1900年のメジャーリーグベースボール

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以下は、メジャーリーグベースボール(MLB)における1900年のできごとを記す。

ブルックリン・スーパーバス(現在のロサンゼルス・ドジャース)が連続優勝。ナショナル・リーグだけの1リーグ体制はこの年が最後だった。

ナショナル・リーグの縮小[編集]

ナショナル・リーグでは前年まで加盟していたボルチモア・オリオールズワシントン・セネタースクリーブランド・スパイダーズが解散し、ルイビル・カーネルズピッツバーグ・パイレーツに吸収合併されて、アメリカン・アソシエーションと合併した1892年から続いた12球団から8球団となった。この時の8チームはその後53年間フランチャイズを変えることなく、1953年にボストンがミルウォーキーに本拠地を移転するまで続き、クラシック・エイトとも呼ばれている。また8球団体制は球団数を10球団に増やす1962年まで62年間続いた。

1900年のアメリカン・リーグ[編集]

1894年に創設されてナショナル・リーグ傘下のマイナーリーグであったウエスタン・リーグがこの年にアメリカン・リーグに名称変更し、それと同時に8球団に縮小されたナショナル・リーグから脱落したクリーブランド(現在のクリーブランド・インディアンス)にフランチャイズを置き、またナショナル・リーグの承認を経てシカゴ(シカゴ・ホワイトストッキンングスと名乗り、現在のシカゴ・ホワイトソックスとなった)にもフランチャイズ権を獲得した。そしてこの他にバッファロー、ミネアポリス、ミルウォーキー(ミルウォーキー・ブルーワーズを名乗り、その後セントルイスを経て現在のボルチモア・オリオールズとなる)、デトロイト(この当時からデトロイト・タイガースであった)、インディアナポリス、カンザスシティの8チームで1900年のリーグ戦を行い、シカゴ・ホワイトストッキングスが優勝した。

なお1969年のアメリカプロ野球100周年を機にMLB機構の指定により『野球記録特別委員会』が設置され、そこで過去消滅したリーグを含め6つのリーグを「メジャーリーグ」として認める、という決定がなされたが、それらには1876年以降のナショナル・リーグ、1901年以降のアメリカン・リーグ、1882~1891年のアメリカン・アソシエーション、1884年のユニオン・アソシエーション、1890年のプレイヤーズ・リーグ、1914~1915年のフェデラル・リーグが認定されたが、その後に一部研究者からの異論として1871~1875年のナショナル・アソシエーション、1920~1948年のニグロ・リーグと合わせて、この「1900年のアメリカン・リーグ」もメジャーリーグとして認めるべきである、とする意見が出ている。

二大リーグへの胎動[編集]

この年の暮れにニューヨークで開かれたナショナル・リーグの代表者会議でアメリカン・リーグ会長のバン・ジョンソンがボルチモアとワシントンにフランチャイズを置くことの承認を求めたが、ナショナル・リーグが拒否したため、翌1901年初頭にバッファロー、ミネアポリス、インディアナポリス、カンザスシティを除名して新たにボルチモア(当初ボルチモア・オリオールズを名乗り、その後ニューヨークに移転し現在のニューヨーク・ヤンキースとなる)、ワシントン(現在のミネソタ・ツインズ)、フィラデルフィア(現在のオークランド・アスレティックス)、ボストン(現在のボストン・レッドソックス)の4チームを加盟させてメジャーリーグであると宣言し1901年から現在に至る2リーグ体制がスタートした。

クロニクルテレグラフ・カップ[編集]

この年のシーズン終了後、テンプル・カップ(1894~1897年)と同様の試みとして、ペンシルベニア州ピッツバーグの地元紙『ピッツバーグ・クロニクルテレグラフ』が提唱してクロニクルテレグラフ・カップ(Chronicle-Telegraph Cup)が開催された。ナショナルリーグで優勝したブルックリン・スーパーバスと2位に終わったピッツバーグ・パイレーツとの差は4.5ゲームであったが、投手実績(防御率や完投数など)ではパイレーツの方が上回ったので、ピッツバーグの地元紙『ピッツバーグ・クロニクルテレグラフ』が以前のテンプル・カップのように5回戦のポストシーズン・ゲームを企画し、銀製のカップ(現在クーパースタウンに展示)を提供したので、このシリーズはクロニクルテレグラフ・カップ(Chronicle-Telegraph Cup)と呼ばれ、結果はブルックリン・スーパーバスの3勝1敗に終わった。このシリーズはこの年の1回限りで終わったが、テンプル・カップに続くポストシーズン・ゲームの開催で、やがて二大リーグ並立の時代に入ってから、両リーグのチャンピオンチームによるワールドシリーズへの創設に大きな影響を及ぼすこととなった。

できごと[編集]

最終成績[編集]

ナショナルリーグ[編集]

チーム 勝利 敗戦 勝率 G差
1 ブルックリン・スーパーバス 82 54 .603 --
2 ピッツバーグ・パイレーツ 79 60 .568 4.5
3 フィラデルフィア・フィリーズ 75 63 .543 8.0
4 ボストン・ビーンイーターズ 66 72 .478 17.0
5 セントルイス・カージナルス 65 75 .464 19.0
6 シカゴ・オーファンス 65 75 .464 19.0
7 シンシナティ・レッズ 62 77 .446 21.5
8 ニューヨーク・ジャイアンツ 60 78 .435 23.0

個人タイトル[編集]

ナショナルリーグ[編集]

打者成績[編集]

項目 選手 記録
打率 ホーナス・ワグナー (PIT) .381
本塁打 ハーマン・ロング (BSN) 12
打点 エルマー・フリック (PHI) 110
得点 ロイ・トーマス (PHI) 132
安打 ウィリー・キーラー (BRO) 204
盗塁 ジョージ・バン・ハルトレン (NYG) 45
パッツィー・ドノヴァン (STL)

投手成績[編集]

項目 選手 記録
勝利 ジョー・マクギニティ (BRO) 28
防御率 ルーブ・ワッデル (PIT) 2.37
奪三振 ヌードルズ・ハーン (CIN) 132
投球回 ジョー・マクギニティ (BRO) 343
セーブ フランク・キットソン (BRO) 4

出典[編集]

  • 『アメリカ・プロ野球史』鈴木武樹 著  1971年9月発行  三一新書
  • 『米大リーグ 輝ける1世紀 ~その歴史とスター選手~』 週刊ベースボール 1978年6月25日増刊号 ベースボールマガジン社
  • 『メジャーリーグ ワールドシリーズ伝説』 ワールドシリーズ前史 The Fall Classic 誕生秘話 上田龍 著  2001年10月発行 ベースボールマガジン社

参考[編集]