アンドル=エ=ロワール県
| アンドル=エ=ロワール県 Indre-et-Loire |
|
|---|---|
アンドル=エ=ロワール県の紋章
|
|
| 位置 | |
| 概要 | |
| 県番号 | 37 |
| 地域圏 | サントル |
| 県庁所在地 | トゥール |
| 郡庁所在地 | シノン ロシュ |
| 郡 | 3 |
| 小郡 | 37 |
| コミューン | 277 |
| 統計 | |
| 人口 国内41位
|
(1999年) 554,003人 |
| 人口密度 | 90人/km2 |
| 面積¹ | 6,127 km2 |
| ¹ 「French Land Register data」(1平方キロ以上の湖沼、エスチュアリー、氷河などの水面積除く。 | |
アンドル=エ=ロワール県 (Indre-et-Loire) は、フランスのサントル地域圏の県である。
目次 |
歴史 [編集]
アンドル=エ=ロワール県は1790年、その他の82の県と同時に設置された。その名称はアンドル川とロワール川に由来する。面積は旧トゥーレーヌをほぼ引き継いだものであり、そこにブルゲイユを含む旧アンジュー州の東部が加えられ、北部のギゾーを流れるロワール川流域がシャトー=ラ=ヴァリエールまで加えられた。
県内にあるコミューン、リシュリューは、ソミュール知事でもあった16世紀の枢機卿リシュリューがつくった自治体である。旧トゥーレーヌの東部はロワール=エ=シェール県に含まれている。
歴代のフランス国王が滞在した旧トゥーレーヌは、長きにわたり保守的な土地柄であった(オノレ・ド・バルザックが自身の作品の中でこのことに触れている)。第三共和政初期にまで王党派であったほどである。
にもかかわらず徐々に、農村部を中心に県は共和主義者の地盤となっていった。さらに、穏健な左派や急進的な社会主義が浸透していった。
第二インターナショナルによる1920年のトゥール会議以降、アンドル=エ=ロワールはフランス共産党の強力な牙城となった。トゥールに近接するサン=ピエール=デ=コルプは鉄道施設を抱え、強固な労働者思想を持つに至った。以後コミューンは共産党への忠誠を裏切らず、共産党の国会議員であるマリー=フランス・ボーフィユがサン=ピエール=デ=コルプ市長を務めている。
地理 [編集]
県はロワール=エ=シェール県、アンドル県、ヴィエンヌ県、メーヌ=エ=ロワール県、サルト県と接している。パリ盆地の南端に位置し、ロワール川、アンドル川、ヴィエンヌ川、シェール川や多くの支流が流れる。地形学上、南へ向かうと標高が上がるが北部は平坦である。
気候 [編集]
アンドル=エ=ロワール県の気候は温暖である。ロワール川は、しばしば北フランスと南フランスの境となっている。夏は全般的に暑く(年間最高気温は33℃)、1947年から2003年までの間に記録した最高気温は42℃である。対照的に気温が非常に低くなることはまれである。-10℃を記録したのは、1985年から1986年にかけての冬と、1996年から1997年にかけての冬である。ロワール川が凍り付くことがあり、1956年の冬には徒歩で川を渡れるほどの厳しい冬となった。-10℃を記録したときのロワール川は、氷の塊を上流から運んでくる。
降雨量は500mmから700mmで、1976年、2003年、2006年には洪水となった。降雪は年10日以下とまれである。
観光 [編集]
外部リンク [編集]
|
||||||||||||||