
| サスペンション | 前:ストラット式独立 後:トーションビーム/トレーリングアーム式リジット |
| 全長x全幅x全高 | {{{全長x全幅x全高}}} |
| 全長 | 4315mm |
| 全幅 | 1740mm |
| 全高 | 1630mm |
| 最低地上高 | {{{最低地上高}}} |
| ホイールベース | 2695mm |
| 車両重量 | 1420-1470kg |
| 乾燥重量 | {{{乾燥重量}}} |
| 総重量 | {{{総重量}}} |
| 最大積載量 | {{{最大積載量}}} |
| 燃料タンク容量 | {{{燃料タンク容量}}} |
| 燃費 | {{{燃費}}} |
| 別名 | {{{別名}}} |
| 先代 | |
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| 姉妹車/OEM | {{{姉妹車}}} |
| 車台共有車 | {{{同車台}}} |
| 同クラスの車 | {{{同クラス}}} |
| -自動車のスペック表- | |
トラヴィック (TRAVIQ) は、ゼネラルモーターズ(GM)傘下のオペルが開発し、GMのタイ工場で生産され、富士重工(スバル)が日本国内で販売していた7人乗りミニバンである。
目次 |
[編集] 概要
2001年8月発売。スバル(富士重工)初のいわゆるミニバンであるが、同社は1983年に軽商用車サンバーをベースに開発したワンボックスカー、ドミンゴを発売しており、3列シート車としては初ではない。
2001年当時、GMと資本提携していた富士重工が、欧州におけるGMの子会社であったドイツのオペル社が開発したミニバン、ザフィーラのOEM供給を受けたものである。ただし、生産されたのは、ドイツではなくGMのタイ工場であり、GMジャパンを通じて輸入され、スバルブランド車として販売された。
ステアリング位置は右のみ。エンジンは当時日本に輸入されていたザフィーラよりも大きな2198ccエンジンを搭載。また、開発にあたっては、オーストラリア、ホールデン社のテストコースなどにてスバル実験部隊による独自のチューニングも盛り込まれていた。
トラヴィック誕生の経緯は、まず、GMの戦略として、GMのタイ工場で生産されるザフィーラを安い価格でアジアを中心に展開するというアイデアがあり、その戦略は先ずヤナセに打診されたが、低価格・大量販売のノウハウを持っておらず、2000年からザフィーラを(後にトラヴィックとして販売されるモデルよりも約80万円前後高い価格で)先行して販売していたヤナセはその戦略に難色を示した。そこでGMは1999年に資本提携をした富士重工に白羽の矢を立て、その結果トラヴィックが生まれた。という流れであったようである。
また、ミニバンは日本の市場では、既にファミリーカーの主流となっていたが、当時のスバルのラインナップ上では空白であった。この計画ではその空白を短期間で、しかも比較的少ない費用で埋める事ができると考えられ、富士重工にとっても魅力のあるものであると思われた。
基本的には同じ車でありながら、トラヴィックがザフィーラよりも、かなり安価に販売できたのは、生産コストの安いタイ製であったからであると言われている。しかし、内容的には大きなエンジンやより充実した装備品(安全装備はやや落ちる部分もある)など、むしろ高度な部分もあり、また、広告等で特にタイ製であると謳われた訳でもないため、ザフィーラの高価格には、一種の「ブランド料」のようなものが上乗せされているのではないか。と、不信感を持つ消費者が少なからず現れ、それが日本国内でのオペルのブランド価値の低下の一つの大きな要因となり、ひいてはオペルの日本市場からの撤退への一つのきっかけとなった。と言われている。
一方、GMが、ザフィーラの販売を不振に至らしめる可能性の高いトラヴィックの発売や、独自の販売網を整備するなどの戦略を取った事が、ヤナセのGMに対する不信感を生み、ヤナセがGM系車種の販売を縮小するなど、両社の関係が悪化する原因になったとも言われている。
GMに限らず、アメリカの自動車メーカー(欧州子会社含む)の日本における販売戦略は、場当たり的で長期的視点に欠けるものが多く、その失敗例は枚挙に暇が無いほどであるが、ザフィーラとトラヴィックをめぐる一連の動きはその最たるものの一つであると言えよう。
トラヴィックの大きな特徴のひとつは、ドイツのアウトバーンを7人フル乗車状態で時速170km/hで安全に巡航・長距離移動ができるように設計されていることで、全車トラクションコントロール、EBD機能付きABS、ドアロック自動解除機能を装備するなど、その安全性や、高速走行でのスタビリティは高く、当時の日本の同クラスの車種とは次元の違う性能を持っていたといえる。これは元となったザフィーラの設計、開発にポルシェ社が関与し、主に操縦安定性を高めるためのサスペンションチューニングなどを監修、それらを徹底的に追求した結果であるとも言われている。
多くの日本車で見られた内装や仕上げの過剰品質、使用頻度の低いシートアレンジを廃し、走行性能や安全性など、自動車としての基本的な機能を重視した点は興味深く、発売当初は多くの自動車評論家から高い評価を与えられていた。
しかし、基本的には他社製品であり、エンジンがスバル車の代名詞とも言える水平対向でなかった事や4WDの設定が無かった事などから、旧来の保守的なスバルファンからは「スバルらしくない」「本物のスバル車ではない」などと揶揄される事が多かった。また、ダイヤル式無段階調整式リクライニング機構は、日本車では一般的でなく、使いにくいと不評であったが、微調整出来る点では優れており、チャイルドシート使用時などの安全性には寄与していた。
2004年11月、GMタイ工場での(2004年12月末付け)ザフィーラ生産中止に伴い、日本でもトラヴィックの販売を終了(在庫車の販売は継続)。販売累計台数はおよそ12,000台であった。これにより、スバルの日本国内のラインナップからは2008年6月に独自開発のミニバン、エクシーガを発売するまでの間、いわゆるミニバンが無くなった。
[編集] グレード
デビュー当初は以下の3グレードで構成
- Lパッケージ Lパッケージには、ヘッドランプ・ウォッシャー、SRSサイドエアバッグ(前席)、アクティブヘッドレスト、リモコン付きステアリング、ルーフレールが標準装備される。またインフォメーションディスプレイがマルチ表示(燃費や外気温等)タイプとなる。足回りは標準グレードと同様で、タイヤも195/65R15だが15インチアルミホイールが標準となる。
- Sパッケージ Sパッケージには、スバル独自のエアロパーツや専用サスペンションセッティングによるスポーティな足回り(ザフィーラ欧州仕様)、VR規格の205/55R16サイズのタイヤが与えられた専用16インチアルミホイールがついてくる。また、内装も本革巻きステアリング、メタル調パネル、AM/FM/MDプレイヤー、ボディ同色モールなどがこのグレード以上には標準装備され、スポーツタイプのシートがこのグレードのみオプション設定される。
- 標準(=Cパッケージ) 標準ではオーディオ、プライバシーガラスが装備されていない。足回りはザフィーラよりダンパーの減衰力を弱めて、低速の乗り心地を向上させている。
2002年に一部グレード改廃でLパッケージを廃止し、最上級グレードにSLパッケージ(Sパッケージにルーフレール以外のLパッケージの装備を追加したグレード)を設定。
2003年の小変更ではステアリングコラムのウィンカー/ディマーとワイパーのレバーを日本車と同様の配置に入れ替え、2列目席にリクライニング機構追加、2列目中央席への3点シートベルト装備、ドアミラーの電動格納機能の追加、テールランプの意匠変更(ウインカー部分がクリアーになった)などを行ない、1795ccエンジン搭載モデルのAパッケージも追加された。
[編集] 車名の由来
車名のTRAVIQは、TRAVEL(旅行する、移動する)、QUICK(動きの速い、機敏な)という2つの英単語を組み合わせた造語である。

